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2010年05月09日(日)
「へんじがない ただのしかばねのようだ」に詰め込まれた「珠玉のメッセージ」

『ゲームデザイン脳 ―桝田省治の発想とワザ―』(桝田省治著・技術評論社)より。

【「へんじがない ただのしかばねのようだ」
 かのドラクエで、迷宮の奥などに横たわった白骨死体をチェックした場合に表示される汎用メッセージである。僕は、数あるゲームの中でこれよりよくできた文を読んだことがない。珠玉だと思う。
 書いたのは、同作のゲームデザイナー兼シナリオライターである堀井雄二氏。残念ながら僕ではない。
 本節は、このメッセージにいかにたくさんの情報が集積されているか、その解説だ。これを読めば、僕が冒頭のメッセージを”珠玉”と評した理由がわかってもらえるはずだ。ま、わかったところで、そう簡単にマネできないけどね。

(1)基本情報
 まず、このメッセージの基本情報は、「あなたは目の前の白骨死体と思しきものを確かにチェックしましたが、有用な情報も目ぼしいアイテムも見つけられませんでした」ということだ。
 ここには、ふたつの重要な情報がある。

・あなたが発した目の前をチェックするというコマンドは確かに受け取ったという返答。
・その結果、有用な情報も目ぼしいアイテムも発見できなかったという報告。

 たとえば、就職試験の合否を連絡しないことで不合格の通知代わりとする企業がある。この場合、合否通知を待つほうは、「もしかしたら郵便の配達に何か不備があったのではないか」など、万にひとつの可能性を考えてしばらく未練たっぷりにモヤモヤする。それが人の常だ。一方で不合格者にも丁寧な通知を送る企業もある。どちらが印象が良いかは言うまでもないだろう。
 同様に、上記の二項目は、プレイヤーの信頼を得ようと思うならば、必ず返さなければならない最低限の情報だ。


(2)キャラ立て
 プレイヤーが操作するキャラクター(主人公)にもさまざまなタイプがあるが、ドラクエの場合、徹底的にしゃべらないのが特徴だ。これは「キャラを立てる」で書いたとおり、プレイヤーが操作する主人公とプレイヤーの感情的な剥離を防ぐため、主人公になるべく色をつけないという方針に則った演出だ。
 だが、実は地味な汎用メッセージを使い、最低限のキャラ立てを行っている。
 前半部分に注目しよう。「へんじがない」ということは、主人公は「もしもし」とか「おい!!」とか、どんな言い方がされたかはプレイヤーの想像に委ねられているが、とにかく声をかけたことがわかる。
 そこからたとえば、剣の先で突ついたり、足で蹴ったりするような乱暴者ではない。いきなり直に手で触れるような軽率な人間ではない。白骨死体にまで声をかけるほどバカ丁寧、あるいはユーモアがあるなど、主人公のさまざまな人物像がプレイヤー各人の頭に浮かぶ。
 ただし、声をかけた理由には言及されていないのだから、結局、主人公の人物像はひとつには限定されない。だが、この場合はそれでいいのだ。大事なことは、プレイヤーにひとつの答を押しつけることではない。プレイヤー各人が自分の主人公に対して独自の解釈ができる材料を与えることだ。


(3)世界観
 次に後半の「ただのしかばねのようだ」に注目しよう。この文から読み取れるのは、たとえばこんな情報だ。

・この世界には、ただの屍ではなくゾンビのようなアクティブな屍もいますから、注意してください。
・この世界では、迷宮に転がった屍はさほど珍しくありません。行き倒れたり、モンスターに襲われて死ぬ人が跡を絶ちません。無茶な冒険は危険です。

と、ゲームの舞台がどんなルールで支配されている世界なのかを示唆している。また、いずれも警告を含んでいるが「注意しろ」とも「危険だ」とも一言も書いてない配慮にも留意してほしい。


