ぴんよろ日記
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2006年12月31日(日) 原動力

またもやツルンと2〜3日が過ぎ、大晦日。
これから1時間ほどの一人の時間のあいだに、年賀状だけでも書かなくては。
掃除もまだ手つかず。

今年…。猛烈な年だった。
しかしある面では、静かな年だった。
来年は、違うタイプの猛烈さで進みたい。
人が見れば、いつでもボンヤリのんびりしているのだろうけれど。

雲ひとつとしてない、空だけの空。
いい年だった。
こんな年は、もうないだろう。
どの年も、ほんとうはそうなのだろうが、今年は特に。

そして来年の今ごろ、どんなふうになっているのか、
まったく想像がつかない。
その、想像のつかなさだけが、生きていく原動力だ。

いい年だった。


朝はチーズミートトースト。ハムサンド。カフェオレ。




2006年12月30日(土) やっぱり2キロに

(1月4日記す)

新大工へ買い出しに行き、角煮を仕込む。
今回は1キロ半にしてみたが、
作りはじめてすぐ「やっぱり2キロにするべきだった」と後悔。

夜は、今年、たぶん、いちばん、うちに来た友だちと、飲み納め。
ジャガイモのお焼きがおいしかった。
千切りにして、少しの粉と塩こしょうをまぶして、じっくり焼くだけ。


2006年12月29日(金) 家族忘年会

(1月4日記す)

ダンナとぼっちゃんと3人、
いつもの焼き鳥屋で、しみじみ、家族忘年会。


2006年12月28日(木) 道のり

(29日記す)

今日で保育園も終わりなので、
ぼっちゃんを送ったあと、平井でゆっくりトーストとコーヒー。
紀伊国屋でゆっくり立ち読み。
ささっと買い物をして、いい気分で帰ったら、もぎくんの粗相に出迎えられた。
猫アロマに満たされた部屋で、がっくりとふりだしに戻る。

気を取り直すには、おいしいものを食べるしかない、と、
イカとナスのタプナードスパゲティを作る。

午後は年賀状作成。
いろいろ描きかけたけど、
結局は「多少親バカバージョン」と、
「仕事関係用パヒナよろしくバージョン」を作った。

夜は、ダンナが仕事納め飲み会だったので、
ぼっちゃんと二人、クロの塩焼きなど。


ずーっと、
「そうかなー、そうかなー、そうだと思ったほうがつじつまが合うなー」
と思っていたことが、やっぱりそうだとわかった。
わかったからどうってことはないんだが、少しはすっきりした。
それがずいぶん前にわかっていれば、また違う展開もあったのかもしれないが、
ずいぶん前にはそうじゃなかったかもしれないし、
仮にそうだったとして、違う展開があったにしても、
その果てにはまたさらに違う世界が広がっていたであろうから、
とにかく、今日、そのことがいいと思ったのなら、ひとまずはそれがすべてだ。
すべてのことは、
無数の可能性から選びに選んだ細い道のりの果てにあることだし、
さらにまた、そこから無数の可能性が開かれている、細い道のりの途中だ。


2006年12月27日(水) 思い出せない。

(29日記す)

(記す)…と書きつつ、なにも思い出せない。
ちょっとでも気をゆるめようものなら、一日はツルリと過ぎてゆく。
1時間1時間は、ジクジクとしか進まないというのに。

…と、ここまで書いても思い出せない。

なにを食べたか。

夜は、ダンナに豚肉のチーズはさみ焼きを…いや、それは、その前の日。

そうだ!
夕方、本を納品に行って、新しくできていた産直の店で鶏肉を買って、
それをなすびと焼いたら、なすびのアクが抜けてなかったのか、
ちょっと苦かったのだった。

ということは、昼は…、…、思い出せない。


2006年12月26日(火) 奇跡が

昨日「病院」で診てもらった万年筆。
ためしに書いてみると、なんと、インク漏れもせず、きれいに書ける!
これはどういうことなんだろう…???
やはり愛による奇跡であろうか。

高校の時は、これで古文の予習をしていた。
「春はあけぼの」などの、もとの文章をこれで書き写しておいて、
その横に、訳などを書き込んでいった。
当時は「訳と解説だけノートすればいいんじゃないか。書き写すのは無駄では?」
と、めんどくささ半分に思ったりしていたが、
いまになれば、それこそが大切なのだったとわかる。

