ヲトナの普段着

2004年12月29日(水) きみにありがとう

 今年も残すところ僅かとなりました。更新頻度が急激にダウンしたにもかかわらず、サイト閉鎖という憂き目を見ずに年の瀬を迎えられたのは、ひとえに読者の皆さんのワンクリックであると感謝しています。今年できなかったこと、やり残してしまったこと、思い返せば色々ありそうですが、どんなときでもそこにはぼくがいて、そして、きみがいたんだろうね……。
 
 
笑ったり 泣いたり
怒ったり 悔やんだり
 
それでも年は暮れてゆく
 
出逢ったり 別れたり
気づいたり 忘れたり
 
それでも年は暮れてゆく
 
夢ふくらませ
想いつのらせ
瞳かがやかせ
日めくりに手をかけた
 
ときめいたり 戸惑ったり
あきらめたり わからなくなったり
 
それでも年は暮れてゆく
 
信じてみたり 憎んでみたり
じらしてみたり 目をそらしたり
 
それでも年は暮れてゆく
 
なにかが変わったようで
なにも変わらないようで
なにかが起こったようで
なにも起こらなかったようで
 
でもひとつだけ確かなのは
いつもそこに
ぼくがいて
いつもそこに
きみがいたということ
 
ちっぽけでも
つまらないことしてても
 
ぼくがいて
きみがいたということ
 
そうして年は 暮れてゆく
 
 
 来る年が良い一年となることを、心より祈っています。皆さんにとって希望に満ちた年となることを、そして僕自身にとっても意味深い年となることを……。
 
 よいお年をお迎えください。



2004年12月27日(月) ザ・パイプカット4 /性に戸惑うヲトナたちへ

 セックスの目的が種の存続のみであるなら、避妊という言葉すら存在する意味がありません。されど人が他の動物たちと異なる知性を持ち、社会生活を営み、そして快楽と愛情の探求を手放さないかぎり、避妊は必要不可欠な行為に違いないのでしょう。
 
 
 西暦二千年の春に、僕は実父を亡くしました。当時はまだこのヲトナごっこを開設していませんでしたが、その頃動かしていたサイトで、僕は父の死に関するコラムをシリーズで書いた覚えがあります。それを読んだある方が、ご自身のサイトで「身内の不幸をテーマにした文章を、ネットで書く気持ちが理解できない」と評されたことがありました。
 
 生意気なことを言うつもりはありませんが、甘っちょろいなと僕はそのとき感じました。奇麗事だけで物書きとして存在できるなどとは、僕は端から思ってはいません。根に毒を持つ美しい花があるように、人間には難解きわまりない複雑な心があります。それと対峙して文章を著すからには、核心をどこまでも追及して文字にすべきでしょう。ぎりぎりのモラルとルールの下で、出せるものはとことん出し尽くして書くべきでしょう。僕はそう思います。
 
 けれどそういう意味においては、今回僕が書いたこのシリーズは、ものの見事に敗北宣言を出さねばならないのかもしれません。僕がどうしてパイプカットに至ったのかという、その最後の決断理由が、なにひとつ述べられていないからです。シリーズ冒頭にも書いたように、それは、僕のみならず妻や家族をも巻き込む事態となるからなのですが、書けない以上は何を言っても言い訳にしかならないでしょう。
 
 
 ただそれでも、この一件を僕がウェブに記録したいと思い立った心根を、できれば真摯な読者諸氏にはご理解いただきたいと願ってやみません。
 
 
 僕は決して、パイプカットだけが唯一の道であるとは考えていません。確かに確率的な視点で避妊を考えるのなら、パイプカットに勝る方法はないと思えますが、僕はむしろ、避妊を考えることで男女お互いの性を真摯に考える道を見出して欲しいと願っているんです。精子がどうやって作られるのか、卵子がどのように排卵されるのか、それすら知らずにセックスしてる人間が、驚くほど多いのではなかろうかと僕は想像しています。
 
 「避妊についてどう考えてるの?」と、さりげなくベッドのなかで囁いてみてください。たいていの男は、おそらく引くはずです。僕もそうでしたから。しかしその態度を、無責任だと批難してはいけません。問いただすのではなく、問題を提起し一緒に考える機会をもって欲しいということです。男が女の性に疎く、女が男の性に疎いのは、考えてみれば当たり前のことなのですからね。
 
