ぴんよろ日記
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2006年04月30日(日) |
これじゃ幸せ家族みたいだ。 |
軽くトーストとスープと目玉焼きを食べ、 またもや帆船を見にいく。 今日は日本丸と海王丸が帆を張るので。 大変な人出だった。 おにぎりと、サザエの壺焼きと、ビール。 サザエはたぶん、今朝もぐって取ってきたであろう、海の味。 帆を張った船を目の前に、 気持ちのいい風が吹いている芝生の上で、サザエとビール。 人生のよろこび以外の何物でもなかった。
明るいうちに家に戻って、ダンナの白髪染めなどする。
夜は、昨日の「貝ごはん」が頭から離れない上に、 なぜか遠くに住む友だち夫婦までもが、昨日、あさりのパエリアだったらしいので、 これはもう、あさりのパエリア。 どっさり作って、わしわし食べた。
港で花火が上がったので、ぼっちゃんを抱えてベランダへ。 わりとじっと見ていた。 時々、楽しそうだった。 でも、食べものを食べさせたときとおなじ反応をしたのは、なぜなんだろう?
古いフィルムの上映会へ。 三菱造船所の工員募集のプロモーションビデオだ。 「産業戦士の一日」といういかめしいタイトルとはうらはらに、 戦前の、かろうじてののんきさが漂う30分だった。
明日退院という、ばあちゃんを見舞う。 フィルムの話を糸口に、昔の話をあれこれ聞く。 ばあちゃんが子どものころ、 中島川の河口あたりには屋形船みたいなのが浮かんでいて、 そこであさりの「貝ごはん」とお吸い物などを食べたりしていたらしい。 あさりが穫れたりしてたんだろうか。
貝ごはん。
いい響きだな…。
貝ごはん…。
◇◆◇
昼はゆで鶏のさっくり焼き。 夕方、発作的に食べたくなり、おやつ程度の量でナポリタンを作る。 発作的に食べたくなって作るもののおいしさって、際だっている。 片づけもさっと終わらせて、風のようにおやつタイムは過ぎた。
◇◆◇
夜はピアノを聴きに。 音楽を聴きながら、頭の中でいろんな考えが暴走しはじめるのが好き。
その後、親戚一家と食事。 ある種の人々が持つ匂いと、その影響などについて話す。
気がつけば、すぐに新聞へとにじり寄るぼっちゃん。 さっきはベロベロと食していた。 私も新聞紙を食べていたらしいので、親子二代の新聞食いだ。 …ひょっとして、紙フェチが遺伝?
昨日の夜の焼き魚の酢魚バージョンを食べて、撮影へ。 ケーキを1ホール分もらってしまったので、 ダンナの職場にプレゼントしにいく。 かわいがられ貯金が増えるぼっちゃんだ。
ダンナの職場は、以前、自分も通ったりしていたところだが、 そのエレベーターの鏡で自分を見ると、 当時に比べ、あまりにゲッソリしていてびっくりした。
いつもだったらさほど迷わずに取るであろう行動パターンを、 なんとなくやめとくか、という気になってやめておいたら、 なるほど、やめておいて良かった、と思うようなことが起きて、 終わりよければすべてよし。
ぼっちゃんと帆船を見にいく。 帆船は、やっぱりきれい。また行こう。 芝生に座ってのんびりした。
美術館で石橋の写真展があっているので、それも見にいく。 イタリアとスペインの橋は「よその国」感にあふれていたが、 ポルトガルの橋は、ぱっと見たときに、 「あれ?ここは日本の橋のコーナーかな?」 と思ってしまうような雰囲気が漂っていて、 実際、長崎の眼鏡橋とポルトガルのとある石橋はそっくりだった。 組み方もおなじらしい。
昼は昨日の夜のお刺身の残りのヅケ。水菜おひたし、玉子入り味噌汁。
夜はこれからひとりで、アジの塩焼き定食。
帆船がライトアップされている。
ぼっちゃんに赤ちゃんせんぺいを少しだけ食べさせたら、 どうやらおいしかったらしく、涙ながらに追加を要求された。 そしてついに少しずつ這い出したぼっちゃん。 今はズリズリッとたどたどしいが、これがすぐに…あぁ…。
昨日はずっと外の空気に当たっていたからか、 ぼっちゃんも私も深く昼寝してしまった。
朝は豆乳。 昼は魚肉ソーセージともやしの焼いたの、ナスの焼きびたし、ハスのきんぴら。
あれっ?という感じで、もう5時。
◇◆◇
興善町のハルピンの建物が工事事務所になっていて、 ヘルメットがおいてあったり、夜の灯りが蛍光灯だったり、 出前が運ばれていったりしているのを見るのがせつない。 あれこそ、文化財だと思うんだけど。