何年かぶりに買った、ブルーブラックのインクが、
当時よりうんと黒くなっているような気がする。

朝はノスドールのケーキとコーヒー。
コーヒー豆は、このところお店で挽いてもらっていたが、
今回から、また、自分でゴリゴリすることにした。
ゴリゴリしていたのをできなくなるということは、
それだけ暮らしに余裕がなくなっていたということだ。
でも、その余裕を取り戻すのは、
「余裕が戻ったわけではないけど、とにかくゴリゴリすることを再開」
してみることからに違いないと信じつつ、ゴリゴリ。

昼は、休みのダンナにつきあって、これから浜口のかんしゃくへ。


2006年12月25日(月) 愛の病院

うっすらと念願だった「マツヤ万年筆病院」へ足を踏み入れてみる。
そもそもインク漏れがひどく、
もう何年も使っていなかった、じいちゃんの万年筆。
何日か前に、急に使いたくなったのだ。
店に入って、ポケットから万年筆を取り出し、キャップを取るやいなや、
「あぁ!それはもう、ペン先も首も作ってないです。
 しかも落としてるから、曲がっちゃってる。パーツがあればなおせるんだけど…」
と、お店の人数人がワイワイとよってたかって「診断」してくれる。
おじいさん「先生」が、「もう死んじゃってるかなー」と、
さすが「病院」らしい発言をしつつ「診察ブース」へ持っていき、
曲がったペン先を、強力なピンセットみたいなのでクイクイッと戻してくれて、
チャチャッと水に浸けると、振っても出なかったインクがスーッと出た。
「インクを付けて書く分には、これで大丈夫ですけどね」
と、私の手に帰ってきて、この間、ほんの2分ほど。
結論としては、カートリッジは使えないということらしいが、
たしかに「生き返った」という実感に包まれていると、
「すみませんねー、お役に立てなくて」と言われた。
そんなそんなそんなそんな!もう、じゅうぶんです!
お礼を言って店を出たけど、あまりの感動と、
もう少し彼らと接していたいという気持ちから再度店に入り、
「これとおなじものって、いまも作っているんですか?」と尋ねると、
現物はもちろん、年代も含む解説が、またもや四方八方から聞こえてきた。
す、すごい…。
店中にプロフェッショナルな空気が充満している…。
それはほとんどの成分が愛であった。

朝はサーモンとアボカドのサンドイッチ。
昼はお好み焼き。おやつに通りゃんせのバッテラセット。
夜はダンナがおごってくれるというので、のだ屋でいろいろ。


2006年12月24日(日) 小走り食い。

昨日今日と、ぼっちゃん漬け。
昨日は一日家にいて、ぼっちゃんも私もダラダラ眠ったりして、
最近の疲れを回復させる。

今日は昼には外へ出て、ぼっちゃんの靴を買い、
水辺の森公園で、ガンガン歩かせる。
「茶の間」の唐揚げ弁当を食べながら追いかける。
立ち食いですらない。小走り食い。

夜は、大きなアジが200円くらいであったのを、半身塩焼き、半身刺身で。
とてもおいしかったが、しかしこれもかなり中断ありの立ち食い。


2006年12月23日(土) 眠たくない

このところあまりにも寝ないので、
もはや「ちゃんと眠る」という行動が一日の予定の中に入っていないばかりか、
夜中過ぎても、ちっとも眠くならない。
でも、スーパーの鏡にふと映った自分の顔は、明らかにやつれている。
そりゃそうだろう、と思うが、眠たくない。
布団に横になれば眠くなって寝るのだが、
そうしなければ、4時でも5時でも、作業をしながら起きていられる。
不眠症の一種かと思ってしまうほど。

眠っても起こされてばかりの日々が続くので、
いっそのこと眠らないでいる方がストレスが少ないという面は、たしかにある。

人間の体って、なんだかよくわからない。
子育てに適応してるといえばいえるのだろうか…?




2006年12月22日(金) 刷るべし刷るべし!