 そして僕の今回のコラムも、そんな「考える切っ掛け」になってくれればと、そう切に願っています。愛するもの同士が求め合い、体をひとつにすることで至上の愛を感じるというのなら、そこに存在するリスクも同時に、ふたりで分かち合うべきだと僕は思います。性の快楽を追求するならなおさらのことです。己の快楽のために、相手を犠牲にしても良いなどという理屈があろうはずもないでしょう。
 
 
 それから、性というものの捉え方が幾分「陰」となる傾向が強いこの国では、性、とりわけ性器に関する悩みを打ち明け難い環境があって、それがもとで病院に通うことをためらう人も少なくないだろうと想像しています。パイプカット手術というのは、決して後ろめたい行為ではなくて、そのときどきにそこにある状況を真摯に考えた結果であるということを、当たり前のように認識しなおすべきだとも僕は思います。
 
 いつだったか、ヲトナごっこを開設して間もない頃に、堂々と年齢相応にアダルトコンテンツを愉しもうというような主旨のコラムを書いたら、「アダルトというのは陰で愉しむから意味があるんだ」という反論をいただいたことがありました。それも理屈としてわからなくはないのですが、そういう考え方が僕には、性の問題を陰へと押しやっているように思えてなりません。まあそう書くと、「それとこれとは話が別だ」と言い返されるのがオチでしょうけど、人間の意識というのは、そういうところでしっかりと繋がっているように思えてならないんです。
 
 物事というのは、一朝一夕にはいきません。人間と同じだと思います。避妊も然りです。「責任を持てないのなら避妊するのは当然だ」と即座に口にする女性もいますけど、正論を結論のみで論じてはいけない場合もあるのだと僕は感じています。確かに結果としてそうなるとしても、プロセスを互いに納得できるように経験しないことには、いかなる正論も机上のものとなり得ることを知るべきでしょう。くどいようですけど、人間なんですから。
 
 
 僕は甲状腺に持病を抱えています。もう三年近くになりますけど、毎日服薬する日々がつづいていて、それは今後もほぼ生涯に渡って繰り返されるだろうと医師には言われています。そして年齢的にも、そろそろ前立腺や大腸辺りの心配をしておいたほうが良い年齢になってきました。そんなときに、パイプカットが縁というのも妙な話ですが、泌尿器専門で内科も診てくれる良い先生にめぐり合えたことは、僕にとって喜ばしい出逢いでもありました。自身の生殖器を中心とした疑問に、忌憚なく答えてくれる先生とめぐり合えたのですから。
 
 パイプカットをしたからといって、僕の生活にこれといった変化は生じませんでした。肉体的に不具合が生じたわけでもなく、それまで以上に遊興にふけったわけでもありません。いやむしろ、精神的には遊び難くなったという気すらしています。そして同時に、そういう自身の経験を通して、性を自分の目で確かめ学ぶ姿勢を身につけられたようにも思えます。
   
 誰かを喜ばせることが愛であるのなら、誰かが苦しまないように処置することもまた、愛なのかもしれません。そして何よりも、そうやってお互いにいたわりあうことこそが、僕は人間関係において大切なのだろうと思っています。避妊を考えるということは、そういう愛情に繋がるものなのだろうと……。
 
【了】



2004年12月25日(土) ちいさなみっつのクリスマス

 いまから五年前、まだヲトナごっこを開設する遥か以前のクリスマス時期に書いたものから、三篇を公開します。僕のなかでいつまでも消えることのない、ちいさなみっつのクリスマスです……

こちらをクリックしてご覧ください



2004年12月24日(金) ザ・パイプカット3 /手術の実際と術後経過

 両親から健康な体を授かったおかげか性格の賜物かはわかりませんが、ぼくは生来、手術というものを経験したことも入院経験もありませんでした。虚弱内臓の持ち主なので病院とは仲良しでしたけれど、まさかはじめての手術がパイプカットになろうとは……。
 
