ぴんよろ日記
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2008年11月30日(日) のぼせもん

 おとといは、年に一度のワインを飲む会に出席し、気付いたら深酔いしてしまっていて、昨日は一日ぼんやり。久々にひどく酔っぱらった。ワインは、おいしいだけに怖い。その会以外でほとんどワインを飲まないので、しばらくはこんな酔い方もないだろうが…。おとなしくおかゆなど食べた。
 昨日は、ばあちゃんちに寄った。ヒコが「くんちメドレー」を演じ、大受け。たしかに動作や表情のひとつひとつが面白い。絵に描いたような「のぼせもん」である。お店に入る時や、エレベーターが明いた瞬間などに「おっはようございま〜す」「おっつかれさまでした〜ぁ」「どういたしまして〜」などと大声を出し、爆笑されることも多い。笑いの神の幸多かれ、である。

 お昼、上柿元氏のお店でケーキを買っていたら、なんとご本人が登場。何度か取材させていただいたことがあるので、覚えてらっしゃらないかも…と思いつつ、隣の本屋で自分の本を買い、贈らせていただく。初めは「誰だったかな…」というお顔だったが、話しているうちに思い出してくださった。本を渡すと「あぁ!この本、売れてるみたいですね。そう、あなただったの!」おおお〜。勇気を出してご挨拶してよかった。上柿元さん…いつもパヴァロッティを思い出す。ヒゲの感じだけじゃなくて、なんというか、パァァ〜ッとあたたかいものが放射されてる感じが。お店のお姉さんたちも、上柿元さんが入って来られた時には、尊敬と親しみが満タンの笑顔で迎えていた。そうだろうな〜。ヒコに焼き菓子をひとついただいて、あたたかい気持ちでお店を出た。



2008年11月28日(金) 本望

 実家の前に置かせてもらっていたオメガを、ひとまず「監督」のところへ運ぶ。たぶん、乗るのはこれが最後。どうしようもなくしっくり来る感じがせつないけれど、お別れだ。いつもだったら飛ばすくらいの黄色の信号も、つい止まる。追い抜きたくなる右折の車も、待つ。すんなり着くのが寂しかったので、わざとスーパーに寄ってパンを買う。それでもやっぱり、着いてしまって、お別れだ。何枚か写真を撮る。ダンナはステレオを外す作業などがあるので、ひとり、バス停へ。しばらく来ないバスを待ちながら、道行く車を眺める。あぁ、この、無数の車たちにも、すべてお別れの時は来るのだな。オメガの行方について、あれこれ思い悩みもしたが、それは僭越なことのかもしれない。オメガ自身が持って生まれた運のほうが、私の心配をはるかに凌いでいるのかもしれない。「新しい人に乗られて、でもやっぱり調子は悪いわけだから、それで嫌われるのがかわいそう」なんて同情は、馬鹿げたものなのかもしれない…。試しに、と、ダンナが中古車屋に持っていってみたら、2軒行って、2軒ともで「査定ゼロ&廃車おすすめ」だったとの連絡あり。それも彼の人生、か…と、家の掃除などしていたら、なんと、見るに見かねたのか、監督が預かってくれるとの連絡が。部品取りになるのか、なんなのか、それはわからないけれど、監督にみとられるのなら、彼にとっても、それは本望だろう。よかったね、オメガ。ありがとう、オメガ。さよなら、オメガ。



2008年11月26日(水) たまりそうで

 左ハンドルのベンツ&歯抜け王子、初登園。担任の先生が、本気で「もう!どうしたと?どうしてそがんことしたと!?」と、問いただしていて、その様子が、本当にヒコのことを好きでいてくれている感じだったので、ちょっとジンとした。
 とにかく左ハンドルに慣れなくては、と、新大工へ。まだ100円パーキングに入れるのが難しい。何度も切り返したりしつつ、なんとか入れる。気疲れしたから…などと、軽く言い訳しながら、魚和で散財。ポイントカードが登場していた。どれだけたまるかと思うと怖い。今、いちばんたまりやすいポイントかもしれない。