今朝も朦朧と明ける。

保育園に送り、黙々とプリントアウト。
途中、インクを買いに走る。
今回もやりたい放題作ったら、写真がてんこもりになってしまい、
インクコストは、たぶん、前の号よりアップしているだろう。
いいんだ。もう。気が済むまでやるのだ。

昼は昨日の団子とごはんとみそ汁。

夜は、あさって夜遅くなるダンナのため、
ハンバーグやサーモンマリネなどのクリスマスメニューを作ってみる。
ケーキも。

ノスドールの、小さなブッシュドノエルにしたのだが、
あまりにもさりげなくおいしいので、二人して、うなりながら食べる。
似たような味の、似たようなケーキはたくさんあるけど、
こんなに「もっと食べたい…」と思うものはない。
ちゃんと甘いのに、しつこさとは無縁。

ぼっちゃん、今日はひとまず眠ってくれているのでうれしい。
明日とあさっては、みっちり二人きり。実家も旅行で、逃げ場なし。



2006年12月21日(木) 某所で「夢」を

ようやく本ができ上がる。
(パソコンの中で)
これからせっせとプリントアウトの日々。

お昼は、クリームスープの残りにごはんを入れてリゾットに。

午後は、遠いような近いような、説明しがたい関係の人と、
昨今はびこる「夢」について、某所っぽい某所で話す。

夜はイカと鶏の団子、砂ずり炒め、みそ汁など。

引き続き、ぼっちゃんがご機嫌斜めで、眠れない。
もう何日、ロクに寝てないだろうか。


2006年12月20日(水) 大声援!

たんがからむのか、悪い夢を見るのか、
とにかくぼっちゃんが30分や1時間おきに、さめざめと悲しい声を上げる。
半分徹夜状態で保育園へ。
先生に預けて、フラフラ〜っと歩いていると、
「がんばれがんばれ、みどり!がんばれがんばれ、みどり!」
と、子どもたちが大声援を送ってくれた…というのはもちろん錯覚で、
陣取りゲームみたいなので遊んでいる、大きいクラスの子たちが、
みどりチームを応援しているのだ。
でも、意識が混濁している私には、
充分、どっかからの素敵なメッセージに聞こえて、
なんとも元気になってしまったのだった。

大声援を受けた朝は、ハムとアボカドのタプナードサンド。洋梨。コーヒー。


2006年12月19日(火) やっぱりグジグジ

本づくりに専念。だいぶできた。
もっとチャッチャッチャーと作ろうと思いつつ、
やっぱりグジグジ作り込んでしまう。
昔撮った写真を、しつこく探したりして。

昼は作るのも食べるのももどかしく、タプナードスパゲティ。

夜は鶏とカブ、ニンジンなどのポトフ。ほんのりクリーム味。


2006年12月18日(月) 茫然と

なにもできないまま、しかし、日々が過ぎゆくのを、茫然と見送るばかり。


◆◇◆

ぼっちゃんを送る。
朝はごはんと納豆とみそ汁、ほうれん草おひたし。
本の作業をこつこつと再開。
昼はダンナと大波止のインドカレー屋さんへ。
そして毎度のことながら、なんだか後悔して店を出る。
今日「…」だったのは、私が最後の一口を食べたその瞬間、皿を下げられたこと。
私はこれがとても苦手で、
「あぁ、回転させられている…」と、暗〜い気持ちになるのだ。
時間もちょっとずれてたし、別に満席ってわけでもなかったのになぁ。

そしてまた、本の作業をこつこつと再開。
グングン乗ってきた!と思ったら、保育園から電話。
ぼっちゃんが発熱とのこと。がーーーーん。

でも帰ってきたらすぐに下がって、納豆ごはんをぱくぱく食べた。
夜はショウガ焼き、けんちん汁、など。


2006年12月17日(日) いかんのでは?

(18日記す)

昨日には、もう、プリントだってしようかと思っていた本作りが、
とにかくまったくできない状況が続いて、どうにも心が危ない状況に。
なので、できるだけローギアな感じで過ごす。
だれが悪いわけでもないんだけど、とにかく、私が仕事部屋には行けない状況。
しまいには、頭の中に、びっしりと何かの卵が並んでいる映像ばかりがよぎるので、
むりやり眠ろうとするが、ぼっちゃんが乳をやれと2時間おきくらいに起こす。
最近、ごはんの量が増えたみたいで、夕御飯が足りてないと、夜中に起きまくる。
赤ちゃんせんぺいをかんでやると、スーッと眠るので、腹が減っているのだ。
以前はおしゃぶりでごまかせたのに、もうそれも効かない。
せんぺいがお気に召さない時は、乳を吸いっぱなし。
ということで、ここ数日、布団はもちろんのこと、
服さえちゃんと着ずに、途切れ途切れにしか眠っていないのだった。