 
 通院は最低でも三回。初回は問診と手術の予約と血液検査、二回目は手術となり、三回目は術後精液の検査となります。初回の問診を終えたとき、先生が僕に承諾書を手渡しました。パイプカットもれっきとした手術ですし、殊に生殖機能を絶つという側面からも、夫婦揃っての署名をするようにとのお話でした。署名に際して、やはり妻は戸惑っていたようです。幾度も「いいの?本当にいいの?」と繰り返す横で、「さっさと書け」と苦笑いしたのを思い出します。
 
 手術は、左右睾丸の外側、脚の付け根に近いところを一センチほど切開し、そこから管を引っ張り出して切断します。切断した管は、それぞれに折り返して糸で縛り、切開部分を縫合して終了です。要する時間は正味二十分から三十分。術後二十分程度その場で安静にすれば、歩いて帰れるということですので、準備や術後のあれこれを入れても、およそ一時間程度ということになるでしょう。ちなみに、その日はとくに安静にする必要もなく(暴れるのはどうかと思いますが)、普通に社会生活を送れます。
 
 僕が手術を受けたのは、平日の診療時間外となる昼休みでした。内科と皮膚科も兼ねている診療所なので、診療時間にはさまざまな人たちが出入りします。手術は基本的に昼休みのみということでしたので、その辺の事情も配慮してのものだと思えました。さすがにお子様連れのお母さんが待合室にいる状況では、下半身丸出しで手術もやってられないでしょうから……。
 
 メスを使った手術ですから、当然のことながら麻酔を使います。局部麻酔になるわけですけど、「ちょっと痛いですよ、ごめんなさいね……」と言いつつ麻酔を注射器で打つときが、とにかく一番痛かったです。「ちょっと」どころではありませんでした。一ヶ所の切開に対して麻酔を二ヶ所。ほどなく麻酔が効いてきた頃合を見計らって、メスで切開するときには、もう痛みは感じません。何かやってるなという感覚はありましたけど。
 
 手術の最中というのは、手術ベッドに横になったお腹のあたりに小さなカーテンがありまして、いくら顔を覗かせようとしても、切った張ったをやってる場面は見られません。仕方なく天井をみつめなが思うのは、やはり「これでもう子どもは作れないんだなぁ」という類のことでしょうか。紳士ぶるわけでもないですけど、「これで遊び放題だなぁ」なんてことは、これっぽっちも考えませんでしたね。不埒ですけど不思議です。
 
 
 手術が終了すると、看護士さん(どういうわけか、ここには若くて可愛い看護士さんが揃ってました……余談ですけど)が周辺を消毒し、ガーゼでそれこそ局部を雁字搦めにして「このまま少し休んでいてくださいね」といいました。手持ち無沙汰なので、少し体を起こして下半身のほうを向いたとき、大量の血に染まったガーゼと床に飛び散った赤い血が視界に飛び込み、「本当に切開手術をしたんだ」という実感が沸いてきた覚えがあります。
 
 ほどなく先生が顔を出し、「五回目の精液をこれに入れてきて」と軟膏を入れる器のような円柱形のプラスチックケースをぼくに手渡してくれました。「五回目ですか?」というぼくに「そう、五回目」と応える先生。もちろん五回目とは、五回目に射精した精液のことです。性交しようがオナニーであろうが構わないのでしょうけど、器に入れるのだからオナニーが妥当でしょう。どうして五回目なのかは……いまだに謎です。
 
 抗生剤と鎮痛剤をもらい、費用の残額を払って、ぼくは駐車場へと歩いていきました。まがいなりにもメスを入れる手術をした数十分後に歩けるものかと当初は考えていましたけど、股間にぎこちなさは残るものの、ゆっくりと歩いて自動車までたどり着けたのですから、結果のわりには大げさな手術ではなかったということなのでしょうか。
 
 正味一時間強。長い人生のなかでは、まさにほんの一瞬にすぎない一時間。けれどその一時間の前と後とでは、ぼくの体は明らかに異なっている。目に映るものも、耳に入る音も、匂いも肌で感じる空気も、それまでと何ら変わらないはずなのに、運転席に座ったぼくの胸のなかには、それまでとは違う何かがゆっくりと浮遊していたような気がします。
 