昼は紅灯記でエビワンタンとチャーハンのセット。 午後は取材。 ダンナが休みなので、ぼっちゃんを預ける。 ひとりでスイスイ歩くのが、懐かしいような不思議なような。
夜は野球観戦。 ぼっちゃんのおしめを替えにいったり、乳をやりにいったりして、 試合は5分の1ほどしか見なかったが、楽しかった。 いつもは見知らぬたくさんの人が、楽しくひとつのものを見つめるというのは、 それぞれの人が「今日は野球を見にいった」と思っているよりも、 はるかに大きな楽しさや安心感のようなものを充電できているのではないだろうか。 私らの前には中学生男子(野球部)がどっさり座っていて、 そのバカバカしい会話や行動も堪能する。 ものすごくシェイクした飲み残しのコーラを、友だちに勧めたりとか。
帰りは谷川に行くと決めていたのだが、 なんと、というか、半分案の定、休みだった。 楽天入りが決まった日に谷川で宴会をしていた選手も試合に出ていたしな。
浜口を放浪したあげく、かんしゃくへ。 かんしゃくも行列だったけど、もうヘトヘトだったし、並んだ。 もやしラーメンとおにぎり2個。
昨日のお昼は、サッカーを見にいった。 芝生の上でお弁当を食べながら。 じつに気持ちが良かった。 太陽のもと、風に吹かれながら、ひそかに乳もやったりして。 ぼっちゃんは、Vファーレンのサポーターのお兄ちゃんにかわいがられた。
その後、友人宅に突然押しかけ、飲み会に。 私はあいかわらず飲めないが、朝まで本を読んでいたおかげで、 酔っぱらい並みのバカ頭になっていて、昔のCMソングなどを楽しく歌い、 あげくの果ては2時間くらい眠ってしまった。擬似酔っぱらい。 ぼっちゃんは、友だちのご両親にかわいがられた。
かわいがられ貯金がジャンジャン貯まっていくぼっちゃん。幸せ者だ。
その後、リンガーでちゃんぽんを食べて帰る。 ごきげんに酔っぱらったダンナが、 けっこう大きめの声で「チャンポン・ダ・マンボ」を歌うので、 かなり恥ずかしかった。
◇◆◇
今日はひとつ打ち合わせに行き、そのままドライブ。 なぜか島原半島一周の旅へ。 千々石で六兵衛を食べ、ぐるーっと口之津の方を走り、島原へ。 青い理髪館でコーヒーとシフォンケーキ。 レモンクッキーがおいしかったので、買う。 そのあたりを、ふらりと散歩した。 昔の建物やお店があって、のんびりしているんだけど、 やっぱり城下町だからか、うっすらと堅苦しく、抑えた静けさがある。 長崎のまちなかには存在しない空気だ。
空気は、本当に記憶力がいい。
夜はダンナ母が来て、鶏と豚の鍋。 正視できないほどかわいがられるぼっちゃん…。
さて、急ぎの仕事をしよう。
昨日の夜は実家に行ってごはんを食べ、 帰ってきたらわりとすんなりぼっちゃんが眠ってくれたので、 新しくがんばりたい仕事…というか、仕事にしたい仕事のことを考える。 いくつかアイデアを書きつけたあと、 なんだか興奮して眠れなかったので、読みかけていた本を読み始めたら、 これがまた、 そのがんばりたい仕事をドーンと勇気づけてくれるような文章だったので、 さらに高揚してしまい、布団の中でじたばたしたり、 枕元のノートにごそごそ書きつけたりして朝を迎えた。 お腹を空かしたぼっちゃんが泣いたので、3時間くらい眠って起きたけど、 ぜんぜん眠くないし、よし!と思って、決意表明のつもりで、 その勇気づけてくれた本の著者にお礼のメールを書いてしまった。
朝は…これから、ごはんと漬け物でも食べよう。 漬け物と言ってもただものではなく、 お江戸へ出張したハハが買ってきた「ミルフィーユ」だ。 いろんな野菜と鯛が重なって漬け物になっているというもの。
お江戸へ出張したハハ。 柄本明が出る劇を見にいったら、蛭子さんが出ていて、 終わったあとにちょっとしゃべったりしたらしい。 ほかの劇団の人に「おなじイントネーションでしょう?」って言ったら、 ウケていたとも。 長崎人がいくらがんばって標準語を話しても、それはそのまま蛭子さん…。
育児に関するやりかたは、そりゃもういろいろで、 モノによってはまったく正反対だったりするので、大変だ。 昨日チラリとネットで見てしまったものなんか、 「2歳半まで母乳オンリー」っていうなかなかのツワモノで、 熱く書かれた主義主張を「風が吹けば桶屋が…」的に要約すると、 「母親が冷たい麦茶を飲むと人殺しが育つ」 ということであった。 つまりは「冷えた体から出た乳は良くない」ってことで、 言ってることはある程度共感できるものだったが、 その語り口の目尻がつり上がっているのが怖くて、ポチリとページを閉じた。