昼はうどん、木の葉丼、ほうれん草おひたし、など。
夜は、ダンナがここ数日の罪滅ぼしをしたいというので、老李へ。
そのあと、アミュに買い物に行ったら、立ちくらみがした。
まったく貧血症ではないので、よほど吸われすぎているのだろう。


2006年12月16日(土) 算段崩壊

(18日記す。)

朝からは当然のごとくダンナは起きない。
やっと起きてきたが、
昼の、鶏の照り焼き、アジの開きなど、ちっとも食べず、午後も寝ている。
ぼっちゃんを見てもらう算段はまったく崩れ、なにもできない。
夜は、年に1度の集まりへ。
ナマコや鯖寿司など、大好物が並ぶ。その時だけ、うれしかった。


2006年12月15日(金) 2006年12月15日

(18日記す)

午前、取材。
昼、岩川飯店皿うどん。
午後、料理、用事、など。
夜、実家でカニ。ダンナは忘年会。


2006年12月14日(木) どんどん目鼻

ようやく本の作業が本格化。
一度、前の号を作りこんでいるので、要領を体が覚えているようだ。
もう、どんどん進む。
ざっくりとした目鼻は付いた。
秋号では何日もかけて、体裁など考えたが、それが決まっているので、早い。
あさってあたり、プリントできればいいなぁ。

朝は、ぼっちゃんを送って、ハムサンド。
昼は、昨日の夜の、鶏とナスのトマト煮込みをスパゲティに。
夜は、うどんすき。
生ゴミリサイクルの土で作る「元気野菜」が、
滑石のスーパーに売ってあると新聞で読んだので、さっそく買いに行った。
春菊はぜんぜんえぐくないし、ニンジンもカブも、わ〜い!っておいしさ。
ぼっちゃんも、ニンジンとカブはパクパク食べた。
でも、葉物野菜はあいかわらずお嫌い。


2006年12月13日(水) 過ぎ行く。

日記も書けないまま、日々は過ぎ行く。

◇◆◇

4時まで、〆切を過ぎていた仕事を仕上げる。これで当面は〆切なし。

◇◆◇

朝、ようやく、ようやく、ようやく、保育園へ。
途中の車の中で、何かをわかったかのようにビャーッと泣いたが、
保育園についてからはニコニコで、
私が別れる時にいたっては「まだいたの?」って顔をしていた。
よかったよかった。

さて!本を作ろう!


2006年12月12日(火) やっと…。

(13日記す)

昨日の夜、さぁ寝ようというころ、
ぼっちゃんの熱が、またぐんぐんぐんぐん上がった。
ただ、悪い熱には思えない。
この半月の闘病にピリオドを打つ、仕上げの熱って感じ。
かなりしんどそうだったが、
朝起きて「きょ、今日まで休みます…」と電話してふり返ったら、
まるで、それを待っていたかのように、笑顔。
今日まで休みたかったんだね…。

ハハが休みだというので、飛びつくように実家へ。
新大工で、玉屋の焼き鳥や、「幻のミンチ揚げ」などを買っていく。
幻のミンチは、だいたいいつもあるけど、どのへんが幻なんだろう。

お昼を食べて、仕事仕事。

夜も実家で。赤ムツの煮付け、ヒラメとシマアジのお刺身、鶏汁、などなど。
赤ムツは、いま話題の「のどぐろ」の仲間だけあって、とてもおいしい。
山陰でのどぐろを食べた時は、あまりのおいしさに驚いたが、
すっかり有名&高価になってしまったことだよ。

ぼっちゃん、ほんとうに、本調子に。
な、が、かっ、った〜。


2006年12月11日(月) 聞いてないよ〜。

(13日記す)

さて、いよいよ今日から保育園!
と思ったら、ぼっちゃんのおでこがポカポカしている。
昨日、外に出たのが悪かったのだろうか。
かなり打ちひしがれつつ、休みます、と、電話。