 
 固定用ガーゼを外したのは翌日。はじめの二日三日は、椅子に座ってるときの脚の組み具合で少々股間が痛むことがありました。歩く際に違和感を覚えたのは、術後一週間くらいでしょうか。その後徐々に違和感も薄れてきましたけど、「放っておけば自然となくなるから」といわれた縫合糸が跡形もなく消えたのは、一ヶ月ほど経ってからのことでした。
 
 手術をしたらそれでお仕舞い、というわけにはいかないのがパイプカットです。確かに手術によって管は切断され、もう精子は製造されなくなったんですけど、それ以前に製造された精子が睾丸内に残っているからです。いわば残留精子。それを全て出し尽くしてしまわないことには、「パイプカットしたのに妊娠しちゃった」という事態にもなりかねません。
 
 「一生懸命頑張って」と笑顔で先生は言ってましたけど、はじめの一週間は違和感と多少の痛みで、ペニスに触れるなんてことは怖くて考えもしなかったし、さりとて出さねばならずけれどやる気にならずのらりくらり……という按配で、先生に言われた「五回目」を摂取するまでに、二週間以上の時間が経過してしまいました。
 
 そのサンプルを手に再び診察を受けると、その場で先生が顕微鏡で精子の状態を確認してくれました。しかし、「まだいるなぁ、これじゃまだ駄目だ」とあっさり判決は差し戻し。「もっと頑張って」という先生の言葉を背に、再度軟膏ケースを手に自宅へと戻りました。それから二週間後、つまりは手術から一ヵ月後に「これならどうだ」という気合充分の精液サンプルを持参したところ、「お、これなら大丈夫だ。もうぜんぜんない」というお墨付きをいただき、僕のパイプカット体験も大団円と相成ったわけです。
 
【つづく】



2004年12月22日(水) ザ・パイプカット2 /戸惑う心たち

 パイプカットをすれば、もう二度と相手を妊娠させることはありません。避妊という言葉ともおさらばできるわけです。精子そのものとサヨナラするのですから。しかしそれだけに、男の心にも女の心にも、普段ないさまざまな想いが去来します。僕らの間でも、さまざまな心たちが戸惑っていました。
 
 
 夫婦間でパイプカットの話が出た当初、妻のなかにはふたつの大きな戸惑いがあったようです。ひとつは、僕の体を傷つけるということでした。パイプカットは手術ですので、当然のことながら僕の体にメスが入ります。病気ならいざ知らず、自分たちの言わば都合でそうなるということ。そして同時に、人間のオスとして僕が持っている生殖機能を断じてしまうということ。しいては、それが彼女の僕に対する負い目となってしまうかもしれないことに、大きく不安を抱いているようでした。
 
 僕らにはふたりの子どもたちがいます。「大人ひとりに子どもひとりが精一杯だろう」というふたりの判断で、子どもはふたりと決めていました。「もしもこの先、子どもが大きな病気で命を失うことになったらどうするの」と妻は尋ねましたが、僕は「それはそれで親にとっても子にとっても運命というものでしょ」と応えました。生命や家族は数字合わせではありません。ひとり減ったからひとり増やそうなどということは、考えられないのが当たり前だと僕は思います。ですから、ふたりの子宝を授かった時点で、種の存続を担った僕の使命は終わったのだと僕は考えていました。
 
 事実、僕ら夫婦の間でパイプカットの話が持ち上がったのは、第二子を授かってしばらくしてからでした。妻は当時リングを着用していましたが、どうにも体調が優れず、外したほうがいいだろうと話し合った末に出たのがパイプカットという道だったんです。
 
 
 ふたつめの戸惑いは、妻が耳にした産婦人科看護士の言葉でした。「パイプカットすると、ご主人は女遊びするようになりますよ」という科白です。「パイプカットしなくても、女遊びはするんじゃないの」と僕は思いましたけど、もちろん言葉にはしませんでした。避妊の確実性が遊興へと繋がるというのは、一般的に耳にしがちな話の筋のようにも思えますけど、それを看護士が言っちゃお仕舞いだろと僕は思ったものです。
 
