ぴんよろ日記
DiaryINDEXpastwill


2004年05月28日(金) ムシロタイム

昨日、なんだかよくわからないが、
「おいしいものをいただきながら、長崎の魅力について語り、
 発信するヒントを見つけましょう」的な集まりに誘われたので、
半分怖いもの見たさで参加してしまった。
総勢10人ぐらいで、知らない人ばかりじゃなかったけど、
私は、自分でも面白いくらいまったくしゃべることができず、
ひたすら食べて、うつむいていた。
(何度も言うようですが、とにかく人前で話すのが苦手。4人くらいが限界)
メンバーの中に、ちょっと知っていて苦手な人や、
ましてや初対面だけど苦手な人がいて、しかもそんな会だから、
そういう人の話を延々と聞かなくてはいけない。
したり顔なんかも見なくてはいけない。
精神的には、針のムシロ…というより、普通のムシロだけど、
それでもう、スペシャルにぐるぐる巻きにされて窒息寸前という感じだった。
不幸中の幸いで、料理がとてもすばらしかったので、とにかくそれに集中した。

長崎の魅力を発信…なんて、無邪気に言うけど、
ロケ地ひとつをとっても、絵になりそうな「何気なく雰囲気のいい場所」は、
どんどん壊されている。それも「観光によかれ」と思われつつ。
そういう、根本的なことを考えなければ、永遠の空回りだ。

そんなことを、言ってもよかったけど、もうその気力は残っていなかった。
とにかく、私は一人でやっていこうと思った。
みんなでワイワイ飲みながら、明るく楽しく…悪いけど、そんな所からは、
まともなものは生まれないと思う。

苦手な人は多いけど、この集まりが、
たとえば昼間きちんと意見を交換し合うものであれば、
私は、なんとか、修行のつもりで行くことができるかもしれない。
だけど、おいしい料理を食べながら、
時に皆さんの前で意見するなんて器用なことは
(しかも辛口だから場が引くのは必至)、
私にはできない。料理にも、お酒にも申し訳ない。

今朝は延々と、その集まりの夢にうなされ、ひどい胃とお腹の痛みで起きた。
もう行かない、と決めると治まった。だからもう行かない。
今日は誘ってくれた人にことわりの手紙を書こう。
やっぱり私は一人でやっていこう。



2004年05月23日(日) 外食不信事情

料理を作るのが好きで、
業務用食材屋さんによく行く。
スパイスや調味料、ライスペーパー、
石けん作り用のでっかいオリーブオイルなど、いろいろ重宝している。
しかしそこは、業務用食材屋さんなので、
当たり前のことだが、業務用の食材がたくさんある。
家事としての料理ではなく、それによってお金を稼ぐための料理に使うものだ。
だから、ものによっては、見なければよかった…というようなものもある。
キロ単位にパッキングされた食材は、その大きさに驚いていればいいが、
解凍するだけ、切るだけ、焼くだけ、チンするだけの「料理」の数々ときたら…。
心ない居酒屋のメニューは、だいたいある。
「料理長の気まぐれメニュー」などと銘打って、
さもお店のオリジナルで出てくるようなものも、よく見かける。
そしてそれを大量にかごに入れている、料理人らしき人々…。

こうやってどんどん外で食べたくなくなるのだった。


2004年05月22日(土) 坂をのぼれば

昨日の夜、浜の町から桜町の方まで、ひとりで歩いた。
その途中には、もうすでに、すっからかんに壊れた母校があるのだが、
夜、しかもひとりで目の前を通るのはイヤだな、と思い、
1本入った道を通ったのだが、
結局は小学校の前に出なければ、目的地に着くことはできないので、
いつも通っていた坂をのぼった。
坂を上ると、白い壁がどんどん大きく見えてくる…はずなのに、
なーんにもなかった。

それは当然で、頭ではわかっていて、だからこそ回り道をしていたのに、
坂をのぼっていく体の脳みそは、その坂をのぼることで、
私に白い壁を見せようとした。
でも、なかった。

手や足を、事故などで失ってしまっても、
しばらくは、その存在の感覚が、ありつづけるのだという。

体にしみついた感覚や条件反射は、簡単には割り切れない。
夜の坂をのぼることで見つけた「小学校の喪失」には、
あらためてびっくりさせられて、ここ半年ほど続いているこのことで、
初めて、少しだけ涙が出た。

