ぴんよろ日記
DiaryINDEXpastwill


2010年09月30日(木) ある種の不惑

 家の電気工事をはじめとする諸事情が重なり、お昼はお寿司。用事を済ませた帰り、近所のお寿司屋さんに電話して受け取る。このお寿司屋さんは、前住んでいたところにも出前してくれる店だったので、何回か取ったことがあるのだが、その時は私の許容点を超えたごはんの量(だんご寿司と呼んでいる)だったのでそんなに好きじゃなかったのだけど、こないだあらためて取ってみたら、若干スリムになっていたし、値段も気張らなくていいし、なんといっても近い。白木のカウンターよりも、ちょいとチープな寿司桶が似合う至って普通のお寿司だけど、それがまたいいのである。ネタによって「これは塩でどうぞ」とか「スダチをちょっと搾ってもらって」なんてことはまったくなく、毎度おなじみ魚の形の入れ物から、チューと出した醤油を適当につけて食べる。自慢は茶碗蒸しのようで、店の前にはいつも「秋!和(は)茶碗蒸し 最強に仕上げました!」というような手書きの張り紙があって、春夏秋冬いつでも夏でも「最強に」おいしいらしいのだが、まぁ、たしかにおいしい。長崎の茶碗蒸しといえば吉宗だけど、サイズはほぼあのままで、具がシンプルで小さい。それってどうよ、と思いきや、こっちを食べると吉宗のはそれだけでお腹いっぱいだから、お寿司と食べるにはちょっとつらいわけで、やはりこれはこれでいいのである。でも今日は持ち帰りなので、こないだ取ったときにもらったインスタント味噌汁。
 「並」のひとつ上の「松にぎり」を食べながら、メニューをじっくり見つめる。様々なシチュエーションを想像しつつ。気になるのは「えびバッテラ」と、にぎりの「一人前半」がどんなものかということ。お寿司は大好きだけど、お寿司屋さんがいささか苦手なので、なんかうれしい。にぎりが残り4つくらいになったときに、どの順番で食べようか悩んでいるときが、ひょっとしたら人生の幸せタイムのかなり上位ランクかもしれない。今日のトリはイクラ。私の中ではもう30年来、鉄火(もちろんハマチ系の)があれば鉄火が鉄則なのだが、今日の巻物は山芋巻だったから自由選択。

 ローンで足りなかった家の建築費用を精算。最後になっていろいろ発生したので、しまいにゃカエルさんの貯金箱の500円玉もかき集めて工面。もう鼻血も出ない〜。寿司食ってる場合か〜。
 でもなんだかスッキリした。ゼロからの出発って感じ。40にしてゼロってのもどうかと思われるが。ま、ある意味、すがすがしく不惑ってことで。


2010年09月28日(火) 満ち満ち

 ほんとうに、ふと気付くと一日が終わっている。そんなにバタバタしているわけではないのだけど、気付いたら、終わっている。まぁ、日によってはあまりにくたびれて気を失うように眠っているのだが。
 今日は朝からミサキングさんの予防接種へ。ヒコもお世話になっている小児科の先生の表現が好きなので、ミサキングさんを見てどう言われるかとても楽しみにしていたら、開口一番は「満ち満ちてますね〜」だった。まったくその通りだ。注射されても泣くことなく、看護婦さんたちからは「大物になるわ〜」と言われていた。これまた、さもありなん。

 昨日からヒコといろいろ行き違っていて、朝もたっぷり険悪ムードだった。保育園に送る車に乗せるとき、いつものタイミングでドアを閉めたら、まだ足一本乗ってなくて、挟んでしまった。ヒコ大泣き。さすがにわざとじゃなかったけど、それまでがそれまでだっただけに、わざと挟んでしまったような後味の悪さが残ってしまい、今日はなんとか仲良くしようと思うのだが…。

 「ふたり」という、2人の料理人が出てくる番組を録画していて、もう5回くらい見た。「料理」「ハイレベルなプロ」「男同士のクールかつ強い絆」「自分の道を突き詰める人」など、私の心のツボだらけ。当たりの回の「情熱大陸」が、長くそして繊細に作り込まれているような感じだ。しかも「ふたり」は、自分とおなじ歳。私もがんばろうと思う。