2008年11月25日(火) 歯っ欠けグリーンベレー

 あまりにもいろんなことがありすぎる日々…。

 土曜日はヒコと「白いかもめ」に乗った。片道の正規料金だったので、鳥栖まで3700円と言われてギョッとして、思わずバスに変えたくなったが、やはり列車の方がゆっくりできたし、景色もきれいだったので良かった。ワゴンサービスのお姉さんから、それぞれコーヒーとアイスクリームを買ったりして、楽しく過ごした。思ったよりも、というか、ぜんぜん歩き回ったりすることもなく、奇声を発することもなく、ずーっと窓の外に見えるものについておしゃべりし合った。困ったことと言えば、最後の最後にヒコがハナクソをほじってしまい、それがどうやら会心の作だったらしく、ずっと持っておきたいと大声で言い続けたことくらい。それから数時間後に訪ねる友だち一家に見せたいらしく「『そのハナクソかっこいいね〜どこで買ったと?』って言われるかな」と期待に胸を膨らませていたが、結局は、電車が揺れた時に行方不明になってしまった(すみません、かもめの人)。

 その夜は、小国の焼肉を堪能。温泉も堪能。いつもよりしっかり温もったら、長崎よりはるかに寒いはずの小国の夜なのに、朝まで足が冷たくならなかった。あの温泉はすごい。ホルモンやチーズをつつきながら、友だち夫婦が「見える」人に見てもらったことなどなど、今回はスピリチュアル方面に話が盛り上がる。ダンナ二人に「金縛り経験者」という共通点が発見された。「来た来た来た〜って思うよね」「そうそう。下からだんだん重くなって」とか、盛り上がってた。「わかんないよね」「わかりたくもないけど」と、妻2人。

 日曜日の帰路、人生初の左ハンドルを練習。…ということで、新しい車は、まさか自分に関係あることになるなんて思っても見なかった「左ハンドルのベンツ」である。私にけなされながらも、ずっとこの車に憧れ続けてきたダンナが、今回をチャンスと見て、どうやら血眼になって探したらしく、その情熱たるや、ヒコのエネルギーとおなじく、なにか別のことに有効活用できないだろうか、というくらい激しいものだったのだが、どうやらその願いが聞き届けられたらしく、折れざるを得なかった。「新しい車」と言っても、なんと、今回さよならするオメガよりも古い。なんだそれは。「左ハンドルのベンツ」なんて、こんなに印象の悪いものもないと思うし、すごく高そうに思われるだろうが、いろいろ含めても、100万に遠く及ばない。ローンは月2万ほどである。でも、きっと、いろいろ言われるんだろうな。まぁその点は痛くも痒くもないけど。我が家の車の主治医「コミネ監督」に見せたら「よく見つけてきたね!」と言われたくらい、いいものであるらしいが…。

 さて、月曜日。実家にヒコを見てもらって、ペコロスの編集をしようと思っていた。しかしまずは、車を動かそうとしたら、うんともすんとも言わない。後で聞けば、センサーかなにかのちょっとした問題で、ギアのパーキングを認識していなかったらしいのだが、そんなことは知ったことじゃない。列福式の取材の真っ最中とわかってはいたが、ダンナに連絡。「もう!何してもエンジンかからん!どういうこと!?」という現実的な電話の向こうでは、聖歌が流れていた。
 「『止まらん車にしてね』とは言ったけど、それ以前に『動かん車』じゃん!」と毒づきつつ、あまりの空腹と悲しさ(私が嫌ったから、車から意地悪されたようにも思えたのだ)で、思わずタクシーで実家に行き、ごはんを食べて、ハハとヒコは2階へ遊びに行き、私と父は1階で列福式の中継を見ていた。そしたら、ドスーン!ゲラゲラ!ドスーン、ワハハハ!と、どうやら飛び降りて遊んでいるような楽しそうな声が聞こえてきたのだが、最後に、ドッ、スーーーーーーーン!ウワーーーーーン!とただ事じゃない音と泣き声がして、ハハが抱っこして階段を下りてきて、顔を見たら口が血まみれ。一瞬頭がホワーンと白くなったが、父と母が仰天していたので、ここはなんとか腹に力を入れつつ、病院へ。どこをどう打ったのかはわからないのだが、下の前歯が2本、スコーンと抜けてしまった。乳歯なので、このままにしとくしかないらしい。ということで、永久歯が生えて来るまでの3年ほど、歯っ欠け王子として生きていくことになったヒコである。
 彼はどこから飛び降りたのか?
 最初のころのかわいい「ドスーン」は、椅子かなにかだったようだが、最後の「ドッ、スーーーーーーン!」は、3歳児はもちろん、大人でも飛び降りようとは思わないはずの高さの(だからハハは、ヒコがそこからまき散らしたおもちゃを拾うために、後ろを向いてしまっていた。だれがあそこから飛ぶと思うだろう?)、2段ベッドの上段からである。普通の2段ベッドではなく、家を造る時に作り付けた、より天井に近い高さのところからである。私も実家に暮らしていたころはそこに寝ていたのだが、飛び降りようと思ったことは一度もない…、いや、ある(私も高いところから飛ぶのが好きな子どもだった)。でも、その後の「じ〜ん」が強すぎて、二度と飛び降りようとは思わなかった。とにかくそんな高さである。夜、「飛べると思ったの?」って聞いてみたら「うん。だって、とびたかったんだもん。ばーばに、はいどうじょ(だっこ)したかったんだもん」と言っていた。そして恐ろしいことに「もう飛ばないよね」と問いただしたら、ニタニタ笑っていた。
 ということで、徹夜で編集。でもまぁ、歯が2本で済んで、本当に良かったと思う。骨を折ったり、ましてや首を折ったり、と考えれば、歯が2本で、本当に良かった。厄払いと思おう。