 たしかに、パイプカットという選択肢を眼前に置かれたとき、僕の脳裏に不埒なイメージがかすめなかったと言えば嘘になります。男ですもの。女を知ってこのかた数十年、避妊と戦いながら裏街道をこそこそ歩いてきた男にとって、その呪縛から解放される事態を遊びと結び付けない道理がございません。
 
 しかしその行く末に驚愕したのは、他でもない僕自身でした。時系列がめちゃくちゃになりますけど、パイプカットをしたからといって女に走ることもなく、術前と術後とで心境に変化があったわけでもなく、あの心配はいったい何だったんだろうかと思うほどです。もっともその辺は、個人差や年齢的なものも過分に影響してるとは思いますけれど……。
 
 
 一方、男である僕の側にも、戸惑いはありました。手術を受ける当人ですから、当たり前のように手術の内容や術後に後遺症等の影響がないかは、なによりもまっさきに心配しました。当初僕の知識は聞きかじりに過ぎませんでしたが、いざ自分が直面することによって、自分の目で確認して知識を身につけたように思い返されます。
 
 生殖機能を失うことへの不安も、それほど言葉にはしませんでしたがありました。結論は前述のような言葉でお互いに納得したわけですけど、理屈でねじ伏せられるほど人間の心というのは軟にできてはいません。後悔したことは一瞬たりともありませんでしたが、後悔するのではという不安は常にあって、それこそ手術台に横たわった瞬間ですら、ふと脳裏をよぎったものです。やはり、次の生命へと繋がる機能を手放すからには、それなりに深い想いがそこにはあるということなのでしょう。なんか他人事のようですが……。
 
 
 パイプカットとはどういうものなのか。僕自身がそうであったように、それを詳しく知る大人は意外と少ないように思えます。「パイプカットすると精液は出てこなくなるの?」とか、「いずれ子どもが欲しくなったら修復できるんでしょ?」というものから、「立たなくなっちゃうんじゃないの?」「いくらくらいかかるの?」というものまで、じつにさまざまな質問を受けたのもこの半年という期間でした。
 
 パイプカット手術では、「精子を作るためのホルモンを睾丸へと送る管」を切断します。精子を射出する管をカットするわけではないんです。したがって、精子そのものが製造されなくなります。それでは精液はどうなるかというと、きちんとそれまで通りに白い液体は出てきます。精液は製造されているけど、そのなかに精子は含まれていないということです。味や匂いに変化があるかまでは……僕にはわかりませんけれど。
 
 聞くところによると、パイプを切断せず、小さなクリップのようなもので止めてしまう手術もあるようです。八年前に訪ねた泌尿器科ではそのような説明を受けました。切断とクリップとどちらかが選べると。しかし、クリップの場合は完璧な避妊とは言い切れないと感じました。最終的に僕がお願いした泌尿器科(前述とは別の医師)では、クリップは確実性に問題があるからやらないと説明を受けましたから。
 
 切断したものは、元には戻りません。将来的に復元する技術も開発されるかもしれませんけど、一般的には、一度切り離したパイプは元のように繋げることはできないと思ったほうがいいでしょう。僕もその点は、医師に念を押されました。
 
 性生活への影響、すなわち勃起不全等の後遺症に関しては、医師によると心配しなくていいということでした。多少ぼかしている辺りが、確率的には少なからず影響があるのかなとは思いましたが、手術の理屈を考えてみても、それが直接性生活に大きな影響は及ぼさないだろうと僕は判断しました。
 
 手術費用の話ですが、「相場」というものを僕は知りません。もちろん保険など適用されるものではありませんから、どこで手術してもらってもそれなりにかかるとは思いますけれど、僕の場合は十万円と消費税(こんなもんにも消費税かよと思わず苦笑い)でした。ご参考になさってください。
 
 
 最終的に実行を決意した僕の胸のうちには、「これで少しは、妻に対する負い目が軽減できるのだろうか」という想いがありました。こと避妊という行為に関してだけでも、過去にピルで体調を崩したり、マイルーラで産婦人科に相談に行ったり、リングを入れたものの数年後には外してと、妻の肉体には負担をかけてきたからです。そのくせ男というのは身軽なもので、せいぜいスキンを装着するのが面倒だなぁというくらいなもの。妙な物言いですが、これで少しは妻と同等になれると考えた浅はかさも、男という生き物ならではなのでしょう。
 