まぁ、いろいろ見た中から自分に合うものを取り混ぜて、 いい感じのいい加減さをもってやっていきたい。 正しすぎることは、悪いことよりもつらい場合が多いので。
朝は昨日の大学芋と豆乳。
昼はブリの照り焼き、大根の皮の味噌汁、残りもの各種。
冷蔵庫の中を「必要最低限化」しようと日々努力しているのだが、 その甲斐あって、ちょっとした引っ越し前って感じのスカスカ具合になってきた。 これならば2サイズくらい小さい冷蔵庫でもやっていけそうだ。
晴れ。風は少し弱まってきた。
朝は豆乳。 昼は昨日の残りオンパレードと、玉子入り味噌汁。久々だった。 ほぼ最後まで黄味を崩さず、ごはんを投入して悦楽した。
よく「その土地で食べるとおいしい」とか、 「豆腐とワインには旅をさせるな、ってね」などと言われたりして、 その理由は「やはり生まれた土地の空気が…」だったりするけど、 本当は、見えてはいないけれど数量化できる「カロリー」のようなものがあって、 移動すると、それがどんどん抜けていくのではないだろうか。 つまり、カロリーならぬ「チ(地)ロリー」みたいなの。 だからいくら高速をぶっ飛ばして運んでも、 「チロリー」は時間とは関係ないので、離れた距離のぶんだけ減っているのだ。 そしてこれは、食べものだけじゃなくて、人間にも当てはまる。 (人の肉にもカロリーがあるように…) 生まれた土地や長く暮らしている土地にいるときは、チロリーが満ちているが、 離れると欠乏する。 たくさんのチロリーがないと苦しい人もいれば、 さほどなくても平気な人もいるし、 むしろチロリーを意識的かつ極端に制限して、都会的に暮らす人もいる。 私は高チロリー必要派なので、よほどのことがないと長崎を離れられない。 遠い土地に住むってことは、ベジタリアンになるようなもんだ。
…なんでこんなことを考えてしまったかといえば、乳だ。 いい乳を出すには、原則として土地のものを食べた方がいいらしくて、 たとえば鯖は、乳にとってはちょっと微妙な食べものなんだけど、 おなじ鯖を食べるにも、 長崎の人は大丈夫で、久留米の人はダメだったりするらしいのだ。 (久留米レベルですでに「海のそば」の範疇からは出てしまっているということ) だからこれはもう、気分とか理想とか、ましてやグルメとかそんなんじゃなくて、 今はまだ数値化できないでいる微量の「なにか」が物質の中にはあって、 それがおいしさや乳の質に作用しているのではないかと思ったのだった。
「乳」は「血」から作られ、「血」は「地」が作っている、ということか。
まぁそれにしても、食べられない料理があまりに多くてつまんないってのが、 哺乳類生活の正直な気持ちではある。 いつもは刺身とごはんでいいんだけど、そこは現代人(?)、遠い料理も好きだ。 あー、タイカレー食べたーい。
昨日に引き続き、すごい風。鯉のぼりもひと休み中。 朝はたまごごはん。 昼はイワシのみりん干し、小松菜おひたし、など。
ちょっくら買い物へ。 夢彩都に行ったのだが、ベンチに座って本を読むお兄さんがいて、 その本はなんと、私がいま読みかけている本で、 さらには「あれ?あの人どっかで見たことある」と思ったお姉さんは、 何日か前に電車に乗っていたときに話しかけてきた、隣に座った人だった。 ぜんぜんそんなふうには見えないけど、3人のお子さんがいる人。
夜はこれから、鶏の焼いたのやハスのきんぴらなど。
2006年04月19日(水) |
みんなはみんなみんなの |
なぜか今日は、ゆっくり本を読んでいる。 ぼっちゃんは、窓をあけて外の空気が入っていると機嫌が良い。
ぼっちゃんといると、いろんな人から声をかけられる。 昨日などは電車に乗っていて、両方の人から話しかけられたので、 右に左に忙しく答え、そのうち両方の人同士も話したりしていた。 その内容は、赤ん坊の匂いや頭の形、 眠るときにどうしてベロを上あごに着けているのか(初耳!)などだった。 この前、クルクル寿司屋で隣り合った父親は、 通常ならばまず話すことはなさそうな、少々コワイ感じの人だったが、 「爪って、すぐ伸びますよね〜。あんがい痛いんですよね〜」 なんて、かわいらしいことを話しかけてきた。