 適職は…特殊部隊…か、なにか、だろうか。グリーンベレー、とか。それとも、向こう見ずすぎて、むしろダメか?


2008年11月22日(土) 休日猫話

 なんでも横取りするはるちゃん。もぎくんのごはんも、気持ち良さそうな寝床も、とにかくなにか良さそうなものがあれば、体当たりで横取りだ。もぎくんは、単に負けているのか、優しく譲っているのかはわからないが、寂しい顔をしてのっそりと身を引く。パンチを繰り出して反撃することもあるが、必ず負ける。
 はるちゃんは、いまだに自分が「はるちゃん」と呼ばれていることに気付いていない。かなりの至近距離から「はるちゃん!」と呼んでもピクリともしないが、遠くでエサの袋の音がすると、電光石火で駆けてくる。すっかり体も大きくなって、おしっこの量も増えた。ウンコは1日2回。拾ってきて数日後にようやくウンコが出てよろこびに包まれたことを時々思い出さないことには、やってられない時もある。
 それでも、2匹が揃って気持ち良さそうに眠っていると、本当にうれしい。一瞬、頭や体の中のイヤなものが、ホワワワーンと、全部抜けていく。

 今日は、車を引き取りにいったダンナと鳥栖で落ち合い(ヒコ、初電車)、小国の友人一家のところへ。友だちはこのあと産休に入り、実家に帰ってしまうので、新車(中古だけど)披露と焼肉食べ納めに行く。ホルモンとレバーをたらふく食べる予定!


2008年11月21日(金) 縁あるものと

 こないだ2回目のココウォークに行ってみた。本屋ができたので。期待はしていなかったが、その「していなかった期待」以下だったので、これもやはり期待はずれと呼ぶのだろうか。しくしく。とにかくいろんなものがバサバサと積んであった。ちなみに私の本は、広い店内のいちばん奥の、最果ての郷土書コーナーの棚に、そっと三冊立っていた。がんばれ。「蝶々さん」は店頭だったが、がんばれ。
 でも、上柿元さんのケーキ屋さんが入ったのはうれしい。おとといの誕生日には、3つばかり買ってきてもらって、みんなでつついた。上柿元さんの名前がついた…カミーユなんとかという、白くてふんわりしたのがおいしかった。初めはあまりにシンプルだったので「ふーん」と思っていたが、ほかの2つとぐるぐる食べていたら、ほかの2つは、おいしいんだけど、新鮮な印象が薄れるのに対し、これだけは、まったく飽きない。なるほど、名前を付けただけはある自信作なのだな、と思った。どれも1個400円くらいするけど、うちは2人で1つで十分なので、おいしいほうがいい。

 明日ついに、新しい車とご対面。
 なので、今週は何をするにも「オメガでここへ来るのは最後かな…」としみじみしてみようかと思ったが、とにかくもう、かろうじて走っている状態で、いつどうなるかわからなかったので、油断できなさのドキドキの方が先に立ってしまった。アイドリングは不安定だし、ガソリンが20リッター切るとガス欠状態に陥るし、電気系統もよれよれだったし、とにかく今日までよく持ったと思う。次の車は、正直なところ、まったく私の好みではないが、こちらもとにかく付き合うしかない。今のオメガだって、押し切られて買った時には好きでも嫌いでもなかった。縁あるものと生きていくしかないのだ。