 性を考えるということ、生命を考えるということ、人間を考えるということ、それらを夫婦という間柄のなかで幾度となく繰り返し話し合って、僕はパイプカット手術を受けることにしました。はじめのうちはぎこちなかった話し合いも、いつからか真摯なものへと変化していったようにも思い返されます。腹を割って面と向かうことは、どのような場面でも重要なのでしょうね。しみじみそう思いました。
 
【つづく】



2004年12月20日(月) ザ・パイプカット1 /究極の避妊

 これを書くのに半年悩みました。はじめは心情的に、次に道義的に。けれどそうして悩むからには、やはり書いておきたいという気持ちがあったわけで、年が新しくなるその前に、僕のなかで一応の決着をつけておこうと思います。タイトル通り、パイプカットの話です。
 
 
 今年の春に、パイプカットをしました。「パイプカットってなに?」といういたいけな読者のために言葉の説明からはじめますが、パイプとは「精子を作る管(詳しくは後述します)」であり、それをカット(切断)するのですから、精子を作れない体になるということです。つまりは避妊手術ということになります(去勢ともいうようですが)。
 
 避妊方法もさまざまで、確実性という視点でみるといくつかの段階に分かれるかと思います。最低レベルは「生挿入で外出し」でしょうか。避妊と呼べないような気もするのですが、殊のほか多いのではと推測しています。それも一度ならず一夜に二度までも「外出しするから大丈夫」などとほざく男もいます。一度目ならまだしも、二度目はペニスに精子が残っていますので、かなりリスクが高いと思わねばなりません。
 
 かつて「マイルーラ」という膣内挿入型の避妊薬がありましたけど、あれは生産中止になったのでしょうか。遠い昔に、彼女が耳許で「そのままいっていいよ」と囁いたとき、かつてないほどときめいてしまった思い出がありますが、僕がマイルーラを知ったのはそのときでした。けれど、あれもどことなく危なっかしい気がしたものです。スキンを使うときの補助薬という認識でした。
 
 スキン、コンドームは全世界的に使われている避妊方法だと思うんですけど、スキンも万全ではありません。装着方法に不備があると、動いているうちに先端が圧力で破裂する危険性があるからです。破けたのを知らずに射精してしまい、血の気が引いた経験を持つ方も少なくないかと思います。特に女性に警告しておきますが、スキンが破れるとペニスはそれを察知するはずです。きわめて薄いスキンであっても、生とはぜんぜん違います。それを知らん顔で通す男は信用できない奴だと思ってください。
 
 薬といえばピルがありますね。妻もかつて使ったことがありますが、薬で人間の生理を操作するわけですから、かなり肉体に負担がかかる方法だと僕は感じています。それから、スキンの女性版、リングというのもあります。これも妻は経験しました。しかしどうにも体調が不安定になり、三年ほど装着していたかと思いますが外してしまいました。体質によって適不適があるようです。
 
 少々古典的な方法になりますけど、オギノ式という避妊方法もありますね。もちろん我が家でも経験済です。もっとも僕ら夫婦の場合には、避妊目的ではなくて懐妊目的でしたけど……そういうのはオギノ式懐妊方法とは呼ばないのでしょうか。理屈は同じなんだけどな。
 
 こうして一般に採用されているであろう避妊法を列挙してみても、100%確実という避妊法は世の中にはないんです。唯一、精子を作らないパイプカットを除いては。ですから究極の避妊方法となるのでしょうが、それだけに、決断にはそれなりの経緯も必要でしょうし、正しい知識がなにより重要となる気がします。
 
 
 僕がパイプカットに至った経緯、じつはそれこそが、このヲトナごっこに記録すべきところなのかもしれませんけど、半年悩んだ末に出した結論は、そこには言及できないというものでした。起承転結も伏線も無視した本題のみの小説みたいで、なんとも情けない話になってしまうんですけど、どうしても公の場で書くことができません。自分のことならいざしらず、これは、夫婦や家族をも巻き込む話になりますので……。
 