子ども…特に赤ん坊って、共通したもの…みんなのものだ。 だからぜんぜん知らない人とでも、自然と話ができる。 でも本当はみんな初めは赤ん坊だったわけだから、 みんなはみんな、みんなのものだとも言えるのだろうが、 中途半端にこんなことを言うと、ラブ&ピースな人になるのでやめておこう。
朝はいちごと豆乳。 昼はイワシのみりん干し、しめじの味噌汁、水菜のおひたし、 イイダコの残り(足のみ)など。頭は昨日たいらげた。
夜は実家に行く予定。 昼、ハハに電話したら、ちょっとためらいがちに、 「いい…けど…、焼き…肉、よ」と言われた。 もうだいぶ慣れました。 乳的にダメな、でも好物を尻目にごはんを食べるのにも。 ということで、鶏肉を焼いて食べるつもり。
鯉のぼりがパタパタしている。 今日は風が強い。 ぼっちゃんの名前が入った武者のぼりもパタパタしている。 鮮やかな色。 非常に不思議な気持ち。 うちは二人姉妹だし、ふだん行き来がある親戚にも男の子はいないので、 鯉のぼりというものが、自分の人生に関係があるものだとは思っていなかった。 どこかよそのうちの、知らない子のために飾られているものだった。 名前入りののぼりなんか、もっと遠い田んぼの中の、 やたらと仏壇が大きいおうちの初孫のためにはためいているのだと思っていた。
そしたらいま、うちのベランダにパタパタしている。
人生とは、まったくわからないものだし、だから楽しいのだと実感する。
◇◆◇
蕎屋でお昼ごはん。 おいしそうなタケノコが出てきたが、乳にはアウトなので泣く泣く残す。 食べている間、お店のお姉さんがぼっちゃんを抱っこしてくれた。 ぼっちゃんニコニコ。 お姉さんが好きというのは、 こないだばあちゃんの病院の看護婦さんへの笑顔で実証済み。
絵本美術館で今日から並んでいる絵を見にいく。 長谷川集平さんによる、長崎の風景。 すんばらしかった。 長崎というドンブリの中の、濃厚な上澄みが、そこにはあった。
築町市場でイイダコなどを買って帰る。 昨日も行った魚屋さん。昨日は鯨と、オオセという魚の胃袋を買った。 昨日も今日も、家に帰ってすぐ、珍味の魅力にあらがえず、 冷蔵庫に入れる前に、台所で立ち食いした。 珍味好き、ああ珍味好き、珍味好き。 イイダコには、みっしりと卵が詰まっていて、イイダコパワー全開だった。
丑三つ時もとうに過ぎ、コツコツとキーボードを叩く。 そんなとき、メール到着のサインがフッと点く。 これがたとえば、遠く離れた人の便りだったりすると、妙に元気づけられるのだが、 こんな時間には、まず誰も起きちゃいない。 だいたいが全文文字化けのエロサイトメールだ。 でもタイトルと差出人だけは、もっともらしい感じで来る。 さっき来たメールのタイトルは、
「どうにかしたいよね」
…まぁね。この肩こりはね。こんな夜更けにわざわざありがとう。
昼過ぎまでぼっちゃんと歯車がかみ合わず、苦戦。 早めの昼ごはんは、 つぼだいみりん干し、水菜のおすまし、小松菜おひたし、玉子焼き。 夜はイサキのオリーブオイル焼き、つけ合わせはゆで新ジャガ。 イサキを焼いたフライパンで、そのまま細めのスパゲティ。 だしがらのしいたけの細切りと刻みパセリをたっぷり。 カツオのマリネ、小松菜ゴマドレッシング。
たぶん、今日がピークだろうと思うが、疲れが深い。 漢方かなんか飲んだ方がいいんだろうか…。
まぁ、この〆切を乗り越えてから様子を見よう。
ついででもなんでもないのに、 やけにむきになって、時々行く直売所へ野菜を買いに行った。 でももう野菜はちっとも並んでなくて、 おいしそうと思った魚の干物は、加工こそ地元だったが、 魚自体は遠い遠い海で獲れたもので、 充実感はあまりなく、むしろすごく遠回りした疲れが押し寄せ、 買い物にこだわりすぎるのはやめようと、そっと心に誓う。
朝はパンとジャム。 昼は親戚宅でオムライス。 人んちのごはんっておいしい。 自分のごはんも好きだけど、お店で食べるのも好きだけど、 人んちのごはんには、人んちのごはんにしかない、格別なおいしさがある。 ホッとする家のごはんなのに、自分が作ってないから意外性があって。
おぉ…だいぶ夜が明けるのが早くなったんだなぁ。 そんなこんなで、徹夜してしまった。 今から寝るつもりだから徹夜とは呼べないだろうが、 どうせすぐぼっちゃんに起こされるだろうから、半徹夜とは呼べるだろう。 半替玉みたい。ハンテツ一丁! あー、ラーメン食べたいな。もちろん禁断のトンコツ!