2008年11月20日(木) モグモグそうそう

 昨日の夜「朝、猫たちに起こされたら、そのまま起きて編集しよう」と思って寝た。案の定、顔に爪を立てて起こしてくれはじめた。「あれ?さっき寝たような。夢も見てない気がするけどなぁ」と思ったが、起きようと決めていたので起きて猫たちにエサをやり、眠りの糸をプツリと切ってパソコンを開いたら、朝も朝、まだ3時半だった。しかし、編集を始めてみたら、ちょうど終わったころにヒコが起きてきたし、思ったよりも時間がかかったので、結果的にはオーライ。もぎくんはるちゃん、どうもありがとう。
 昼に帰宅し、ごはんを食べながら、ずいぶん前に録っていた「情熱大陸」のブックディレクターの人の回を観る。「他の人にはよくわからない、あるいはどうでもよく見えるけど、この人にとっては絶対的に白黒はっきりついていること」がとてもたくさんある人のようで「やはりなにか頭ひとつ抜け出している人はそうでなくっちゃ!」と思う。「表現したい自分なんてない。表現者ではなく、媒介者だ。」というところでも、モグモグしながらうなずくことしきり。私もますます自分の思うところを進もう、と、最近何度目かの再決意をする。


2008年11月19日(水) 魚和まつり

 誕生日。寝起きのヒコにむりやり「おめでとう」と言わせたら「保育園はお休み?」と聞かれた。母さんは、誕生日が休日になるほどは偉くないんだよ〜。
 夜、外で食べようかどうか迷ったけど、結局「魚和まつり」を開催することにして、ヒコを送った帰り、いつもはグッとこらえている鯨など買う。今朝、夢にまで見たのだ。このところバタバタとしていて、魚和に行けなかったからなのか「大晦日になぜか夕方まで昼寝してしまい、刺身を買わなければ!と魚和に電話したら、もう店は閉めたと告げられて愕然とする」という、私にとってはかなりの悪夢だった。刺身のない大晦日や正月なんて、そんなものは平日以下である。
 誕生日の朝の夢が「刺身が買えない」という「悪夢」っていうのも、どうなんだか…と思いつつ、本日のお刺身はシマアジと鯨のさえずり。唐揚げにしようと、肥えたモチウオも買った。本当は誕生日なのでウニを食べたかったが、今は時期ではない。そんな話をしていたら「もうすぐ『塩うにみたいなカラスミ』ができるよ」とのこと。生からすみってこと?あのおいしい魚和のカラスミが、生ですか!「期待してます!」と言うしかない。あぁ、また散財だ。その後、「たけやま」で、お燗用の酒を買う。相変わらず「旅暦」で紹介した店をぐるぐるまわる生活。気合いを入れて、これから編集。


2008年11月18日(火) ストライク!

 風が強く、寒い中、しかも稲佐山山頂で岡野雄一氏と「ペコロスの唄地図」収録。2週間前に雨に降られて延期しただけあって、これはもう、神さまが見せてくれたとしか思えないほどの絶景だった。雲仙や天草はもちろん、五島までもが見渡せた。さらに「唄」は、とっさに思いついて、下りのロープウェイで収録。ロープウエイが動いている時間と、歌の時間がドンピシャで、とにかくいろんなことがストライクだった。その後、松尾順造氏の写真展の設営にお邪魔して、インタビュー。これまた思いがけないほどのお話が聞けてしまった。
 この両氏は、同じ歳だ。私のまわりにはなぜかこの歳の人が…しかもかなり「濃い(失礼)」方々が何人もおられて、それはもう、驚くほどだ。
 しかし「ペコロス」は「約1時間→15分」、写真展は「約30分→4分半」のVTRを作らなくてはならない。編集が怖い…。



2008年11月17日(月) 気の済むまで

 150枚くらいコピーを取ったり、コンタクトレンズの払い込みをしたり、マッサージに行ったり…今週の生活や仕事のための、こまごました仕込みをした日。特に、資料のコピーや、町を歩いて写真を撮ったりしてみることなどは、いま「次に形にしてみたいもの」にとっての、まさしく「仕込み」という段階の作業で、地味ながらも楽しい。まだ誰にも…私にもどうなるかわからない、でも、私の中ではだんだんとイメージが形をなしつつあるもの…イザナギとイザナミが、なにかをグルグルかき回して、棒の先からボトボトと落とすその前の、液体状の「なにか」の温度を上げているところ、という日々だ(明らかに違うことをしている時でも)。たぶんこれは、たとえまた「自家製」であったにしても、本の形を取るであろうが、その先に何があるのか、その先で何をしようとしているのか、については、何もわからない。わからないけれど、これを形にしなくては、その先はないんだろうな、と思う。そして、今から作ろうとしている「これ」が、自分以外の人にとっておもしろいものかどうかは、本当にまったくわからない。「旅暦」については、ある程度、おもしろく思ってくれる人はいるだろうと思えたけれど、「これ」に関しては、もう、ぜんぜんわからない。わからないけど、これを形にすることしか考えつかないので、それはもう、そういう風になっているのだろうから、気の済むまでやってみようと思う。