母子ともに倒れ込み、お昼を挟んで4時間眠る。
2時頃、玉子ごはん。

夜はやきそばてんこもり。魚肉ソーセージの焼いたの、など。
このころにはぼっちゃんも元気になり、
焼きそばもぱくぱく食べた…の、だが…。


2006年12月10日(日) かんしゃく化

(13日記す)

朝まで&朝から、ようやくひとつ〆切ものを仕上げる。

昼は、我が家における「かんしゃく」こと諫早のまるよしへ。
夜のみのメニューとして、エビ餃子とシソ餃子が復活していた。
ダンナと二人、キャーキャー指差していたら、
お兄さんがニコニコ(とは見えにくいけど、ニコニコ)してやってきて、
こっそり焼いてくれるというので、ありがたく焼いてもらう。
皮が、昔の皮じゃないので、やっぱりあの餃子じゃないんだけど、
でも、徐々に「かんしゃく化」が進む諫早まるよしによろこぶ。
そして何より、ラーメンの味そのものが、いっそうかんしゃくに戻っていた。
戻っていたというか、もはや、あのかんしゃくの味だった。

多良見ののぞみ公園で、ぼっちゃんとそりに乗る。
ぼっちゃん、大よろこび。

夜はタチの塩焼き、鶏のたたき、つくねバーグの残り、など。


2006年12月09日(土) 桁外れ

1週間ぶりに、座ってごはんを食べた。しかも外食。
シャバの空気はすばらしい。エビワンタン麺最高!

しかし、体の芯から疲れきっているのがわかる。
ぼっちゃんが生まれてからの中でも、ナンバーワンだ。
ちまたにあふれているストレスとか癒しとか、
ほんと、ナンボのもんじゃって感じ。桁外れの疲れ。

夜は、つくねバーグ、太刀魚の塩焼き、ゆで白菜、豆腐のみそ汁、漬け物。

そしてまた、泣き声が…。


「スピリチュアル」な世界では、
たとえば、たまたま耳に入ってきた道行く人の何気ない会話に、
守護霊だのハイヤーセルフだののメッセージが込められているらしいが、
私が昨日耳にしたおばちゃんの会話は、どう解釈すればいいのだろう。

「『酒と泪と男と女』、この曲ばーっかい歌うとさ」




2006年12月08日(金) シャケの気持ち

急ぎの仕事と眠気とぼっちゃんの泣き声と、
さすがに出が悪くなった乳に翻弄されながら夜を明かす。
気づいたら風呂にも入ってなかったので、
朝、ぼっちゃんが眠っている隙に、速攻シャワー。
あがって鏡を見たら、なんとあばら骨が見えていた。
三段腹になりかけたことだってあったというのに。
産卵したシャケが川面に浮かぶ気持ちがよくわかった。

午前五時ごろと九時半ごろに、バナナを食べる。

「ながさきエッセンス・冬号」の製作を、ごっそりあきらめた1週間だった。
来週は作れますように…。


午後は、泣きわめく後追い大魔神のぼっちゃんをダンナ母に託し、取材に出る。

夜はささみとナスの中華炒め。
ダンナには、安いお肉をマリネしておいしくしたステーキ。

ふとふり返ると、今日1日でボーッとしたのは、
取材前の空き時間の15分間だった。
夜も、明朝(?)2時に出勤するダンナは9時前に眠ったので、
いつもは相手をしてもらえるぼっちゃんの相手が、ずしーんとのしかかる。

長過ぎる1日…。



2006年12月07日(木) 代用品

昼前にぼっちゃんが眠ったので、あわてて自分のごはんを作る。
昨日の鍋のスープに、ちゃんぽん麺を入れた。
干し椎茸と、昆布と、大量の削り節と、鶏肉、野菜などのおいしさがザブザブ。
なんかもう、刻みネギすらも入れたくなくて、
ゆずごしょうだけ、ポチリと落とす。

ちゃんぽん麺と言えば、
関東出身の人の本に、
「あなたたちが『焼きそば』と思っているのは『焼きチャンポン』です」
と書かれていたが、ほんと、そう。
私にとって「焼きそば」とは、
あまりにもちゃんぽん麺で作るものだから、
初めて「焼きそば麺」というものを見たとき、
「これはなんだろう?」と、強い違和感を覚えた記憶がある。
「なんだろう?」って、焼きそばの麺に決まっている。
しかも、それを見てもなお、その存在が受け入れられなくて、
「あぁ、焼きそばをこれで作ることもあるのか。ちゃんぽんの代用品なんだな。」
と、誤解の上塗り。
空気のように慣れ親しむというのは、怖いものである。