「いつか読書する日」という映画を長崎で撮った監督が言ってた。
坂をのぼることを通じて、人間の肉体が感じられ、伝わるというようなことを。
それは、このような、体にしみついた感情までもが、
吹き出してくることをも含めたものなのだろう。



2004年05月21日(金) え、えろー。

テレビでは、よく若いおねーさんが食べもののレポートをする。
しかしあれを「エロくなく」できる人は、ほとんどいない。

うっとりと目を閉じて、口に含んだ瞬間、おいし〜い…。

というのがおきまりのパターンだが、
だいたい、見ていていたたまれなくなる。
顔だけ比べたら、エロビーと大差ない。
「演技の快感」という点では同じだから。

まず、大多数の食べものが、
そんな顔をするほどのおいしいものではないので、
義務感にかられたリアクションにしか見えない。
テレビや雑誌に出ている店が、けなされてることはまずないけれど、
実際はそうじゃないことを考えればすぐ分かる。
何を食べても「絶品究極こだわりの味」。

いまはどうか知らないが、福岡の村仲ともみさんは、
エロくなく食べることができる、希有なレポーターだったと思う。
本当に食べるのが好きそうで、
レポートよりも、まず目の前の食べものに集中していた。
それはできそうでなかなかできることではない。
だいたいの人は、食べものよりも、それを食べる自分に集中しているから。
そういえば、村仲さんは、食べるときにほとんど目を閉じない。
それもエロ回避に一役買っていたと思う。

目を閉じてうっとり食べていいのは、
いまのところ「でぶや」だけということにしておきたい。


2004年05月19日(水) 見かける、見かけられる。

バスの中から、知っている人をみかけた。
車から降りて、どこかへ行きかけて、立ち止まって、何か忘れ物をしたか?
という感じでしばらく首をかしげて、そのまままた、歩き出した。
…という自分の動作を見かけられた、ということは、
たぶん、私が言わないなら、その人は一生知らないままだ。
そして、その人にとっては、その時間は暮らしの中でも何気ない時間だから、
一週間も経てば「そんなとこでそんなことしてたっけ?」と忘れるかもしれない。
でも、私にとっては、何気なく乗ったバスが信号待ちで止まったときに、
まさにそこにその人がいて、1分でも違えば見かけなかったのに、
見かけてしまったという不思議があるので、
たぶんしばらくは忘れないだろうと思う。
その人とは、個人的な、というか、私生活的な付き合いがまったくないし、
仕事の上で、時々しゃべるだけなので、その偶然な感じがなおのこと強い。

こんな時のこの時間は、いったい誰のものなんだろう。

そういえばこの前、これと全く逆のパターンがあった。
これまた仕事でお付き合いのある人から、私を見かけたと言われた。
そして「これじゃ横着な人だと言われても不思議じゃない感じだった」とも。
なるほど…。横着か。チンピラ(byダンナ)だからなぁ。しょうがないか。

自分でも、一人で歩いているときは、
世の中や目の前のものに対してジーッと疑ったり、考えたり、
とにかくギロギロ見渡したり見つめたりしているのを自覚しているので、
それを外から見たら、そんなふうに見えるんだろうな、と思った。
だからといって、それをせずに、どう歩いていいのか分からない。

あまり人から見かけられませんようにと願うばかりだ。




2004年05月16日(日) ついに…。

さっき、ついにデジカメが壊れた。
町角で写真を撮っていたら、レンズがボローンと転げて落ちた。
こないだ落としたのが、かなり響いていたのだろう。
ここ2日の間に、いろいろ必要だったのだが、壊れてしまわれた。
実家のデジカメを借りることで、なんとかしのげそうだが、
ショックはなかなか大きく、ボーっとしている。
この5年で1万枚以上の写真を撮った。
デジカメならではの枚数ではあるが、本当によく働いてくれた。
感謝感謝だ。