◇◆◇
朝はパン。 昼は休みのダンナを誘って、どうしても食べたくなった吉宗の茶碗蒸し。 乳マッサージに行き、うなぎもダメだという驚愕の話を聞いて落胆し、 (昨日の夜食べたばっかり。たしかに不調気味で、どうしてかと悩んでいた) 野母崎に海を見にいって、定食屋で甘鯛の煮付けを食べて帰る。
ほかにもやるべきことはあったけれど、 とにかくやらなくては!と思ってしまったので、 ある文章の一群を、じゃんじゃんプリントアウトして束ねて封筒へ入れた。 すぐにどうこうなるわけじゃないかもしれないけれど、 これをもって、小さいが新しい一歩を踏み出したことにしよう。 どうかよい方へ流れていきますように。
4月も、もうなかば。 なかばといえば、反射的に「15日生まれ」のぼっちゃんを思う。 なかばな男。ナカバニアン。6ヶ月。0,5歳。最近よく笑う。
今日と明日でガツンと仕事があるが、締まっていこう。おー!
よし、腹をくくって3時までやるぞ、と思って仕事に取りかかったら、 なぜか2時に終わって、そもそも設定自体に無理があったはずなのに、 なんとなく得した気分でうれしい。 睡眠貯金1000円赤字の予定が、800円で済んだというレベルだが。
◇◆◇
朝はごはんと納豆。昨日の夜の残りのシュウマイ。
昼は…本格的に書き出すとあまりに長くなりそうなのだが、 ひとことで言うと、 「レッドランタンで、怪奇現象かと思うほど待たされた」というところか。 途中までは、一緒に行った人と「おかしいよね」とか「だんだん腹が立ってきた」 などと言っていたけど、それはぜんぜん序の口で、最後には、 「この席って、心霊的に見えていないのでは…」というところまできた。 そして「あと1分来なかったら出よう」と決めたらすぐに私のだけ来て、 (遅いわりにはぬるい粥…) 一緒に行った人のは、それからさらに来なくて、 はるかに後から来た人が頼んだ同じものが、どんどんどんどん運ばれていって、 それはもう、突っ込めなくなるくらい…つまり、 「やっぱりこの席って、見えてないんだよ…」という結論に。 結局、日替わりランチが来るまでに1時間かかったのだが、 その間に、違うお姉さんが入れかわり立ち替わり、 「ご注文はお済みですか」って聞きに来る。 そのうち一度は、なんと「お会計は済まれましたか」って聞かれたんだが、 それに対してはさすがに「なにも食べてないので…」って答えた。 この時も人の良い(?)私たちは、 「ここって前払い制だったっけ?」と考えたりしたのだった。 極めつけは、ようやくようやく一緒に行った人の日替わりランチが来て、 ようやくようやく食べ出したときに、 「ランチもうひとつお待たせしました」って、もうひとつ来たのだ! きゃー!私たちのテーブルにもうひとり誰かいるのー!???
…やっぱり長々と書いてしまった…。あまりに奇怪な体験だったので、つい。 ついついついでにもうひとつ。 サラダを「前菜」って表示するのは、期待しすぎるのでやめてくだされ…。
長い長いランチのあと、もうしばらく美術館のカフェで話す。 今後実現したいことなど。
そしてぼっちゃんを抱えつつ、取材して買い物して帰る。
夜はカツオのたたき、鶏のあっさり鍋。
雨とくもりに閉じこめられたような日々だが、 お昼間には、久しぶりに青空を見た。 窓をあけて空気を入れかえ、ぼっちゃんとベランダに出て、街を眺める。
これまでは、ぼっちゃんの昼寝のスキに仕事をしていたが、 最近は眠りの総量が減ったみたいで、あまり昼寝すると夜寝ない。 ということで昼寝は少々抑え気味にコントロールしているが、 すると仕事がますますできなくなって、どうするんだ〜! でもなんとかする。なんとかしなくてはならないので。
朝はパンとジャムとハム。
昼はごはんと味噌汁と、残りもの最終戦。 夜もそのつもりだが、もう、これを過ぎると、いよいよめぼしい食べ物はない。 冷蔵庫のものを食べきってしまう快感に包まれつつある!
