リルケ 「秋の日」 富士川英郎訳 主よ 秋です 夏は偉大でした あなたの陰影(かげ)を日時計のうえにお置きください そして平野に風をお放ちください 最後の果実にみちることを命じ 彼等になお二日ばかり 南国の日ざしをお与えください 彼等をうながして円熟させ 最後の 甘い汁を重たい葡萄の房にお入れください 三年前の秋、私は、心に深くとらわれていたことがあって、虚と実の間を彷徨っていた。 毎日の生活は、平穏に流れ、私は、料理を作ったり、テレビを見たり、人と会えば元気に話をしたり笑ったりした。 心の中は、人には見えない。 笑顔の中に、涙が隠されていることも、気づかない。 私は人からは、いつも積極的に、物事に立ち向かい、言うべきことははっきり言い、コワイ物知らずと思われていた。 だから、この人には何を言っても大丈夫と人に思わせるところがあったらしく、時に、グサッと来ることを、言われるということが少なくなかった。 そんなとき、私は何日か、眠れぬ夜を過ごすのだが、言った相手は、そんなことは夢にも思わない。 いつ会っても、私は元気で笑っている私なのであった。 だが、そんな私の、別の面を知っている人も、いなかったわけではない。 表面張力が限界に達した時、コップの水があふれてくるように、私は、人に会いたくない状態になった。 秋に入ったばかりなのに「冬眠」と称して、自分の中に逃げ込んだ。 行くはずの会合にも欠席し、その頃頻繁に遣り取りしていた人のメールにも、返信しなかった。 でも、日常の私は、相変わらず、家族のために食事を作り、家の中を整え、時計の針のように、規則正しく、動いていた。 庭の金木犀が花を付け、一面香りを漂わせる時期になった。 そんなとき、メールで、上の詩が送られてきた。 私の「別の面」をよく知っている人であった。 本文は何もなく、詩だけがあり、「リルケ」とあった。 私は図書館に行き、リルケの詩集を探した。 この「秋の日」という詩には、いくつかの訳があり、送られてきたのは、富士川英郎訳だとわかった。 片山敏彦でも、高安国世でもなかった。 そして、送られてきたのは、詩の前半部分なのであった。 いま 家のない者は もはや家を建てることはありませぬ いま 独りでいる者は 永く孤独にとどまるでしょう 夜も眠られず 書(ふみ)を読み 長い手紙を書くでしょう そして並木道を あちらこちら 落着きなくさまよっているでしょう 落葉が舞い散るときに 私はその人への返信に、この後半部分を書いて、送った。 メッセージは何も付けなかったが、合わせればひとつの詩であった。 便箋であれば、私の熱い涙がシミを作り、手書きの文字が、さまざまに揺れていたかも知れない。 秋の色が深まり、日が短くなり始めていた。 詩の前半を送ってきた人と、後半を返した私とは、わけあって、「鼬の道」の間柄になったが、私の心には、リルケの「秋の日」前半部分が、しっかりと、位置を占めている。
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