沢の螢

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神田神保町
2005年02月15日(火)

図書館に借りて返して年果つる   

こんな俳句を年末に作ったのだが、これはまさに実感である。
インターネットなどに足を突っ込むまでは、私はちょくちょく図書館に行くのが習慣だった。
開架式の本を見て歩き、10冊近くの本を借りる。
全部熟読することはなくても、ためつすがめつ、手に取り、3週間の期間、愉しむならいだった。
今は、インターネットにかなり時間を使うので、その分、新聞、テレビ、そして読書の時間が減った。
新聞も読まずにそのままになっていることが多く、広告の紙で、ゴミが増えるので、夫が「もう新聞止めようよ」と言いだし、
今月を以て、購読を止めることにした。
子どもの頃から慣れ親しんだ朝日新聞。
夫が現役のビジネスマン時代には、日経と両方読んでいたこともある。
海外在住中も、現地のクオリティペーパーと、日本語新聞を取っていた。
つまり、我が家に新聞のない生活というのは、生まれて以来なかったことになる。
新聞の購読を止めるについては、今までにも、夫から何度か提案があった。
「どうせ読みもしないんだから」というのが理由である。
ニュースはテレビでも良いし、今は、インターネットで、必要な情報は得ることが出来る。
その方が早いというのだが、電波と活字媒体は役割が違う。
私はやはり、目で読む新聞の方がいい。
そう言って、抵抗してきたのだが、ここ数年のインターネット生活で、現実に新聞を読まないことが増えると、勿体ないと思うし、
そのままゴミにするには忍びない。
後でまとめて読もうと取っておく新聞が、幾つも、ひもで縛って置いてあり、結局は読まずに、ちり紙に変わる。
罪悪感にとらわれ、ストレスにもなる。
迷った挙げ句、新聞は止めましょうという決断に至った。
1月の集金の時、そのことを販売店に伝えた。
夫は、せいせいした顔である。
しかし、私のほうは、新聞に対して、まだ未練がある。
新聞はニュースのためだけではない。
読書欄、家庭欄、評論やエッセイ、小説と、電波にない、厚みがある。
テレビ番組だって、プログラムの一覧や、それに伴う解説は、読むと楽しい。
それに、繰り返して読むことの出来る新聞の良さは、テレビやインターネットにはない。
「じゃ、インターネットなんか止めて、元の生活に戻ればいい」と夫は言う。
5年前に時間を戻せば、私には、静かで、じっくりと本や活字と付き合う時間が出来る理屈である。
だが、時を戻すことは出来ないし、今やパソコンを捨てることも出来ない。
誘惑と闘いつつ、前に進んでいくしかないのである。
若くない私でさえ、これだけインターネットが入り込んでいるのだから、青少年の間に、爆発的な勢いで、
ITが入り込むのは当然であろう。

昨日、集まりがあって、神田神保町に行った。
早めに行って、水道橋から神保町交叉点までを歩いた。
ところが、よく知っているはずの街が、まるで別の顔をしていた。
駅からずらっと軒を並べていた、古本屋街の風景が、そこにはなかった。
学生時代、この界隈は、私にとって、実に刺激的で、魅力に富んだ場所だった。
軒並み居並ぶ本屋を、一軒一軒覗き、それで、半日過ごした。
乏しい財布と相談しつつ、一冊の本を吟味する。
どの店にどんなものが置いてあるか、だんだん覚え、その知識の広い人は、みなから尊敬された。
しかし、久しぶりに行った神田の街からは、見事なほどに、面影は消え去り、飲食店やゲームセンターの中に、
ぽつんと、数えるほどの本屋が店を開けているだけだった。
すずらん通りも、様変わりしていたが、専門的な本屋が、数軒残っていたのは嬉しかった。
本を漁る学生の姿は、あまり見かけず、もうそうした風景は、大学の街からも、なくなりつつあるのだろう。
冨山房の地下にある喫茶店に入り、数人で連句を巻いた。
昼食時から夕方近くまで。
本を持って、一服しに入ってくる客の姿もあった。
たっぷりと美味しいコーヒー。
軽食も、ケーキも、安めで、店の雰囲気も良かった。
終わって、折角だから本屋を覗いていくという友人と別れた。
東京にいながら、神田とは縁が薄くなってしまっているが、懐かしい気分を味わい、少しホッとした。
薄暮になりつつある道を、今度は御茶ノ水駅に向かって歩いた。



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