2004年05月15日(土) 大林源三。

かれこれ、もう8年ほど「ながさきプレス」の仕事をしている。
大学を出て、プールの監視員や路上百円ショップの店長もどきや、
テレビカメラの三脚かつぎなどのバイトをしつつ、
とにかくなにか「書ける」仕事をしたいなぁと思っていたら、
たまたま見た「プレス」に、ライター募集の記事があった。
「ザ・なが」は、そのずいぶん前に受けたんだけど、落ちた。
いま思えば、あそこのカラーに合うわけはないから、当然のような気もする。
そんなこんなで、プレスのライターとして、いろんな取材や撮影をした。
今は、原稿も版下も、ぜーんぶデジタルなデータになったけど、
そのころはまだ、いろんなものを切り貼りしてた。
原稿もいろいろ書いた。名前が出るもの、出ないもの、
食べ物屋さん、温泉、ドライブ、エッセイ、などなど。
その時々でがつがつと書いてきたけど、またまた今思えば、叩き上げな感じだ。

中でも一時期、ジイさんキャラで書いていて、それが大林源三という人だった。
大林源三は、プー太郎時代にお中元やお歳暮のバイトをしていて、
その時仲良くなった人が付けてくれた名前だ。
私が「私は生まれつきジイさんな部分がある」という話をしていたら、
そのジイさんに名前を付けようということになって「大林源三」が生まれた。
でも、その後プレスで「源三」って書いてたら、その人から、
「私、最初は『源造』って言ったた〜い!」と指摘された。ごめん。

今でも私は、パソコンの中で、プレスの原稿のファイルには「源三」と書く。
2004年の7月号だったら「0407源三」というふうに。
過去の原稿を入れるファイルは「press」だけど、それを開けると、
ずらりと「源三」が並んでいる。わりと壮観だ。
もうプレスに登場することはほとんど無いけれど、
やっぱり私の中にはジイサンみたいな人が住んでいて、時々口を出してくる。
世の中には時々、似たようなジジイキャラが出てくるのだけど、
私から見ると、言葉遣いが心底ジジイじゃない時があるので、
こっそり突っ込んだりしている。



2004年05月14日(金) 被害者か、出資者か。

(「本田宗一郎と井深大展」を見たあとならではの一文ではありますが)

たしかにそうかもしれないが、
でもいままで違和感を感じてきた言い分があった。
それは、
「オーディオやビデオなどの規格がメーカーの都合で変わり、
 いつも消費者は不利益を受けている」
というもの。
よく言われるのがベータとか、レーザーディスクとか。
「あんなに高いお金を出して買ったのに!」
パソコン関係の進歩と、それに反比例するかのような低価格化について。
「あんなに高いお金を出して買ったのに!」
あ、またおんなじか。

「完全で永遠だと思ったからこそ、あんなに高いお金を出して買ったのに!」
ということなのだろうか。
いくら企業とはいえ、同じ人間が作ってるものだから、そんなわけはない。
もちろん「完全で永遠で夢も叶いまっせ!」と宣伝する側も悪いけれど、
すべてのものは、少しずつ改良を重ねたり、試してみたり、
できたところまでで売ってみたりして、進んでいくものだ。
人の仕事を考えてみれば、ちょっと分かる。
完璧じゃないから給料はやれん!と言われたら、誰も生きていけなくなる。
会社に入りたてで仕事ができなかったころの給料を返せ!なんて言われたら?
それとこれとは、同じにできないかもしれないけれど、
機械も、初めのアイデアがあって、いくつもの試作品があって、
何よりも作る人がいて、できるだけのことをして、売ってみる。
売れたら、またそれを元手に、次のチャレンジをしてみる。
ものを買うってことは、そういうことに出資するという意味合いもあると思う。
これだけいろんなことが便利になって、
便利になりすぎたと思われることもあって、
だけどその取捨選択も比較的自由なはずの世の中で、
つまり、買わない、という選択肢もあったのに、飛びついて買った。
しばらくはウキウキしただろうし、人にも見せびらかしただろうし、
使ったり、眺めたりして楽しむ時間もあった。
そんな時間や気持ちの「お代」も、
「あんなに高いお金」の中には入っていたはずだ。
なのに、次に新しいものが出て言われるのは、
決まって「我々庶民はだまされた」的なこと。
善良なる消費者と、金儲けをたくらむ悪い企業という構図。
お金を出す方は、いつも被害者。そして分かりやすいところから攻めていく。
本当はもっと、大きなところ、
あるいは無意識・無関心に閉じこめているところにあるものが原因で、
お宅のレーザーディスクやベータのビデオは使えなくなったのかもしれない。

人が関係していることで、完璧なものなんて、何ひとつない。
でも、完璧なものなんて、ちっとも面白くない。
完璧で善良な人々が住む世界が天国というのなら、
私は天国になんて住みたくない。




