ぴんよろ日記
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2008年12月31日(水) 空中戦

 ただいま午前3時。ようやく年賀状を印刷し終えるところ。初めて宛名書きソフトを使った。味気ないが、助かった。(いや、もう遅いだろう…)
 今年買ったパソコン、どうやらディスクドライブがおかしくなっている模様。CDもDVDも読まない。そんなこんなで、新旧3台のパソコンを行ったり来たりしている非効率的な状況。古いパソコンは、元気なんだけど、こないだ導入したプリンタに対応していないし、新しいのは昔のソフトがまったく使えない。ということで、いちばん冴えないはずの2番目のノートが、最も使われているという、なんだかなぁ。

 友だちに子どもが生まれた。今月に入ったころ、当時はすぐにでも生まれそうな勢いだったので、ヒコに「もう生まれるかな、いつかな」って聞いたら、「まだ。でも今年」と言い切った。予言成就である。

 明日(もはや今日だが)は、少しは掃除して、夜はおいしいお刺身を食べよう。今年がもう終わりなんて、信じられない感じだけれど。

 今年…本を出せてよかった。ヒコが元気でよかった。日々のレベルでは、時間も無くて、自分の中でのしたいことの一割もできてなくて、すごくもどかしいけれど、なかなかよくやった年だったのかもしれない。来年は、もう、何かを「腰を据えてじっくりやる」なんて変な気持ちは捨て、「仕事は空中で」を、あらためてモットーとしながら、来年の今ごろは、今、まったく思いついてもいないような地点にたどり着いていたい。

 よいお年を!


2008年12月24日(水) 言うに言われず

 なにやら慌ただしくも見える日々。日記を書く間もなく…と言えば言えそうだが、しかし、一瞬、一日はしっかりとしている。このところ「一日の質」が変化してきていて、それが、「日記を書く」ということに追いついていかないというような感じだ。
 日曜日は、甲野先生の講習会に行ったのだが、これまた前回からの変化が大きかった。そして講習会以来、右肩のコリが無い…。理由はわかっているのだが、書いてしまうと違うものになるような気がする。言うに言われず、である。甲野先生を囲んで、笑いと探求が尽きない。講習会のお世話をされているHさんと「いろいろ世の中、悪いことばっかり言ってるけど、今、こうして、温かい場を持てているのだから、とにかくそういうことをそれぞれに大切にしていけばいいはず」と話す。迎えにきてくれたヒコを甲野先生に会わせる。ちょうど、なぎなたに関する質問があっていたのだが、動きが決まるたびに、ヒコが大笑いするのが不思議だった。腹の底から爆発するように笑うのだ。それが、単に目に見える動きに反応しているという感じじゃなくて、もうちょっと身体の内側の生命エネルギーがくすぐられてるような……これまた言うに言われず。とにかく、ヒコと甲野先生にしかわからない、見えない理由で笑っているようだった。そうやって笑うヒコを抱っこしていたら、「かわいいでしょう?」と言われ、それに対して、自分でもびっくりするくらい素直な気持ちで「はい!」って答えられたのが、今回の講習会でいちばん大きなことだった。



2008年12月19日(金) 船に乗る。

 船に乗った。脇岬から長崎港往復。
 ずいぶん前からぼんやりと思いついていたのだが、月曜日に、船乗りさんを知ってそうな知り合いの顔がポンと浮かんで、その足で彼がやってるお店でランチを食べて、聞いてみたら、幼なじみが船乗りさんだった。電話番号を聞いて電話したら、しばらくは遠出の予定もないそうで、「それじゃ、金曜!」と、あっけなく決行。ユニクロのヒートテックのタートルを2枚と、いちばんあったかいセーターと、妹のむかーしの彼氏のダウン(なぜか実家に置いて帰ったまま妹とは縁が切れ、上等なので私が貰い受け、かれこれ10年ほど重宝。)、厚手のタイツ、ハイソックス、厚手のズボン、貼るカイロ(腰&靴の中)、ネックウォーマー…と、重装備に身を固めた。そしてトラベルミン。
 前の日だったら風が強すぎて出られなかったらしい。波もほとんどなくて、空はすばらしく晴れ、海は青、山は緑。冬のななめの日の光で、崖や島の岩はくっきりとした輪郭を持って目に飛び込んでくる。地図の上ではちっぽけな点でしかない島や、小指の先っぽみたいな半島の、それでも船一艘、人ひとりに対する大きさやおそろしさや、同時に存在もする安心感。小さな船がいくつも出ていて、船長さんは、船の形だけで「あれは生月の船」「あっちは牛深」と見分ける。彼らは、ひと月くらい、船で寝泊まりしながら漁をするらしい。海や漁の話もいろいろ聞きながら、長崎港まで乗り付け、軍艦島や、釣り人の聖地「三ツ瀬」のそばも通って、樺島の海側もぐるりと廻って洞窟を眺め(中は「青の洞窟」らしい)、仲間の船に横付けして、正真正銘の釣りたて「野母んあじ」を貰い、3時間を超える海の旅は終わった。たった3時間ではあったけれど、いま考えていることの「細胞」に、海の風を吹き込むことができて、ずいぶんとすっきりした。モヤモヤしたら、また船に乗ろう。



