沢の螢

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黄昏れて
2004年06月14日(月)

2年前にシベリア横断旅行をしたときのこと。
女が単身で行く場合は、しっかりしたツァーに参加するのがいいといわれ、ロシアは初めてなので、少し値は張るが、シベリア鉄道を全線乗るというプログラムに、参加した。
15人の参加者はほとんど女性、グループや姉妹もいたが、単独参加も何人かいた。
その中で、古希を迎える年頃の女性が二人いた。
そのうちのひとりとは、相部屋だったし、もうひとりもなぜか気があって、3人で行動を共にすることが多かった。
15日間のツァーなので、同室の人とは、かなり親しくなり、個人的な話もするくらいになった。
40代の初めに、夫を亡くし、娘を抱えて、悲しみにひたる間もなく生きてきたが、もう娘もお嫁に行ったし、この15年くらいは、山歩きや、海外旅行を楽しんでるのと言う話だった。
そのうちに、彼女には、ボーイフレンドがいることがわかった。
山やスキーのツァーに行くうちに、親しくなり、この何年か、恋人同士と言っていい間柄だという。
そちらも連れあいを亡くし、似た境遇と言うこともあって、付き合っているが、結婚するつもりはないのだという。
「だって、私くらいの年になると、いろいろなしがらみがありすぎて、簡単にはいかないわ。旅行したり、ときどき会って話しをするだけでいいの」と彼女はいい、旅行も、同じツァーを別々に申し込んで、偶然一緒になった形を取るのだということだった。
「主人が亡くなって、10年くらいしてからかしら。スイスで、湖を見ていたら、突然滂沱の涙が出てきたわ。傍に誰も居なかったから、思い切り泣いた。そのとき、もういいと思ったの。彼に会ったのはそのあとよ」
シベリア鉄道の車中で、真っ赤な夕日を眺めているうちに、そんな話をしたくなったのだろう。
「あなたは奥さんだけど、あまりそれクサくないわね。だから聞いてもらいたくなった」とも言った。
彼女とは、旅行が終わるまで、車中でもホテルでも、相部屋で過ごしたが、旅慣れした彼女の、つかず離れずの付き合い方は、大変有り難かった。
15日間、不快な思いをすることなく、良い関係を保ちながら過ごした。
日本に帰ってきてから、一度写真を送ってきた。
「これは私が勝手に送るのですから、どうぞお気遣いなく」と添え書きしてあったが、私は、南米時代に買ってあった、銅画の小皿を2枚送った。
それきり、どちらも音沙汰無しである。
「また、どこかのツァーで逢うかも知れないわね」と言いながら、成田で別れたが、今も、旅行を続けているだろうかと、思い出す。
そして、恋人は・・。
人生の黄昏に入って、大人の付き合いの出来る人は素晴らしい。
今頃こんな話を思い出したのは、最近、私の周りでも、似たような話があるからである。
家の近所に、5年前に奥さんを亡くした人がいる。
男1人暮らしで、70代後半、寂しいだろうな、不自由だろうなと思っていたら、そんなことはない。
市内のカラオケサークルで、活躍中である。
そして、最近、そのカラオケサークルの先生という女性が、そのうちの2階に引っ越してきた。
夫が家の前の道路を掃除していたら、引っ越しの挨拶をされたらしい。
「ビックリしたよ」と、夫は、ちょっと興奮していた。
「人生、2度ならず3度も4度もあるわけね。あなたも、私に先立たれたら、そうする?」というと、夫は、返事をするのも面倒だと思ったのか、どこかに行ってしまった。



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