長い長い螺旋階段を何時までも何処までも上り続ける
一瞬の眩暈が光を拡散させて、現実を拡散させて、其れから?

私は、ただ綴るだけ。
音符の無い五線譜は、之から奏でられるかも知れない旋律か、薄れた記憶の律動か。








2005年12月23日(金)

 世間では寒波の御蔭で例年稀に見る厳冬がニュースのトップを飾っているようですが(北国出身で今猶北国に住む私としては常に冬将軍が暴れまくる銀世界で過ごしているので実感湧きませんが)、こういうときはどのような言葉をかけるべきなのだろう。「気をつけて」?「御苦労様」?「御愁傷様」?(否、最後のは失礼極まりないけれど)私は畢竟良い言葉を見つけることが出来なくて、当然かける言葉も見つからなくて、南方の知人を思いつつも無言で佇むことしか知らない。

 兄帰宅から二週間。療養とは名ばかりの、相変わらず遊び暮らしている肉親に苛立ちながら、私は私で遣らなければならない年末の忙しさに追われている。自分自身の特質とも言うべき性質に気付いてしまってからは――嗚呼、そう、如何しようもなくなりつつある。其れは言葉を借りるのならば、『空の境界』で言うところの「起源」に近い気がする。或いは二元論的には「精神の根源」とか、ファンタジー的には「マナの集合体の核」とか、そんな感じ。何が良くて何が悪いのかということは所詮客観的な問題でしかないし、世界が変われば良悪も変わるものだし、また世間が変われば良悪も変わる。世界とか世間というのは時代でもあるし、また生活空間でもあるし。だから物事の善悪は容易に判じないことにしている――縦しんば私自身が被害者と呼ばれる立場であっても。況して私はメディアというものを信じない性質なので、情報は常に自分で判じるよう心掛けている。
 他者を信用できないというのは――多分、否、必ず、過去の対人関係に何らかの原因があるのだろう。だから私のそういう性質も、何処かに原因が潜んでいる、筈だ。其れがもし私の 特質 と無関係でないというのなら、私は大いに思い当たる 原因 がある。一つではなくて、其れは多数で、過去だけではなくて、現在進行形のものだ。
 知らなくていいこと、気付かなくていいこと――というのは、思った以上に多いらしい。



2005年12月19日(月)