2010年09月25日(土) 連動

 ヒコの成長がめざましい。おとといの夜、久しぶりに外でごはんを食べた帰りにタクシーに乗ったら、トロンとした目で「眠たい…」と言う。そして私の膝にぱたっと倒れて眠ってしまった。家に着いて「着いたよ〜」と言っても起きなかったので、抱っこしてひとまず玄関に運ぶと、まるで泥酔者のように階段にうなだれて座った。そしてやっぱり声をかけても起きないので、おんぶして布団に連れて行って横にすると、んんん?なんか口が笑ってる。なんと!だましやがってた〜!
 すごい演技力だったのだ。ここまでやるのか!?と思うくらいの。大笑いしたのだが、とっても感慨深かった。こんなことをするまでになったんだ…って。大笑いのために、ずいぶん前から状況を仕込んで、演技して、それを確実に遂行するなんて、かなり高度な技だもの。もうすぐ5歳。

 コツコツと部屋の片付けを進める。だいぶ進んだ…うれしい。仕事部屋関係では、もはや中身を把握していない段ボールが無いところまで来た。これをクリアしたらあとは洋服だけど、着るものにあまり頓着しないのでモチベーション低し。
 でも、部屋の片付けと心身の調子が相変わらず連動しているので不思議だ。断捨離とかいうのがはやっているようで、見たこと無いからどんな中身かは知らないけれど、有効な面はたしかにあると思う。


2010年09月20日(月) 発掘

 昨日は最近にしては珍しいほどの湿気が立ちこめていて、雨が降る前なんだろうなと思っていたが、天気予報は晴れ。朝起きてもちっとも爽やかじゃなくて、もわっとしていたのに、天気予報を見たら、やっぱり晴れ。でもほどなく雨が降り始めて、どんどんどんどん景色が見えなくなった。そうだよなー、あの湿気は降らないとウソだよなー。

 昨日はようやく本棚に本を収納しはじめて、けっこういいところまで来た。時々、空になった段ボールを潰してみると、その都度部屋が広くなって、部屋らしい光景が現れてくる。それは、まっさらな下地に部屋の光景を描きたしているのではなく、そもそもあったものを彫りだしているような感じがする。彫刻家の人などが、もともと粘土や木の中にあった「かたち」を彫りだしているだけなのだ、というようなもの。じつは最初からあった部屋を、せっせと発掘している。こうなると、家を建てるとか部屋を作るとか、自分の部屋とか、そういうのって、何なんだろうと思う。


2010年09月14日(火) 「景気」

 戦後の長崎の産業史…みたいなものを、ある仕事で読み書きしているのだけど、ここにはたしかに「景気の良い」状態が現れる。神武とか岩戸とか特需とか。いまの世の中の人が口を開けば「景気をなんとかしてほしい」の「景気」である。「景気が悪い。なんとかしろ」と言っておけば、なにか世の中のことがわかっている人風になるけれど、それってかなりの危険もはらんでいると思うし、気分で「景気」と言ってる人にとって「景気のいい」状態は、塩水を飲んでるようなものだから、いつまで経ってもやってこないだろう。
 「景気」が良くなるのは、だいたいが自分とこの戦争やら、ひとの国の戦争やらで、ごっそりといろんなものが失われて、それを補うために物やお金がぐるぐる回っている時のことだ。「ひところは、ドラム缶にドル札を足で押し込んでたものだったのに」というのが、ある人にとっての「景気の良い状態」だとすれば、そんな状態は「隣の国で戦争があっていて明日出撃なので、明日以降の生死がわからなくてやけっぱちで飲んでる兵士」がたくさんいなくては成立しないので、結局は、戦争でもないかぎり「いい景気」は永遠にやって来ない。それを「なんとかしろ」というのは「自分の痛みがない場所で戦争でもしてくれないかしら」ってことにならなくもない。
 本当に切羽詰まった状態も、もちろんあろうかとは思う。でも、いま一度、それぞれの人がどういう基準で「景気をなんとかしろ」と言ってるのか、自問自答する必要はあると思う。「ドラム缶に足でお金を押し込むような景気」や「オレの小遣いが湯水のようにある」「会社の交際費使いたい放題」というようなことを夢見ているのであれば、それはちょっとあぶない。これだけのレベルで寝食が満たされている国でそういう状態になるためには、どこかに大きな大きな喪失がなければ成り立たないのだ。戦争でもないかぎり来るはずもないそんなことを夢見たり夢見させたりしているうちに、あるべき「底」が抜けてしまった、というのが、今なんだろう。
 …ぐっと秋になって、ついいろいろ考えてしまったりして。さ、仕事仕事…。