2008年11月15日(土) 手帳、ようやく。

 来年の手帳がようやく落ち着きつつある。ここ数年使ってきた「週間一見開き」のものから、「1日1ページ」タイプのものへ、大転換。「ちょっとした取材&多少長い考えごとメモ」もおなじカバーにまとめることにして、とにかく「できるだけ1冊」で動けるようにした。これはやはり、ヒコと行動をともにするにあたっての「荷物の省エネ化」というのが第一ではあるが、もうひとつ大きいのが「記憶力のさらなる低下による思いつきのダダ漏れ防止」である。元々記憶力は良くないのに、近年、もー、漏れる漏れる。「THE散逸」である。これ以上、脆弱な記憶力にプレッシャーを与えても良いことは何もないので、そこはそっと棚に上げておいて、使える部分に働いてもらうことにしたい。
 手帳もいろいろ探してみたが、つい「ほぼ日手帳」を買ってしまった。100%好きなわけではないのだけど、トータルで勝ち抜けた。毎日ついてる「名言」みたいなものは正直なところ鬱陶しいので「これがないバージョンも作ってけろ〜」と思うし、カバーも大仰すぎたので、結局は、手許にあった文庫本用のカバーを使うことにしたり、今年まで使っていた手帳の地図や、もぎくんとはるちゃんのファイティング写真を貼り付けたりして、着々とカスタマイズ中だが、なにはともあれ、付き合ってみようと思う。(ということで「ほぼ日手帳のカバー」が宙に浮いている。ナイロンの水色。「カバーオンカバー」付き。必要な方は連絡されたし。当然先着1名)※募集は締め切りました。



2008年11月14日(金) 「福岡までは」

 慌ただしい日々だが、沖縄から帰ってきてみたら、長崎はとても静かだった。気候のせいもあるのだろうか?それとも沖縄がずっと雨だったから?とにかくこんなに静かだったかなぁ、と驚いている。
 このところ悩まされていたのは、とにかく鼻まわり。沖縄に行く前から、秋の花粉なのかなんなのか、とにかく調子が悪かったが、沖縄からの帰りの飛行機で気圧の変化についていけず、その後丸1日、鼻(耳?)が抜けなくて、ずーっとプールで耳に水が入っちゃったみたいな状態で、食べ物の味もよくわからなくてつらかった。翌日の夜にお風呂で盛大に鼻をかんだら、「ちゅい〜〜〜んっ!」っと抜けてくれて、その時の快感たるや…。
 あとひと月もせずに、ついに車が変わる。「主治医・コミネ監督」には「絶対大丈夫とは言い切れない。電車が安心だと思いますけどね…」と宣告されながらも、沖縄に行くための福岡往復を「最後の遠出」と、賭けてみた。もちろん、彼はしっかりと務めてくれた。「こんなに走るのに、どうしてお別れしなくちゃいけないの?」と、次の車を一人で見に行き「男前に即決」したというダンナを軽く恨んでもみたが、翌日乗ってみると、これまで聞いたことのないような疲れた音がしてきて、どこのパーツだかの水漏れのピッチも上がってしまっているようで、やはり彼自身「福岡までは」とがんばってくれていたのだ。ありがとう。もう少しだけ、よろしくね。


2008年11月09日(日) ついに

 今日はこれから沖縄へ!ついに甥っ子とご対面だ。めんそーれ!


2008年11月08日(土) いつも私らしく(涙)

 昨日は長崎新聞の取材を受けた。本についてかと思ったら、「そういう本を出すような人のライフスタイル」的なことらしい。ひょえ〜。私の、この、まったく褒められもしない「ライフ」が、どんなことになるのやら。
 いざ話しだすと、なんか「子育てもがんばってるマルチな自由人」みたいなくくりにされそうな気がして暗い気持ちになったのもあり、こないだの西日本新聞よりもわけのわからないことを延々と話してしまう(そういえばまだ出ないな…。お手上げなのかも)。どんな記事になるのか、本当にまったくわからない。見るのも怖い。「いつも私らしく」なんて見出しになってたらどうしよう。そんなこと一言も言ってないし、まったく思ったこともないけど、そう書くしかないと思われてるかも…。あぁ。
 写真も撮られたが、カメラのお兄ちゃんに「いつもプラプラしてるんですよね。じゃぁそんな感じで」と、ここが飲み屋だったら「貴様どの口が言う!」とビールをかけたくなるような注文をされ、並木道を「物憂げ」に歩く。あぁ…。ほんと、どうなるんだろ…。
 