亀のような歩みで、棚や机の整理をしているが、 「本棚一列分ほぼゴミ」な時もある。 その時々には必要だった資料なのだが、時を経ると、ゴミになっている。 ただ、それに埋もれつつも、「おぉ!こんなものが!」という発見もあり、 むなしかったり、うれしかったり。
今日は勢いにまかせて眠りまくった(途中、夢うつつで乳をやりつつ)。 起きたら体がつながっている気がしたので、 ここんとこバラバラだったんだと、あらためて気づく。
昨日はいちごジャムを炊いたが、危うく焦がすとこだった。 すこーし、すこーし、香ばしいジャムに…。でもなんとかセーフ。
朝はパンとジャム。
昼はなぜかクルクル寿司。 初めて行く店に入ったら、以前、別のクルクル寿司にいた人がいてビックリ。 けっこう広い店だったのに、私たちのテーブルのそばにいたのもビックリ。 もしかしたら、ものすごい縁のある人なのか??? 「また来てくださいね」と言われた。 クルクル寿司の職人さんって、 やっぱりクルクル寿司を転々としたりするんだろうか。 流しのクルクル職人…?
ガスコンロを探すも、これと思ったものが在庫切れだったり、 他の店では高かったりして、結局は買わずに帰る。 そして「ちょっと試しに…」と、念入りに掃除したら、思いっきり解決した。 これもまた、すごい縁なのかもしれない。 まだまだ活躍してもらおう。
夜はそんなガスコンロを使いつつ、 昨日の天ぷらを卵でとじたりして、残りものオンパレード。 でもこういうごはんって、とてもおいしい。
そういえば少なくとも10年ぶりくらいにマクドナルドに行った。 オレンジジュースとポテトを食べた。 なんか気楽で、こういう時間だっていいわなぁ、と思いつつ。
なんだか無性に、平井のミックスサンドとコーヒーな気分になり、 ぼっちゃんと二人、でかける。 無性に食べたかっただけあって、おいしい。 ぼっちゃんに、オレンジをしぼっていただく。シブイ顔をしていた。
ハタ揚げを見にいこうと思って、山へ。 駐車場(会場とは離れている。1回500円)係のお兄さんとのやりとり。 「まだハタ揚げは勝負してますか?」 「私では、わかりかねます。ちょっと聞いてきます」 (…10メートルほど離れた受付の人々のところへ走ってくれる…) 「私どもでは、わかりかねますが(妙に堂々と)」 「じゃ、じゃあいいです…」 ぼっちゃんを抱えてひとりで揚げるのもさみしいし、雨も降りそうだったし、 なにより500円払って勝負を見られないんじゃつまんないのでやめた。
そのまま茂木へドライブ。 さるく博のツアーご一行さまが歩いていた。 なにが悪いわけじゃないんだけど、なんか違う気がするのはなぜだろう。 さしあたって、あのオレンジ色のジャンパー!
びわっちファームで米と野菜とイカのゲソを買って帰る。
夜はゲソなどの天ぷら。ほうれん草のゴマあえ、おすまし、ラディッシュサラダ。 天ぷらを天つゆで食べたくて、でも大根がない!と思ったけど、 そういえばラディッシュだって大根じゃん、とすりおろしてみたら、 とてもかわいらしい色の大根おろしになってくれた。
こうして振り返ってみると、わりとローテンションな1日だった。
かなり春霞んだ晴れ。
何日か前に、宮崎アニメのプロデューサーを紹介する番組を見た。 そして、私が宮崎アニメをそれほど好きじゃない理由が、少しわかった。 好きじゃないっていうか、見れば面白いとは思うんだけど、ひっかからない。 見ても、心の中であまり反芻されない。
そのプロデューサーが言ってたことで、まったく共感できなかったのは、 「仕事(映画作り)をすべて「祭り」と考えている。仕事ってつまんないでしょ」 というもの。 私は「遊びを仕事にしてます」とか、 「仕事で遊んでます」というような言いぐさを聞くと、ひとりで恥ずかしくなる。 仕事が仕事で、どうしてダメなんだろう。 なんで仕事を仕事としてやることを、卑下したように言うんだろう。 仕事はつまんなくなんかない。 仕事こそが面白い。 (でもこんなことを言うと、たいていが言葉の意味に関する水掛け論になる)
そして、どんなにあの人がすごいか知らないが、 いまどき語尾上げしゃべりなのが、なんだかなぁ、だった。
良くも悪くも、あの年代の濃いエキス。 宮崎監督と世の中をつなぐ人としては、ベストなんだろうな。