2010年09月13日(月) 旅のピント

 旅行から戻って、いつしか増えた荷物を解いて、片付けたい気持ちは山々だけどお腹も減ったのでごはんを食べて、たくさんの洗濯物を干して、部屋の空気を入れ換えて、猫を「お留守番ありがとう」と言いながら撫でて、掃除機をかけて、ちょっとパソコンを見たり、天気予報を見たり、またごはんを食べたり、仕事の電話がかかってきたり、宅急便を受けとったり…と、日常に着地していく過程が好きだ。家がいちばん、とか言いながら。

 旅の一日目。福岡で両親や妹一家とお昼を食べて、年に一度の狂言を見る。野村萬斎さんの声が前よりも複雑になってたような気がした。そして「声」についていろいろ考える。存在する、って、ほんとうは「固形物」は何もなくて、声に代表されるような「響き」なんだろうな、とか。能舞台に役者があらわれていろいろ演じてみせるけど、終わってしまえばきれいさっぱりなくなってしまう。じゃぁなにを、なんのために?となると、役者が発した(それも、何者かの代わりに…)響きを受け取って、「観る」ということで自分に響かせて、また生きてゆく、というようなこと、か?…など。ややこしや〜。でも至福の時間。ちょっと寝たけど。
 夜は小国へ。いつもの焼肉屋さんでレバーを大量摂取。レバーはともかく、おなじ網の上でお肉も脂もバンバン焼かれていたので、そちらも知らず知らずに摂取していたらしく、ミサキングさんから苦情。
 友だち(夫)と「ツイッターで何百人もフォローしてる人って、どうやって読んでるのかな」と話していたら、友だち(妻)から「読んでないんじゃない?」と、胸のすくような意見が提示され、一気に解決した。

 二日目。小国の「鍋が滝」に行ってみた。鍋みたいにまーるく開いたところに、ザーザーと水が落ちていて、滝の裏を歩いて向こう岸に行ける。人気スポットらしく、老若男女が次々と険しい道を降りてきては、滝を見たり、裏をくぐって向こう側に抜けたり、写真を撮ったり、つい意味ありげな小石を積んだりしている。その様子をボーッと眺めていると、「生きる」というでこぼこ道を歩いてきた人たちが、ついにその生の尽きる「死の淵」にしばしたたずんだあと、ザーザーとなにかが降り注ぐ異様な瞬間と空間(死)を通り過ぎ、ポカンとした対岸(あの世)にたどり着いてる、という光景にしか見えなくなってしまった。日曜日ということもあって、とても人が多くて、それも「滝見物」には到底そぐわないギャルっぽい人とか、テラテラに日焼けした小金持っぽい兄さんとか、そういう人も交じってたので、なおさら普遍的な死の光景に見える。さっきまで携帯かけてた兄さんも小石積んでたりして、みんなわりと楽しそう。長崎のお盆の墓場と似てる。だからきっと、本当に似てるんだと思う。しかしそんな中、ヒコはちょっと次元が違う存在感で、水際でジャリジャリ石を洗ったり、恐ろしいことに棒を振り回して「意味ありげに積まれた小石」を破壊したりしていた。妖怪?
 午後は友人宅でのんびり&息子たち遊ばせ、久住へ。ふたたび両親と妹一家と旅館に泊まる。こちらもまた、もうすぐ2歳の男子がいて、大騒ぎ&大暴れ。子供はすごい。

 三日目。朝、のんびりして、昼は湯布院でごはん食べたあと、解散。ボチボチ帰る。

 久しぶりに、まとまった時間、日常から離れた。日常から離れると、いろいろ考えごとができるので楽しい。そしてヒコが他の人と過ごしているのを離れて見ていると、ヒコのすばらしさがわかる。明るさ、キレの良さ、おちゃめな賢さ、など。いつもは近すぎて、そこにピントが合いにくい。


2010年09月08日(水) その瞬間!