朝は、クグロフという、ジュカジュカした甘いパン。りんご。コーヒー。豆乳。


◇◆◇


ぼっちゃんの症状および甘え具合が、
なおる前の断末魔なのか、ひどくぶり返したみたいになる。
今日は、起きてる時は、ずーっと抱っこ。久しぶりにスリングが役立った。
でも夜ごはんを食べて、ひと乳飲んだら、突然、いつもの調子になった。
これで下痢が治れば本物なんだろうが。

私もいささか疲れが深い。
保育園にやる前の状態に、病気を乗っけてるわけだからなぁ…。

夜は、せせりの塩焼き、ナスの味噌いため、砂ずりとタマネギ炒め、
椎茸入り玉子焼き、白菜と豆腐のみそ汁、クロの刺身など。
明日の昼の分もおかずを作ったら、すごいことになった。

そういえば、この1週間でごはんを座って食べたのって、法事の時くらいかも。
あとはずっと立ち食いだ。


2006年12月06日(水) シャバの空気

午後、撮影仕事。
いまいち調子が出ず、後追い大魔王と化しているぼっちゃんをダンナ母に託し、
ひどく久しぶりに、シャバの空気を吸った。
足がなえていたのか、単なる疲れか、道を歩く足が地に着かない感じだった。

朝はハム&アボカドをトーストに乗せて。
昼はシャケとしめじのスパゲティ。
夜は鶏団子鍋、キビナの煮付け、ナスの漬け物。ごはん三杯。

ぼっちゃんも鶏団子を3つも食べた。完治も近いか…?




2006年12月05日(火) メリーちゃん…。

今日も一日、家にいた。
「もういいんだ。なおるまでは、なんにもできない」
と腹をくくったら、むしろ楽しくさえあった。
慣れたのかもしれない。

パンやらごはんやら、適宜押し込む。

夕方、ぼっちゃんの食欲もでてきているようだったので、
台所に立ち、野菜スープを仕込む。
この間、たった15分ほど。
煮込みに入って、ふと窓の外を見たら、ものすごい煙が上がっていた。
かなり近くで火事。
おばさんが誰かを呼ぶ声がずっとしていて、
それがあまりにも切実で悲しくて、
よく聞けば、部屋に残してきた猫を呼んでいるらしく、いっそうつらい。
おばさんの部屋は、そのあとものすごい勢いで燃えてしまった。
でも猫ならつながれてないだろうし、
どっかからピューって出たに決まってるさ、と、
今も自分に言い聞かせているのだが、
あれからずーっと、おばさんの声が、頭から離れない。
風の音も、おばさんの声に聞こえる。

メリーちゃん…。


◇◆◇


病気になって、
それまで「ハーイ!」と立派だった返事が出なくなっていたぼっちゃん。
今日の夕方から、復活した。
食べたり飲んだりしたら、すぐ出ていたゲーリーも、夜には止まった。
これで明日、普通の色のウンコが出たら、ひとまず決着なのだが。

夜はシャケの焼いたの、ダンナにはチーズを挟んだ豚肉ソテー、
キャベツとジャガイモのじっくり炒め、野菜スープ。




2006年12月04日(月) ときめきたいの

今日も一日、乳とウンコ。
できた仕事は、小さなイラストの下描きのみ。
乳の吸われ過ぎからか、夜には立ち上がれなくなったので、
這って自分の部屋へ。
嘔吐下痢症って、親にも伝染るらしいけど、
伝染らなくても充分倒れている。

こんなこというと罰当たりかもしれないけど、
乳のための飯粒を食べるのも、正直、飽きた。
この1年で、過去5年分の米を食べたと思う。ひょっとしたら、もっとかも。
だいたい米にはあまり執着してないし、
「白いごはんさえあれば!」という人間ではまったくないし、
よくある「最後に食べたいものは?」というのも、
茂木のエビのゆがいたのだし、
田んぼの風景だって別に懐かしくない。
…と、前にも書いた気がするが、とにかく、
哺乳類が終わったら、ごはんの量は、かなり減るだろう。