2004年05月13日(木) 見せ物小屋の夜。

どうも最近体がゆがんでいるような気がして、
なんとかしなくちゃなぁ、と思っていたら、
本屋でDVD付きの簡単そうなヨガの本を見つけた。
本の中のストレッチをしただけでも、肩こりがすっきりした。
くねくねヨガの方は、人に見られるのは恥ずかしいと思ってやらないでいたら、
酔っぱらったダンナがDVDをつけ、挑戦しようとしている。
そんならいいか、と思って一緒にやってみたら、
これがもう、見せ物小屋。
もともと体がとても固い私ら。
どこが足だか、どっちが手だか。
こんなたとえはどうかと思うが、ポンペイの火山の人々を彷彿とさせた。
お互いの、そして自分自身の格好のあまりのおかしさに笑いが止まらないので、
呼吸の指示にも従えない。
でも、終わったあとは、とってもスッキリ。
続けてみようかと思っているが、お手本のようなスッと伸びた足への道のりは、
本当に、はるか彼方だ。
(大げさでなく、お手本ではまっすぐ伸びている足が、直角に曲がっている状態)
それまでは見せ物小屋の日々。見物客は、猫さんが一人。


2004年05月12日(水) 毛糸の山、あるいは鳥の巣。

いま、私が通った小学校が解体中だ。
見たくないのに、しょっちゅう通る。
今日なんか、バイク、バイク、歩き、バイクと、4回も通った。
何十年も建ち続けていて、そのうちの6年間は私も過ごしていた物体が、
たった何十日かで、壊れていく。

壊れていく様子は、
ブロック崩しみたいに、もっと固い印象のものかと思っていたら、
あらゆる所に張り巡らされていた鉄骨がビロビロ出てきて、
それがぐじゃぐじゃに丸まっているので、
なんだか、毛糸の山とか、鳥の巣とか、そんな感じだ。

被爆遺構だから一部でも残して、という話もあったが、
「地元の意向」とやらで、きれいさっぱり壊してしまえということになった。
そのへんの話についても、思うところはあるけれど、
いまの私にとっては、私の6年間が染みこんだ建物が、
ぐじゃぐじゃのぐるぐるになっているのが、とにかく心を絞る。

長崎市の中心部の3つの小学校は、これでみんな壊れた。
いつもは感じなくても、なにかをふと思うときにたたずむ場所のひとつが、
たくさんの人の中から失われた。

去年の末の、最後の終業式の日に、行っておいてよかった。
覚悟をして、ちゃんと会っておいてよかった。
そういう意味で、後悔はないけれど、寂しさに違いはない。


2004年05月11日(火) からくち。

こんど出す本の、詰めの作業をしているところだが、
これにたずさわる、複数の人から、
「辛口だ〜」という言葉が出ている。
印刷会社の人に至っては「大丈夫なんですか…」と心配まで。
連載中もそれはあちこちから聞こえてきたんだが、
書いてる本人は「そうかなぁ?」と思っている。
たしかに「大浦天主堂のスピーカーを撃ち落としたい」とか、
「丸山の『ぶらぶら節』の碑はいらない」とか、
書いちゃいるけど、それが取り立てて辛口だとは思わない。
だってスピーカーはうるさいし、
碑は周囲との調和も取れてなくて、興ざめなんだもん。

それを口に出すことが辛口なら、
辛口の称号を甘んじて受けるけれども、
その程度のことが辛く感じられるのって、
ちょっと甘過ぎやしませんか。


2004年05月10日(月) 五月のストーブ

窓を少しだけ開けて、朝ごはんを食べていた。
ミキサーで作ったトマトジュース、
ベーコンと卵を焼いたのをパンに乗せたの、
なぜかみそ汁。
なんでみそ汁かというと、
昨日の夜遅く、ダンナが突然「みそ汁食べたい」と言うので作ったのだ。
いつもなら「だからデブになるんだ」と言って断るのだが、昨日は
「食べたいと言ったら魔法のように出てきた」
というのは楽しいだろうと思って、
パッと作ってパッと出した。驚いていた。
その残りだ。