2008年12月16日(火) 眠っている間に

 夜中、のどがイガイガの嵐にさらされたようにやたら咳き込んで、なんか怖い夢を見たような気がして、一度起き上がったりしつつ、さっき起きたら、のどのイガイガはほとんど治っていて…なんだったんだろう? そうやって知らず知らずに、眠っている間に、頭でっかちな住人を持ってしまった身体は、せっせと助けてくれているようで、ありがたい。


2008年12月12日(金) 賢い近道

 ようやく車が戻って来た。こないだやってきたと思ったら、そこはやはり10年以上も前の車なので、消耗品類を交換するとかなんとかで、ドッグ入りしていたのだ。でも内心「あー、左ハンドル、肩こるし、この代車(ダイハツ・ミラ)のまんまでいいんだけど」と思ってもいた。でも、左ハンドルの彼は帰ってきてしまったので、渋々、って感じで、保育園へ。
 しかし。いざ乗ってみると、あれだけビクビクしながら運転していたのが、そうでもない。さほど何も考えずとも、スイスイ行けるではないか。どうやら、ガチガチながらも一度やってみて、冷却期間があったのが良かったようだ。その間に、身体にプログラミングされていたような感覚だった。身体って賢いなぁ…。これに限らず「ひとまずおいとく」っていうのは、時にすごい近道なのかもしれない。



2008年12月11日(木) それなりに

 春と夏の間にあるような、ぬるくてあたたかな日。昼前には、湿気が自分の重さに耐えかねたのか、雨が降った。でもすぐに晴れて、引き続き、ぬるい。
 お昼ごはんを食べていたら、気になる男女が入ってきた。黒い服だけど派手なお姉さんと、スーツを着てるんだけど、いわゆるビジネスマン、って感じじゃないお兄さん。お兄さんは県外の人らしい。席は結構離れていたのだが、声が大きかったので、会話の端々が聞こえてきた。どうやら「お水関係のスカウトが一応成立したので、長崎だからちゃんぽんでも」という場面だったようだ。
 …と書くと、どんな空気感だ!と思われるかもしれないが、これがもう、じつに爽やかだったのだ。お姉さんもお兄さんも、育ちがいいのか(別にお金持ちっていう意味でなく)、言葉遣いもスッキリしているし、お箸の持ち方もきれいだし、なんだか「いいもん見ちゃったな〜」って感じ。お兄さんはどうやら大阪あたりから来ているらしいのだが、このお兄さんが働いているのなら、まぁ、品のいいお店なんだろうし、お姉さんも、この人にスカウトされるのなら、長崎でもかなりいいレベルの人なんだろう。どんな世界であれ、いい位置に立つ人には、それなりの品ってものがあるのだ。

 


2008年12月10日(水) ちゃんちゃん…か。

 朝起きたら、窓の外の景色いっぱいに濃厚な霧が立ちこめていて、何も見えなかった。すぐ下にある家々さえも見えない。ここに住みだしてから、いちばんの霧だった気がする。そんな霧の中だというのに、港のほうからは時々あせったような汽笛が聞こえてきて、大丈夫だろうかとドキドキした。
 いつになくヒコと波長が合わず、険悪なムードで送ってしまった。せめてお昼ごはんが好物だといいのにな、と、机の前に貼ってある献立を見たら「鮭のちゃんちゃん焼き 五目豆 お吸い物 みかん」…うーん、微妙だ。今日は終日原稿書き。