 ただ、根っこが判然としないまま言うのも説得力に欠けるとは思いますけど、はじめに夫婦間でその話が出てから実行するまでに、僕らは八年近くの歳月を要しました。そしてその間には、当初の考えや衝動だけでなく、その後の「出来事」も積み重なっての結果であることを、はなはだ身勝手な書き方ですけどご理解いただきたいと思います。
 
 いま僕が思うのは、正しい避妊とパイプカットというものの認識を、読者の皆さんに手にして欲しいということです。僕自身が実際に経験をしてみて、それを近しい仲間たちに話したところ、意外なほど彼ら(あるいは彼女たち)の知識が乏しいことに驚きました。この記述が、少しでも避妊に悩む人たちの手助けになればと、僕はそう願っています。
 
【つづく】



2004年12月10日(金) 不平等だから愛がある /制約が人をつくる

 厭な世の中になったものだなどと、ようやく不惑の未熟者が口にする科白でもないのかもしれませんが、社会の縮図のようにもみえるウェブを俯瞰するたびに、僕の胸中にはやり切れぬ想いが広がります。ある時期に正しいと考えていた道筋が、じつはとんでもない迷路への入口であったことに、そろそろ気づかないと大変なことになるようにも思えて……。
 
 
 ウェブコンテンツ、とりわけアダルトコンテンツの世界を眺めていると、堕落した男女の姿にため息が漏れることも少なくありません。僕自身、そんなアダルトコンテンツを楽しんでるひとりの男には違いないのですが、あるべき姿からはとうの昔に離脱してしまって、いまや人間の厭な面のみを露呈する場に成り下がってしまっている気がします。
 
 ライブチャットをはじめとする有料無料さまざまなチャットや掲示板、そして出口のみえない出会い系サイト、自己責任において遊ぶのだから何ら恥じることなどないと言う人も少なくないように思えますが、その「自己責任」にこそ大きな問題と落とし穴が潜んでいることに、どうして気づかないのでしょうか。
 
 そもそも、「自己」で「責任」を負えるほど、このウェブ世界にたむろしている人たちは人間が成熟しているのでしょうか。誰にも迷惑をかけてないなどと口先だけの言葉を吹聴し、いざ手に負えなくなるとさっさととんずらする。相手の人生を背負う度胸もないくせに、平気で美辞麗句を並べ立てる。そして、そんな虚構の世界を、ひとときの安らぎだなどと勘違いして受け入れてしまう。その先に存在するであろう人間の変わり果てた姿というものを、彼らはきっと想像できていないのだと僕には思えます。
 
 
 自由という言葉は、もしかするとこの国では、もはや死語となりつつあるのかもしれません。義務を蔑ろに権利ばかりを主張してきた民族は、自由を手にしたつもりでいながらそのじつは、混沌とした無法迷路を彷徨っているだけのようにもみえます。抑制されるものがあるから自由は存在する。そんな基本的で単純な理屈ですら、頭の片隅にも置き場を持たない大人が増えてしまったということなのかもしれません。
 
 近年、子どもたちの学力低下が取り沙汰されています。具体的な原因を探り出すと手に負えぬほど広範囲に渡りそうですけど、彼らもまた、幻の自由を目指した大人たちが描くユートピアの犠牲者とも言えるのでしょう。それを事前に察知していた一部の大人たちに見守られ導かれた子どもたちだけが、十年後二十年後にはこの国の柱となっていく。なんとも末恐ろしい国の姿だとは思いませんか。
 
 いまこそ、僕は「自由」を真剣に考えるべき時代だと感じています。本当の自由というものを、本当の幸せというものを、それらが過飽和状態にある現代だからこそ、人は真剣に根本から考え直し探りなおす時期にきていると思うんです。そんな現代を象徴し牽引していくべきウェブという新たな世界。そこで織り成される核心のない人間模様の数々を目のあたりにするにつけ、僕のため息と絶望が広がっていくのも、少しはおわかりいただけるのではないでしょうか。
 
 
 僕は過去に憧れる男のひとりです。もとから歴史が好きでしたが、日本の江戸期や西欧の中世文化に強く惹かれています。あの時代には制約があった。現代と比べると、ばからしいほどに人間の権利を無視した制約がありました。けれどそこで人々は、おそらくは現代より遥かに輝いて生きていたのだと想像しています。きっと思うに任せないことの連続だったでしょう。しかし、限られた条件の下でも生命は進化するように、あの時代の人々もまた、制約の下で人間本来の姿に磨きをかけていたのだと思うんです。
 