 とても早い明け方か、ひょっとしたらまだ夜中だったのか、久しぶりにヒコが「しかぶり」。もうひと押し風邪を抜こうと足湯して、お水をたくさん飲んだまま眠ったのが災いしたようだ。「おしっこが…」と言いながらめそめそしていたので、ノープロブレムな感じで片付ける。私なんかヒコの歳のころは、毎日のようにしていたのだから、これだけは絶対に怒れない。横では昨日からヒコと同じ風邪を引いたダンナが苦しそうにしている。この夏、調子こいて冷たいものを飲み食いし、クーラーに当たりまくった男子チームが総崩れである。
 片付け終わって寝かしつけて空を見上げたら、ド近眼の目にもわかるオリオン座があった。何日か前にも「そうかなぁ…?」と思って見ていたのだが、季節的にピンと来なかったし、なにより目が悪いから自信がなかった。でも、やっぱり間違いなくあの配列だ。ちゃんと見ようと思って、窓に向き直って見上げた瞬間!オリオンの腹のあたりを流れ星が横切ったのだ!

 無性に、いろんなことが大丈夫に思えた。


2010年09月06日(月) 数個のひらがな

 すこーしずつ、字に興味が出てきた様子のヒコ。時々「これ、ヒコの『ひ』だよね〜」と、唯一読めるひらがなを指差すほか、なんと書いてあるのか尋ねてくることもある。読めないなりに、読みやすいものはわかるらしく、「数個のひらがな」で構成されているものが多い。そんなこんなで、昨日だったか。

 「これ、なんて書いてあると?」
 「さ、だ、ま、さ、し!」。


2010年09月05日(日) 来るなら来い

 海にぼんやりしにいく。異国のいろんなゴミが打ち上げられていた。バッタもんくさいドラえもんのジュースのボトルとか。そしてやたら靴が多かったのだが、どういう素性のものだろうか…ブルブル。
 いろんな疲れや、毎日のように食べていたかき氷の冷えなどが吹き出したのか、ヒコが発熱。足湯してダラダラ汗かいて眠っていた。でも、肝心の「熱が下がったときにじっとしていること」ができず、ぶり返してもいた。とにかくぜんぜん言うことを聞かないので、身をもってわかってもらうしかない。何日か前から顔がちょっとゆがんでいたので、なんか来るな〜とは思っていたが、かき氷食べるなとか布団着て早く寝ろとか、そんなこと、言ったって聞かないから、来るものは来い、という気持ちでいたのだった。


2010年09月04日(土) 可動域

 リビングのロールスクリーンがようやく取り付けられた。住むまでは「つけたほうがいいかな、つけなくってもいいかも」なんて思ってた窓なのだが、住みはじめた日に「こりゃいるわ!」と思って頼んだ。付けなかったら、道から丸見えなのだ。今朝までは、前の家でカーテンにしていた布を窓に挟んで代用していて、かなーり、貧乏くさかった。でも、何日も経つと見慣れてしまい、さほど気にならなくなる。でもでも、こうしてちゃんとしたものが取り付けられると、代用はあくまで代用でしかなかったとよくわかる。必要なものもそうだけど、いらないものもまた「慣れ」は呑み込んでしまう。「なくてもいいなー、ないほうがいいなー、でもあっても困らないし、この先いることもあるかもしれないし…」というものなど、特に大好物である。こういうものもまた、思いきって処分すると、予想を超えて心と生活の可動域が広がって愕然とするのだ。あ、こんなに狭くなってたんだ、って。
 というか、今回はもう、家が丸ごとそうだ。前の部屋での生活は慣れていたし楽しかったけれど、もう戻れない。戻りたくてもデイケアセンターになっちゃったけど。30年後くらいにまた戻ったりして。