(4)行動のヒント
 「(1)基本情報」で就職の合否の連絡を例に引き、ここで伝えているのは不合格通知のようなものだと書いた。ところで、不合格通知が届いた人は、「合格通知をもらった人もどこかにいるんだろうなぁ」と考える。これも人の常だ。
 実はこれも同じだ。つまり「あなたは目の前の白骨死体と思しきものを確かにチェックしましたが、”今回は”有用な情報も目ぼしいアイテムも見つけられませんでした。ですが、この世界のどこかには、有用な情報やアイテムが見つけられる白骨死体もあります」と伝えている。
 さらには、「だから、あなたのやったことは正しいのです。これに懲りずに白骨死体を見かけたら、今後も積極的にチェックしましょう」と励まし、ヒントまで出している。

「へんじがない ただのしかばねのようだ」
 この一行に実に本書3ページ分の情報が集積されていることがわかっただろうか? こんな芸当ができるのは、僕の知るかぎり堀井さんかさくま(あきら)さんくらいのものだ。手元にいくつかゲームソフトがあるなら、プレイヤーが無意味なコマンドを選択した際、どんな風に処理されているか調べてみるといい。たぶん、愛想がないメッセージを表示するか、あるいはクイズの答を間違えたような不快なブーブーという音が出るだけだ。
 この一行がいかに丁寧な職人技か納得してもらえるはずだ。】

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 『天外魔境2』の監督・シナリオ、『リンダキューブ』『俺の屍を越えてゆけ』のゲームデザインなどを手がけたゲームデザイナー、桝田省治さんの本の一節です。
 僕は『天外魔境2』を進学校時代の短い夏休み中遊んでクリアした記憶もありますし、『俺の屍を越えてゆけ』も大好きだったので、あの独特の「桝田作品」は、こんなふうに作られているのか、と感心させられるところが多かったです。
 僕の同世代、いま40歳前後って、ちょうどテレビゲームの黎明期にあたり、中学・高校の同級生の「面白いヤツ」の多くが、「ゲームデザイナーになりたい!」って言っていました。
 まあ、彼らの多くが、就職活動の時期になると、大手マスコミや大企業を目指すようになったにせよ、そういう「面白いヤツ」が集まっていった業界ですから、「トップゲームデザイナーの発想術」には、とても刺激的なものが多いような気がします。

 この「へんじがない ただのしかばねのようだ」についての考察を読んでいて感じるのは、『ドラクエ』の生みの親である堀井雄二さんの「言葉へのこだわり」の凄さなのですが、それと同時に、その価値をちゃんと理解できる桝田さんも凄いな、ということです。
 僕もこのメッセージを何度も見ているのですが、「すごい」と感じたことはなかったなあ。
 「ただのしかばね」って、「しかばね」があるだけでも大問題だろ!と心の中でツッコミを入れた記憶はありますけど。

 『ドラクエ』の初期は、ファミコンのカセットの容量が少なかったこともあり、いかに限られた言葉で、プレイヤーに「伝える」かに、堀井さんは苦労されていたそうです。
 そんな中でも、いや、そんな中だからこそ、こういう「研ぎ澄まされたメッセージ」が生みだされていったのでしょう。

「プレイヤーが無意味なコマンドを選択した際、どんな風に処理されているか?」
 実は「こだわり」とか「気配り」というのは、こういうところに象徴されるもので、もしあの「しかばね」を調べても、何のリアクションも返ってこなければ、プレイヤーはあれを「背景の一部」だと認識して、もう二度と「しかばね」を調べようとはしないかもしれません。
 「無意味なコマンド」でも、それへの対応によって、ちゃんと「意味」を与えることはできるのです。

 こういう話を読むと、やっぱりプロって凄いなあ、と思わずにはいられません。
 「感動のストーリー」よりも、むしろ、こういう「普通に遊んでいると、ただ通り過ぎてしまうだけのところ」にこそ、プロの技が隠されていて、他のゲームと「差別化」されている。

 この「無意味なコマンドに対するリアクション」の話、実は、ゲームの中だけじゃなくて、実生活のコミュニケーションにも「応用」できそうですよね。
 子供に接するときなど、こういう「無意味なコマンドに対する大人の小さなリアクションの積み重ね」が、長い目でみると、大きな差になっていくような気がします。
 たぶん、うちの息子が「ただのしかばね」に話しかけるような機会は、あまり無いとは思うのですけど。