 仲間と酒を酌み交わしながら話すとき、昔からよく口にした喩えがあります。電気というのは電線のなかを流れていきますが、その電線に全く「抵抗」というものがなかったら、電気は流れないんです。抵抗があってはじめて、電気は電流として我々の生活に光をともすんです。人間もそれと同じだと僕は思います。抵抗があるからこそ、それに抗する努力をし、力を身につけていく。そしてそこに達成感も生まれ、それは生きがいとなって人生を豊かにしていくんです。
 
 権利を考え主張するのは大切なことです。なぜならそれは、社会という枠組みのなかで生きていく自分を、人間として考える根本だからです。されどそれは、自分が置かれた立場や環境を鑑みた主張でなければなりません。自らの権利を生かすために、権利を主張すると同時に、己に負荷を負わせねばならないということです。そう、現代人に最も欠けているところでもあります。
 
 
 こんなことを口走ると、またヒンシュクをかいそうな気がするのですが、僕は男女平等と囃し立てるのはいかがなものかと考えています。人間の性、つまりは男と女という立場は、生物という観点からも明らかに別なものです。昨日今日騒ぎ出したたかだか数十年の人間経験者が論ずるより、数千年という人間の歴史が示している明白な真理だと思います。もちろん、社会的権利に関しては、男女に不平等があってはならないと僕も思います。しかし様子を眺めていると、どうも別の次元で平等をさかんに唱えているように思えるふしもあるんです。
 
 女は子どもを生み育て、男は家族を命がけで守る。おそらく男と女というのは、そういう単純な構図を天から授かった生き物ではないでしょうか。社会的事情によるとは思います。母でありつつも夫と同じように社会で働かねばならない状況というのは、あたりまえのようにこの国では展開されていますから。けれど僕が言いたいのはそういう見た目の形ではなく、もっと精神的な面での男女の位置関係です。
 
 上にいるから優れているとか、下にいるから劣っているなどという考え方は、人間と人間を並べ比較してみたときに、なんら意味のない評価基準なんです。人はそれぞれ個別の生命体であって、それは夫婦や恋人という関係にとどまらず、親子という関係においても尊重されるべき個々の生命なんです。そういう原理原則に立ち返れば、互いがどういう位置関係にいようとも、人間の尊厳が失われることなどないと気づくはずです。
 
 そしてそういう同等でない位置関係にいるからこそ、深い真の愛情も芽生えるということに、できれば気づいて欲しいものです。守る幸せ、守られる幸せ。支える幸せ、支えられる幸せ。持ちつ持たれつという言葉がありますが、人間は持ってばかりいては駄目なのだと僕は思います。ときに伴侶に持ってもらい、そしてまた自分で持ってあげるような関係が、人には必要なのではないでしょうか。自分を形の上で下におく。それは考えようによっては、意図的に己に負荷を課すことにも繋がるように思えます。
 
 
 先日、テレビで「なぜ勉強しなければならないかを子どもに教えられる親が減った」という発言を耳にしました。これにも答えはいくつかありそうに思えるのですが、ふと、かつて友人が口にした科白が思い出されました。
 
「僕は選挙には必ず行くことにしてる。なぜなら、まだ選挙権が与えられてなかった時代に、どれだけの人たちがどれだけ苦労してその権利を手に入れたのかを思うと、いかなる選挙であっても、それを蔑ろにできないからだ」
 
 現代は恵まれすぎていると思います。自由の意味すらわからなくなって、権利を当たり前のように行使しようとする。けれどその権利は、自分が苦労して手にしたものではないんです。先人たちが、それこそ命がけで手に入れてくれた権利なんです。それを忘れ、いや、それしら知らずに自由を口にする人間が増えてしまった現代、とりわけウェブコンテンツの世界を嘆く僕の気持ちも、これで少しはご理解いただけたでしょうか。
 
 まさに、混沌とした時代のように思えます。


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ヒロイ