 可動域。これ、けっこう大切だと思う。


2010年09月03日(金) 飼育中

 なぜかクワガタ(オス)とカブトムシ(メス)を飼育中。「なぜか」って、それは「5歳男子」がいるからに違いないのだが、5歳男子と縁がない人生を送ってきたので、39歳にして初めての飼育である。飼育といっても、専用の土とゼリーを買って、それぞれが入ってた箱に入れて、時々替えてるだけ。クワガタ兄ちゃんは、土にもぐって出て来ない。死んでるのかと思って掘り起こすと、激しく威嚇する。自意識過剰な引きこもり男である。カブトのおばさんは、食欲も旺盛。ごそごそごそごそ動いている。カブトのおばさんの箱は、行動が活発だからか、なんかくさい。土の袋に「飼育臭」って言葉があって、どんなもんだろうと思っていたら、土が甘く腐ったような匂いだった。私は「ちょっとくさいな」と思う程度なのだが、ダンナがとても苦手なようで、こないだは酔いともシンクロしたのか、思わず吐いていた。スイカも「カブトムシみたい」という理由で食べない。小さいころ、なんかあったのだろうか。
 飼育中…とはいえ、申し訳ないが情はわかず。「男の子」じゃないんだろうなぁ。いますぐ隣の原っぱに放したいくらいだ。早く飽きないかな。


 昨日おとといと、排泄物や汚物が登場する夢ばかり見た。いろいろ意味がありそうだが、なにしろ変化中なので、そりゃそうだろうな、という感想。


2010年09月02日(木) つれづれ

 うっかりするとあっけなく1日が終わっていく。することはたーーーーくさん。でもひとつずつやれることからやるしかないのだ。体はひとつ。
 昔のiPodを使える小さなステレオを、ちょっと前に買っていたのだが、肝心のiPodが荷物にまぎれたままだった。それが出てきたので、さっそく使ってみた。おお!デカい!買ったときは「こんなものに音楽がたくさん入ってすごい」と思ったが、今見たら、ちょっとしたお弁当箱にさえ見える。でも、置いて使うぶんには何の問題もない。むしろシブい。パソコンとつなぐケーブルが見つからないので、新しく買ったCDは入れられない(おなじ理由で、デジカメに4ヶ月分くらいの写真がたまってる…)。とりあえず入ってたものを流しながら、家事などする。

 昨日は手帳を買った。なぜかすこしだけ悔しさも混じるのだが、来年も「ほぼ日手帳」だ。小学校のときからの友だちも、なぜかすこしだけ悔しいけど、ほぼ日手帳を使っていると言っていた。この「なぜかすこしだけ悔しい」感じ…でも買っちゃった。しかも発売初日に。

 グレープフルーツゼリーを作って食べたら、ミサキングさんから苦情が。ほんのりイガイガ成分が嫌だったのかな。大好きなのになぁ。ゼラチンを溶かしたコップを洗うとき、けっこう溶け残りが固まっていた。スポンジでゴシゴシしても取れなかったけど、お湯をかけたらツルリときれいに。「冷たい洗剤よりお湯でやさしく」って、ちがうことにも当てはまる気がする。

 昨日はダンナが作ったさだまさし家の精霊流しの番組だったのに、見るのも録るのもすっかり忘れていて、ヒコが「録画していたいつものやつ」を見ていた。30分ほど経ったころダンナが帰ってきて、玄関から「見よる?」と聞かれて「うん。ゴセイジャー」と答えて失望させてしまった。ごめん。

 ものすごくクタクタになって結局できなくて、無料サポートチケットを使って依頼したパソコンの無線接続。…。…。…。ただのケーブルの差し間違いだった。お兄さんが一瞬でつないでくれた。そんなものだ…。そんなものだ…けど、しくしく…。でもこれで、家のどこでもつながるようになった。身軽だ。うれしい。何にしても紐付きは良くない。

 




トンビ |MAILHomePage