沢の螢

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帰りなん、いざ
2005年11月21日(月)

11月はじめ、外国行きの前から、家の中は、かなり悲惨な状況になっていた。
夏の暑さが長く続き、ちょっと秋らしい爽やかな季節になったと思ったら、また暑さがぶり返すといった具合で、このところの季節の移り変わりは一体どうなっているのか、冷暖房の普及で、昔の四季の感覚は、もう無くなってしまったのかと、嘆きつつ、衣替えの時期も見定めがたく、逡巡している間に、家の中は、夏と冬の衣類が入れ混じって、あちこちに散乱するような有様となっていた。
家に出入りするクリーニング屋さんの話によると、いまは、季節の変わり目だから、まとめて、衣類を出すと言うことはほとんど無く、若い人は年中Tシャツにジーンズ、スニーカーという出で立ちで、せいぜいそれが半袖か長袖かと言うくらいの区別しかなく、冬、外に出るときは、その上に、ダウンコートなどを羽織れば、それでいいのだそうだ。
衣類の整理と入れ替えが、家事の中では、結構な仕事になっている私の世代のやり方は、もう古いのだそうである。
一年中同じ衣類をロッカーに吊しておくので、酷暑の時期を除き、春秋冬は、あらたまって、衣類の出し入れなどしないらしい。
なるほどそう言うものかと思いながら、長年の習慣は改めがたく、夏と冬の衣類を出したり入れたりするうちに、収拾がつかなくなってしまった。
そのまま、ヨーロッパに出かけてしまい、帰ってきて、途方に暮れているのである。
急に寒くなり、もう、合い着もいらないだろうと、先日クリーニング屋さんを呼んで、旅行で着た衣類と、まだ残っていた夏物などもまとめて、持っていって貰った。
それに加えて、この数年の私の生活は、パソコンが導入されて以来、ネットに割く時間が多くなり、その分家事が犠牲になっているのである。
食事を作ることと、洗濯は、欠かせないが、掃除や、家の中の整理整頓が、そのしわ寄せを食ってしまったのである。
今日、久しぶりに、玄関の掃除をしたら、履かないまま、埃を被った靴やサンダルが、靴箱の下に何足も隠れているし、三和土の隅には、泥がこびりついて、たわしで擦らねば落ちない状態になっている。
家の中から見たのではわからないが、外から入ったとき、いかに家の玄関が汚いかを知って、唖然とした。
これは氷山の一角で、台所や食器戸棚、ガスレンジや冷蔵庫の中、食品貯蔵庫に至っては、更に悲惨な現実がある。
親戚きょうだい、友人がみな東京住まい、だだっ広い東京では、互いの家を行ったり来たりは時間が掛かるので、外で会うことはあっても、自宅にまで、来ることはない。
子どもの小さい頃は、子ども同士の遊びに付き合って、近隣の人たちで、寄り合うようなこともあったが、もう、そんなことも、久しくない。
正月に息子夫婦が泊まりに来るときだけ、見苦しくない程度に掃除するくらいである。
家に第三者の目が入ると言うことが、滅多にないのである。
夫が現役の頃は、朝6時前に起きて食事を作り、送り出すのが習慣だった。
リタイアした今では、時には9時頃まで寝ていることがある。
だらしないこと、この上ない。
そして、インターネットに掛ける時間は、長くなる一方である。
こんな生活態度では、精神が堕落する、不健康になると、どこかで警告する声が聞こえつつ、耳をふさいできたのであった。
それ程に、パソコンを持つと、もう後戻りできないものにとりつかれてしまう。
今日、ゴルフから帰った夫が、「オヤ、玄関が見違えるようだね」と言ったのを聞いて、そうか、あちらもやはり、感じていたのか、だけど、自分もリタイアした身、妻にだけ家事を押しつけるわけに行かないから、目をつぶっていたのだとわかった。
帰りなんいざ、我が家庭に。
パソコンを使い出した4年前の生活に、少しずつ戻そう。
夜は12時までには寝る。
朝は、なるべく7時には起きる。
パソコンに向かう時間を減らし、その分、ゆったりと、読書や音楽を聴いて過ごす。
複数あるブログもホームページも、少しずつ閉鎖する。
ネットの向こうに、もっと良い世界があるのではないかという幻想は捨てる。
不義理を重ねている現実の人間関係を、もっと大事にする。
読む時間がなくて、止めていた新聞を、もう一度取る。
趣味の連句は、連衆と顔を合わせての座を中心にし、今主催しているネット連句は、自分の持っている掲示板だけに絞り、人のネット連句には、極力参加しないようにする。
・・・などと書きつつ、すでに寝る時間が迫った。
どのくらい実現できるかわからないが、今日、こんなことを考えたという証拠に、記しておく。



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