2008年12月08日(月) 黙して語らず。

 昨日はヒコのおゆうぎ会だった。このところ、家でもずっと演技してみせていてくれた彼だが、いざ本番、ダンスの「ももぐみ戦隊ゴーオンジャー」では、幕が開くなり座っていて、はじめは「そういう振り付けかな?」と思っていたが、最後までアクションなし。劇あそびの「やさいばたけはおおさわぎ」では、どちらかといえば主役であろう「キャベツ王子」として登場したが、黙して語らず。寡黙な王子であった。
 まぁ、半分予想はしていたので、驚きもしなかった。帰って来るなり、照れくさそうに「がんばれんやった…。はずかしかったと…」と、王子はおっしゃっていた。そのかわり、一日中、ゴーオンジャーとキャベツ王子が入れ替わり立ち替わり現れたので、本人には言わなかったが「本番でやれよぅ!」と思った。一緒に見ていたハハが「来年は役ば貰えるやろうか?どがん役ならできるやろうか?銅像…とか?」と言ったのが、それしかない!という感じであった。



2008年12月05日(金) それぞれ本人

 朝7時に目が覚めるやいなや、はるちゃんの「大」「小」、もぎくんの「大」「小」、そしてヒコの「特大『小』」と、オーケストラのように下の世話が続いた。みんな元気でなにより。
 午前中、もうすぐ食堂をオープンさせるMさんと話し込む。Mさんが食堂をやろうということと、私が何かを書いたりするということは、ジャンルは違うけれども、とてもよく似た気持ちから発しているということがわかった。それぞれが思いつくままに飛ばす話が、いちいちツボにはまるので、時間はあっという間に過ぎた。やはりそれぞれが、それぞれにやれることを、コツコツやるしかないのだ。そして、人がどう言おうと、本人は本人であるしかない。
 急に冷え込む。時々あられ。



2008年12月04日(木) 山をくだって

 ケーブルへ行く日だったので、各種手続きやお金にまつわる用件もあちこちで済ませる。かなり気が軽くなった。家にこもりだすと、いろんな用事を「山をくだったから」という感覚でいっぺんにこなすようになる。
 ついに長崎新聞に載ってしまった。なんかしらんけど、ほがらかに笑っていて恥ずかしい。目のしわがすごい。ケーブルにバイトに来ているいとこに「パパ(私の母の弟)のしわのできかたとそっくり」と言われた。たしかに。
 雨の前の、あやしい空気。湿った匂い。大好きだ…。




2008年12月03日(水) 雨がやってきて

 昨日も早く眠った。「料理したくない病」とおなじくして、眠っても眠っても、じくじくと眠気がにじみ出てくるような日々だったが、こちらももう、底を打った模様。夜中なのか明け方なのか、夢の中にまで降り込むような、夏のような、たっぷりとした雨音が聞こえてきて、それがなにか、洗い流してくれたようで、かなりさっぱりと起きることができた。雨は本当に降ったようだ。
 昨日に引き続き、家にこもって、仕事や考えごと、下書きなどをする。このところの無闇なあせりの熱が、だいぶ引いた。
 雨の気配が、うれしかった。本当に、頭の中のなにかを洗い流してくれたような気がするのだ。今日もおいしいごはんを作ろう。豚汁と焼魚、など。



2008年12月02日(火) ようやく作りたくなって

 このところ、疲れなのかなんなのか、料理をする気がしなかった。自分には申し訳ないと思いつつ、どうしようもないので見て見ぬ振りをしていたけれど、実のところは、けっこう長期間&重症だった。持ち帰りやありもので必死に食卓を作っていたが、今朝は久しぶりに、自分からスープなど作りたくなって、たまねぎや人参を刻んだ。生クリームを入れた、優しく、あっさりしたスープ。作りたい、食べたいという気持ちで作った自分の料理って、本当においしいってことを思い出した。自分の中の、いつかどこかが故障してしまっていたものが、治りかけている、というような感触もあるし、単に、いつもなにかに追われているような、慢性的な緊張と焦りなのかもしれない。気付いたら、冬。秋はじっくり過ごすはずだったのだが…。いやいや、そう思えばまた焦るから、この先の時間を見つめよう。



2008年12月01日(月) しくしく、くすんくすん。

 まだ夜も空けぬころ、しくしく、くすんくすん…と悲しそうな声が聞こえたら、それは「しかぶっちゃった」ヒコ。気の毒なんだけど、その「しくしく、くすんくすん」って、かわいそうなくらい可愛い。タオルを絞ってチンしてホカホカにしてお尻をふいて、パンツとズボンを替える。目も閉じて寝ぼけているのに、感触で判断しているのか、はきたくなかったパンツやズボンだと、足をバタバタさせて抗議。こんなところだけはしっかりしている。でも、すっかり着替えてしまうまで、しくしく、くすんくすん…は続いていて、私も眠いんだけど、かわいそうなくらい可愛い。しくしく、くすんくすん。



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