朝のパンを食べていたら、ぼっちゃんに中断されて、
昼に、その、残りのカピカピに乾いたパンを食べて、
お昼寝した時に、一切れ残っていたアップルパイを食べて、
夕方には、食べたくなかったけど、食べないと乳が出ないので、
魚肉ソーセージと昆布の佃煮をおかずにごはんを山盛り一杯押し込んで、
夜はシャケの焼いたのや椎茸入り卵焼きなどで、またごはんを押し込んだ。
今日の食生活、ときめきはまったくなし。

あ〜、ときめきたいわ〜。


2006年12月03日(日) 押し込む

ほんとうだったら、ぼっちゃんのおゆうぎ会だった日。
ドリフのカミナリさまみたいな格好をして、
「小鬼のマーチ」とやらを披露してもらい、目頭を熱くするはずだったのだが、
今日もまた、乳とウンコにあけくれた。
さすがに、予定していた仕事ができてないあせりと、
仕事をするためのエネルギーが体内でよどんでしまっていてつらい。
これをぼっちゃんの世話をするためのエネルギーに変換できればいいのだが、
それはできないようだ。

昼は椎茸の和風スパゲティ。
干し椎茸のダシも入れたので、おいしかった。

夜はお好み焼き。
…と、乳のために、ごはんをむりやり押し込む。
お腹ピーピーのぼっちゃんの「乳の比率」が増えてしまい、
完全に吸われ過ぎだ。
特に食べたくもないごはんを押し込みながら、
シンクロの選手が脂肪を増やすために食べ続けるという話を思い出す。


2006年12月02日(土) サルかよ!

(3日記す)

「記す」と書いたはいいものの、よく思い出せない。
とにかくぼっちゃんのウンコの始末をしまくった。

うーん。

あ、そうだ、サルを見た。
新大工に行ったら、そのへんの人がザワザワしていて、
指差す方を見上げたら、大きくて立派なサルがいた。
つい携帯で撮ったのだが、
ダンナが会社に連絡したら夕方のニュースになってしまい、
私の写真が使われて、名前まで出た。
これまで万単位の枚数で写真を撮っているし、
本や印刷物では記名無記名、何度も出ているが、
自分の写真がテレビに映ったのは、たぶん初めて。
それが、携帯で撮ったサルってとこが笑える。
私が撮ったとか撮らないとか、ぜんぜんどうでもいいし。ぷぷっ。

夜は鶏をさっと焼いて、ポン酢とゆずごしょうで。ダンナはそれの牛肉バージョン。

昼も朝も、なにを食べたか、いまだ思い出せず。

(4日記す)
思い出した。
昼は、ダンナ親父の三回忌だったのだ。
ダンナ親父に関しては、…で、…だし、…なので、
お経の間も…と心の中でつぶやいたが、もちろん返事はない。
ほんともう、…で、…だ。人生は修行である。

食事は、伊良林の「無量庵」へ行った。
料理は取り立ててどうこう言うようなものではないが、悪くはなく、
お店の感じや、お店の人の感じとの合わせ技で、また来ようかな、と思った。





2006年12月01日(金) 反比例

1日、オートゲーリーなぼっちゃんと過ごす。
吐き気が収まったようで、それはよかった。
夜は、ゆるゆるのお粥も食べた。
朝より昼、昼より夜、と、じりじり回復。
それに反比例して、朦朧とする自分。

昼も夜も、少しずつ残っていた煮物やごはんなど。
おかげで冷蔵庫が、かなりさっぱりした。

今日するはずだった仕事が手つかず。
こういうことって、これから多々あるんだろうな。
哺乳類をやめても、あんがい太らないかも。太れない、というべきか。

夕方、ダンナをテレビで2度も見た。

夜、「三丁目の夕日」とかいう映画があっていて、
たしかいろんな賞を取ってたなぁと思いつつ、
ちらりと視界の隅で見ていたけど、
えー、あんなのがいいのー?
出てくる人も、いかにもイメージの中の典型的人間像って感じ。
無理して作った昭和レトロの町を歩かされてるみたいな気分になった。
「いいでしょ、この時代。忘れかけていた何かを思い出させてくれるでしょ」
って、押し売りされてるみたい。とりあえずノーサンキュー。

さて、薄情系人間は、とにかく版画でも彫るか。


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