宮崎アニメ…。 何を見ても同じものを見ているような気がするのも、そそられない理由のひとつ。 「大切なものを失った(私たちと共通する)主人公が、大切なものを取り戻す」 というようなもの。 それって、 「お金持ちだけど足が不自由なクララが、自然児ハイジと出会って良くなった」 のバリエーションだ。 ハイジ的存在はいろんなあらわれ方だけど、 クララ的存在の人は、だいたいクララな顔をした人だ。
もちろん同じことを言い続けるすばらしさというのはある。 それは「いうなれば東京的な人(どっちかというとマイナスの意味で)」 に必要なサプリメントだ。 私はぜんぜん東京的なものを持っていないし、憧れもないので、ひっかからない。
◇◆◇
朝は小さなチーズケーキ。 昼はつくねバーグ、冷や奴、小松菜おひたし、ぼっちゃんのポタージュの残り。
ぼっちゃんが昼寝している間に3件もセールス電話があって、拳を握る。 エステ、焼酎&水、下着。 焼酎の人には「うち、お酒飲まないんです」という、 閻魔さまもビックリな嘘をついてしまった。
ぼちぼち、ぼっちゃんにスープなどを食べさせている。 今朝の「ささみ&玉ねぎスープ」はよく飲んだ。よしよし。
私の朝は、たまごごはん、おひたしの残り、島らっきょ。
よく晴れているが、かすんでいる。
昨日ふと目にしたニュースで、 「持参したバナナを食べながらエロ本を長時間すわり読みしていたジイサンが、 店員に注意されて逆ギレしてチェンソーを振り回す」 というものがあったが、近所のオバサンが、 「あの人は芽吹き時になると、ちょっと…」 とコメントしていた。いろんな意味でギリギリな感じだった。
◇◆◇
昼はごはんとしめじの味噌汁と魚肉ソーセージの焼いたの、おひたしの残りラスト。
ばあちゃんの顔を見にいくが、深く眠っていたのでそのまま帰る。
新大工で買い物。 ぼっちゃんの絵本一冊と、見たら買わずにはおれないザッコエビ、 鶏肉、一夜干し、アップルパイ、トマト、など。
夜はザッコエビをゆがいたの、つくねバーグ(トマトソース)、ポタージュ、 レバーの甘辛煮、鶏そぼろ、小松菜おひたし、など。 レバーやそぼろは、何日かかけて、地味に食べつないでいく。
妹のお下がりだったガスコンロが、いよいよダウン気味。 ひとつしか火が使えない今日このごろ、買い換えを激しく検討中。
2006年04月06日(木) |
ひょっとしたら率100% |
朝はメイプルシロップとパン。
ばあちゃんがひざの手術をするので、お見舞いに。 ハハも来ていたので、 ばあちゃん、ハハ、私、ぼっちゃんと、4代が揃う。 私の代には男がいないので(いとこも女の子)、ぼっちゃんは久々の男子だ。
病気の治療ではなく、ましてや生き死にに関わるものでもなく、 より元気に動くための手術だからか、 手術室に連れて行く看護婦さんも、明るく寝台を押してゆく。 でもやっぱり「手術」というものへの恐怖はぬぐいがたいようで、 普段はわりとドライなばあちゃんが、ありありと不安に包まれていた。
昼はハハとおばちゃんと、病院の近くのレストランで、鶏のソテー。 注文するときに「ライスは大盛りで!」と言ったのだが、 どうやら冗談だと思われていたらしく、普通盛りだった。 3人でいろいろ話す。 「遠い親戚が亡くなって焼かれている途中で停電になり、 おじさんが裏側から覗いてみると…(以下略)」とか、 「ハハもおばちゃんも私も、そしてじいちゃんやおじちゃんも、 南方系中国人などに間違われたことがある」などの話で盛り上がる。 「外国で現地の人に道を聞かれる」 「外国で日本人に英語で話しかけられる」 「日本で中学生に囲まれて片言の英語で話しかけられる」 「寿司屋で寿司を食べていたら、店の奥からご隠居さんが顔を見に出てくる」 などの体験が続々登場。 そういえばぼっちゃんも、生まれた病院の助産師さんに「外人の赤ちゃんみたい」 と言われた。「ひょっとしたら非日本人?率100%」のテーブルだ。
手術は無事終了。よかったよかった。
夜はショウガ焼き、ゆでササミをゴマだれで、レタスとクレソンのおひたし、など。
昨日の日記を昨日の気持ちで書いてみたが、かなり参っていたようだ。 今は、昨日よりは、まし。乳首にもシール貼ってるし。 まさか人生の中で乳首にシールを貼る日が来るとは思わなんだ。 シールといっても、薄いセロテープみたいなのを傷に貼っているのであって、 ニップレス、だったっけ?ノーブラ用の乳首隠しみたいなのではない。 ぼっちゃんが乳を飲んだはずみで飲み込んでも大丈夫な物質らしい。