 嗚呼、何て言うか、つまりね、お兄ちゃんが仕事辞めて帰って来てるわけ。其れ自体は――辞職という点は納得出来ないけれど(私としては其のことを認めた両親が信じられないのだけれど)、別に如何ということは無い。否、世間体は途轍もなく悪い(と私は考える)けれど、其れは其れで。一番納得いかないのはね、療養である筈の兄が、昼に起床してネットワークゲームし始めて夜中まで起きてパソコンに向かって、で、朝は当然起きて来られないから矢張り昼に起床して――家の手伝い一つしないで、外にも出ないで部屋の中で燻って、病院には厭々行っても薬はまともに呑まないわで。何だよ、誰が納得するってのよ、四半世紀(四半世紀って言葉、私は好き。25という数字より好き)も生きてるくせに。で、其れを許している両親(特に母)が私は許せない、というか、信じられない。私のことに関しては何もかも縛り付けておくというのに、兄に関しては自由も良いところ。何だよ、男女差別か、年齢差別か、其れとも長男優遇か。どうせ私は第二子長女よ。
 否――そんな事は本当は如何でも良くて。そう、言ったって仕方の無いことじゃない、言う相手が親友であっても、見ず知らずの他人であっても、ディスプレイの向こうの私のことを私であるとは知らない人であっても。ただね、こういう場所は特殊で――不特定多数の人が読む可能性がある(然し其れはブログの其れとは全く異なる、ブログは自由にレスポンスが出来るという点で非常にコミュニケーション能力のある場所でありながら其のコミュニケーションは到底コミュニケーションと呼べるようなものではないお粗末なものでしかない、と私は考えている。あれは単なる(著者と読者各々の)自己満足だ)、それでいて読み手の感情を一切気にしなくて良い場所。吐き出したいだけ吐き出して放置できるという点で(其れを可能にしているのはジャンルという特性だと思うが)私は此処を利用しようと思う。
 私は苛立っている。お子ちゃまな兄と、超絶過保護な両親(特に母)とに。兄が体調が悪いと言い始めたのは多分自立してから間も無くのことで、母はと言えば大卒の自立した息子に対して毎週週末になると決まって電話して(此の辺りが 超 絶 過保護 だと私は思う。というか鬱陶しいでしょ。更には兄を甘やかしているだけで他に何も与えていない)、突き放せばいいものを自分の手許に引き戻した。自分が好きで始めた仕事のくせに。仕事が忙しくてゲームが出来なくなったから辞職したようにしか見えない、アレは――とんだ甘ちゃんだ。何が鬱だ、自律神経失調症だ。生活のリズムを自ら崩してるんだ、自律神経を自ら壊してるんだ、アレを鬱と呼ぶなら本当に鬱で悩んでいる人たちに失礼と言うものよ(私は決して鬱病に理解が無いわけではない、と思う。こんなんでも中学・高校と軽鬱に悩まされたんだ。リストカットは――中学で発症してから大学入学を機に収まって、今年再発した、家庭環境が変わってからだ。これも私を苛立たせる要因の一つだ)。
 嗚呼――こういう場所の難点を挙げるとすれば、書きたいことが最終的にわからなくなることね。読み返すと全部消したくなるから(というか絶対に消すから)今日は読み返さないことにする。誤字があったら失敬。私はまたきっといつもの通り何かを書き残したくて書き始めはするけれど登録釦を押す前に全てを消してしまうから――またきっと、次の日記までには日が開いてしまうね。苛立ちの原因は一つではない、其れは私自身が一番良く理解している点で、家庭環境は勿論其の一つで、他にも学校でのこととか、友人関係とか、兎に角要因は様々にある、ある筈だ、無ければ困る。そして私は、どれほど自分にとって大きな問題であっても(其れを抱えていてもう如何しようもない状態であっても)誰か(此の場合は親友とか、そういう 現実 の人間だろう、ディスプレイの向こう側の人間を私はコミュニケーションの対象にはしたくない、というのも或る確固たる意志と認識の下に、だ。ディスプレイの向こう側の人間には、此処を読んでくれる以上の期待をしていない。私自身が私を知る人間が考える以上に非常にずぼらな人間であるからだろう、と私は思っている)に相談することなんて絶対にない。ないから――矢張り全て自分で解決しなければならないのだ、という結論しか導き出せないのだ。そして其れは決して時が解決してくれるような曖昧な問題では無い。私は、私の中で、決着もしくは白黒はっきりさせなければいけない。



2005年12月04日(日)

 なんだ、そういうことか。過去というものは全て未来に繋がっていて、私が経験してきたことも考えてきたことも感じ取ってきたことも全て、今に繋がっているのか。そして過去という奴は、私が生まれたてから全てのことというわけではなくて、私が生まれる前から脈々と続く血とかいう奴も含めたもののことで、私は結局今のところはその血とかいう奴に縛られているわけだ。道理で。全ては、成るようにしか成らないわけだ。

 兄貴様は信じられないことにまた療養期間に戻りそうだ。嗚呼、何ということ。私の"自由"はたった一ヶ月で幕を閉じた。ふざけてる。五ヶ月の療養の後の一ヶ月の社会復帰? 次は一体どれほどの療養期間だというのかしら。私には全く関係ないことであるというのに、全く関係無いことである筈なのに、私は現実から逃げられない。畢竟、本当に壊れたのは兄貴様ではなくて私というわけか。嗚呼、本当に。私はもう逃げられそうにない。逃げることも出来ないのに、耐えることも出来そうに無い。絶えることを勇気と言うならば、私には其の勇気も無いのだけれど。誰かに守ってもらう"弱さ"を身に付けるくらいなら、自分で自分の身を守れたり大切なものを守り抜く"強さ"を願った私だから、私はまだ四半世紀に満たない人生の中で幾度も行ってきたように自分を殺して生き永らえるだろう。嗚呼、でも、其れは本当に生きていると言えるか? 私は自問する。答が何処にも無いことを知りつつ、果てし無く自問し続けるだろう。










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