なにもパンの朝ごはんに食べなくても、と思われるだろうが、
昼は外で食べる予定だし、
夜に一人分あまったみそ汁というのは、とてももてあます。
夕食の時は、どうせならフレッシュなみそ汁を食べたい。
みそ汁自身のことを考えても、
あまり愛されずに食べられなくてはいけないから、気の毒だ。
そこで朝ごはんの時に食べることが急浮上してきたというわけ。
一緒に食べるのがパンとは言っても、
パンとごはんを似たようなものだと考えれば、
ベーコンオムレツをおかずに、ごはんとみそ汁を食べていると言え、
それはたいした違和感などない。
ちょっと強引。

そんなわけで、トマトジュースと、洋風のパンと、みそ汁を食べていた。
外は霧のような、もやのような、細かい湿気が広がっている。
寒いわけではないのだけれど、湿気が、寒さというより冷たさを存在させている。
半袖でも平気なんだけど、長袖を着ても快適。

ボーッと食べていると、ストーブの匂いがした。
いつかいでも懐かしい気持ちになる、ストーブの匂い。
うちでつけてたかな?と思ってストーブを見たけど、ついていない。
どこか近くの家の匂いが、小さく開けた窓から入ってきたらしい。

五月もなかば。だけどストーブ。
妙に切ない気持ちになるのを、なぜかクッとこらえて、匂いを楽しんだ。





2004年05月07日(金) 悲しき楽しき時。

長野でデジカメを派手に落とした。
「あと何枚」などのデータが出る液晶部分が、半分しか表示されなくなった。
しかし、最近起こっていた不具合は、落下のショックで治っている。
データも壊れてない。
使えないことは、ない。表示以外は、むしろ快調なくらいだ。

でも、日頃のスナップのほかに、取材で
ちょっとした写真を撮ることでお金をもらうこともあるので、
そのとき不具合が出るのは許されない。

というわけで、新しいデジカメを買おうと思って、
いろいろ悩んでいるところ。
今のデジカメは、もう5年近く前に買ったので、
少々安い機種でも、これよりは上等だろう。
ただ、その前は一眼レフで撮っていたので、
こんどはもっとちゃんと写真が撮れるのがいいなぁ、という希望も大。
かといって、大きく重たいと、カメラ自体を持つのがおっくうになりそうだし…。

なんて、グルグルと悩んでいる、ここ2〜3日。
5月下旬に新発売になる機種がちょっと気になっているので、
その実物を見てから決めようと思っている。
(写真では好きだけど、やはり実物を見ないと信用できない)

また出費がかさむし、前のデジカメのことを考えると悲しいのだが、
この、必要に駆られたもの選びの時間は、やっぱり楽しい…。

新しいカメラを買ったら、またたくさん写真を撮ろう。


2004年05月06日(木) 正直もの。

旅から帰ってきて、疲れを追い出すかのようにちょっと風邪ひいて、
汗かきながら寝て、さっき起きたところ。
体は調子いいが、のどがやられた。まぁ、それもじきに治るだろう。

体は正直だ。
「疲れてるよ」「今日は飲み過ぎない方がいい」などと訴えてくる。
言うとおりにしておけばだいたい間違いないが、
いろいろな都合や事情でその声を無視してしまうと、
必ず大小の調子の悪さや病気が現れる。
原因は、あるのだ。
気持ちの部分が大きいのも体の不思議のひとつだが、
やっぱり物質なので、悪いものが増えれば、悪い化学変化を起こす。
そしてもうひとつ、最近とても見直しているのが、眠りの力だ。
眠ることによる、心身の回復のすばらしさは、薬なんか及びもつかない。

だから、疲れたら寝た方がいいのであった。


2004年05月05日(水) がんばればいいのか。

がんばる、イコール、いいこと、という公式は、好きじゃない。
がんばることは、がんばることでしかない。
がんばった結果が、いいかどうかは分からない。
自分たちががんばったから、それは認められるべきで、
それを悪く言う人がいたら、その人が悪いというのは、違う。
がんばったことでできたものを悪くいわれたからといって、
傷ついたというのも、お門違いだ。
「せっかくがんばったのに、それが分からないなんて」
そんなことを言われても分からない。
よかれと思ってしたことが、
その人たちの想像の範疇を超えた大切なものを傷つけることだってある。
だから「がんばったから」という理由で、何かの価値を決めるのは危ない。
自分ががんばったと思えるなら思えるほど、
その結果、生み出した、あるいは、生み出そうとしている、そのもののことを、
純粋に、深く思わなくては、アンバランスだ。


トンビ |MAILHomePage