しかしまぁ、乳首の傷くらいでとんでもなくブルーになって、 日記さえも書けなくなるわけだから、 世の中で「我ながら難しい精神状態」に悩まされている人のいくらかは、 体操したり、かみ合わせを治したり、首をゴリッと動かしたりしたら治ると思う。 頭にしても体にしても、要はエネルギーの方向性と使い方だ。 それって、わりと間違われているような気がする。 もっと単純なことのはずなのに、複雑なことにされがち。 体の問題なのに、心の問題に置き換えすぎられがち。
昼は「竹の屋」でブリ大根定食を食べ、ぼっちゃんのワクチン接種に行く。 買い物などしていたら、またもやヘトヘトになったので、 夜は「谷川」で刺身や定食やおにぎり。 この一週間で、谷川のおにぎりを何個食べただろう??? 今日もあいかわらず野球関係者がいた。
(最後の砦の日記すら書けなくなるほどのヘトヘトはしかし、 日々成長のぼっちゃんに歯が生えて、おまけに乳がまずかったらしく、 怒って噛まれた乳首が切れてしまい、たったそれだけのことなのに、 精神的にも本当にグッタリしてしまったのであった。 そしてただ単に痛くて、心も沈む。 そんな中、夕食は実家で作ったのだが、どうしても食べたくて、鯛飯を炊いた。 御飯の鯛飯をイメージして、一度鯛を焼いてから炊き込む。美味であった。 あさりのおすましや、鶏の照り焼き、小松菜のおひたしなども作った。 それにしても、夕方、おっぱいマッサージに行ったのだが、 まずい乳は、飲む前すでに、顔を近づけた時点でわかっているらしい。匂いで。 ということで、これからはますます食生活が厳しくなる。 これまでは少々引っ張られても「すんませーん」と笑ってすまされたが、 歯のある人に乳首を噛まれるというのは、精神に異常をきたしそうに痛いのだ。)
…うぅ、まともな文章が書けない。 …産後、ということは生まれてこのかたの中で、いちばん疲れているかもしれん。 …左右足してもたった1センチほどの乳首の傷が、これほどダメージを与えるとは。
世の中ではいろいろ新しいことが始まる今日、ひどい寝ちがえをして起きる。 しかし寝ちがえだのなんだの言っていられない感じでバタバタと過ごしていたら、 ほとんど気にならないところまで治ってしまった。 トラブルは、無視する、なにもしないでおくというのもひとつの手ではある。
朝はいちごと豆乳。 昼はごはんとしいたけの味噌汁と納豆、細木、鶏とじゃがいもとクレソンのサラダ、 キュウリの醤油がけ、など。かなり地味。 昨日のトンカツが乳に来てるようなので、あえてローカロリーだ。
もう何年も桜の時に写真を撮りに行こうと思っている、 ちょっと遠いところの小さな公園があるのだが、 たぶん今日がベストだろうと思い、行く準備をする。 しかし出かける直前…つまり今、なぜかぼっちゃんが眠ってしまい、 しばしぼんやりしているところだ。
昨日から今日にかけて、友だち一家が来崎。 ハタ揚げを見に来てもらったのに、天気が悪くてダメだった…。 まぁお互いのぼっちゃん(半月違い)が走り回って、 ハタを揚げられるようになったころにおいでってことだろう。
ぼっちゃんたちの交信は、また高度になっていた。
自動的に食べ歩きツアーになる。 昨日の昼は月見茶屋でうどんと各種ごはんもの、ぼたもちをみんなで。 夜はまず石橋屋に行き、タコ刺し、おでん、カワハギロールなどをつまみ、 浜口に移動して五島本陣でひととおり食べたあと、かんしゃく。 そして驚くべきことに、谷川でおにぎりをテイクアウトして帰宅した。
いくら哺乳類とはいえ、食べすぎでは…?
そして今朝はうちでパン各種。 昼はかつ吉でトンカツやエビフライと、大量のごはん。
とにかくごはんごはんごはん、だ。
夜は刺身などで軽くごはん…。 たぶんこの数ヶ月で、いつもの1年分の米を食べていると思う。
友だち一家(from小国)がおみやげにくれた分厚い原木シイタケを、網で焼く。 もはやへなちょこな鶏肉を軽く超えてるレベルの肉感的な旨みだった。 クレソンもバシバシにおいしい。明日はポタージュにしてみよう。 たらの芽はやっぱり天ぷらだろうか。
長崎で普通に手に入る刺身のおいしさもすばらしいが、 この山の幸の濃さも、いやはやどうして。
どんなに 「私のまわりには困った人ばかり。そんな中で私はステキにがんばってます」 と言ったところで、 その人たちを呼び寄せ、あるいは縁を切れないでいるのは自分だし、 その人たちの「困った」の面を引き出しているのも自分だろう。 「がんばっています」とステキがるのはいいけれど、 根本的な部分を見直す必要がある。グッドラック。
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