2008年11月07日(金) しつこいからサラリと

 ここ数日、日記を書こうとすると、書こうと思っていたはずのことが、スウーーーーっと消えていく、ということが繰り返された。
 ひとつ、いま思い出したのは、新しいコーヒー豆は、挽く時にとても気持ちがいいということだった。いま飲んでいるのは、珈琲人町で買った「ゲイシャ種」というアフリカで新発見されたらしい豆。その名前からアメリカあたりで大人気らしいが(トホホ…)、野生種ゆえか、芯が強く飾り気のない味…のような気がするんだけど…この手のことを断言するのは、ちょっと恥ずかしい。アロマがどうのとか。でも、焙煎したての豆は、明らかに挽く時に気持ちがいい。カラッとしてて。

 ケーブルのスタッフFさんが、くんちの特番を作っている。夏中、新大工町を追いかけた彼女。これまでほかの特集も、群を抜いてがんばってきた。撮影も、そのへんのへなちょこカメラマンなんてぜんぜん目じゃない。どうしてかというと、撮影対象にちゃんと向かっているから。そして素晴らしいことに、編集がしつこい。しつこいと言うと悪く聞こえるかもしれないが、このしつこさは、ひょっとしたら取材や撮影よりも、番組づくりには大切かも、と思う。どんなにいい取材や撮影をしても、編集をやりとげられなければ闇の中だ。Fさんは取材も撮影もがんばってくるけど、私は、テレビのことに関しては、その点自信がない。でも、編集のしつこさには我ながら感心するし、今度の本も、もし「良い」と言われることがあるとするならば、素材よりも、それをどんなふうに使ったかという編集の部分だと思う。あの程度の写真やイラストならば、撮ったり描けたりする人はゴマンといるし、実際あの本を見て、たとえば長崎の写真を撮ったり長崎について考えたりしている人が「これなら俺の方が」と思うことって多々あるんだろうけど、あのような文章と写真とイラストを、あんなふうに組み合わせたことに関しては、誰にも負けない、と、著者は思うのであったが、それはさておき、Fさんの「しつこさ」は、かなりのレベルなので、私が結構な難題をふっかけてみても、それ以上のことをやってきたりする。今度の特番も、これまで作ってきたシリーズのものを単純につなげるだけでも良かったのだけど、結局は取材テープから取り込みなおしたりして、大変に「しつこい」ことになっている。でも、そうしないと番組の「1時間」は流れない。退屈されて、飽きられて、消されてしまう。しつこくしつこく編集していくことだけが、長い時間をサラリと流してくれる。「いいもん見た」と思ってもらえるかもしれない、スタートラインに立てる。
 Fさんはしかし、こういう仕事をしだしたのは、去年からだ。つまりは2年目の人が、1時間番組(しかもくんち)の取材も撮影も編集もやり遂げつつあるということだ。これって、地上波関係の人には恐るべきことではなかろうか。放送は9日。長崎のケーブルテレビでしか流れないのが悔しい! でもなにかの機会に日の目を見ることがあるかも。とにかく、今日と明日で悔いなく作り上げようぞ。



2008年11月02日(日) 大ビンゴ

 いろんなことが重なり、一人で過ごす休日。あまりに急に一人になったので、一瞬呆然とし、本を読む気も湧かず、コーヒー豆さえ切れていたので、こんな日だからこそできる、いつもできないこと…まずは昼まで寝た!とにかく寝た!そして片付けとゴミ捨て。3時ごろ平井でチーズミートトーストで、朝&昼&おやつ。町をぷらりとし、図書館で古い本を借りた。ここ3年のうちでは、かなり珍しいタイプの日だった。

 そう、ちょうど3年前の日記をちらっと見たら、生後間もないヒコについて、

 どんどん湧いてくる予感がある。
 それは、あまり認めたくはないが、
 「悪ガキになるだろうな」
 ということだ。
 すごく暴れたりしそう。

 との一文を発見。3年前の私よ、おめでとう。見事的中、大ビンゴでーす!


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