沢の螢

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五月になって・・
2004年05月01日(土)

知人の奥さんが亡くなり、その通夜に行く。
知らせがあったのは、昨日だった。
私は、おととしの秋から1年あまり、その人が主宰する連句の会に参加していたのである。
以前、その会に連句を教えに行っていた人が、都合で行けなくなり、私に誘いがあった。
もちろん、私は教えるような立場ではないし、柄でもないので、「お仲間として参加させて下さるなら」とはじめに断って、月に一度、神奈川県S市まで、行くようになったのである。
メンバーは、全部で6人ほどの小さな会。
心優しい人たちばかりで、愉しく和やかにお付き合いしてきた。
昨年春、その人の奥さんが悪性腫瘍で手術し、一旦はよくなったかに見えたが、2ヶ月ほどして再発、再入院した。
それからは、一進一退の状況だったらしい。
昨年暮れ、看病に専念したいから連句をやめたいと言われ、解散した。
その後、病状を訊ねるのも憚られるので、そのまま音沙汰無かったが、昨日来た突然のメールが、訃報だった。
奥さんの学生時代の友達が、私の連句仲間なので、相談して、今日の通夜に行くことにした。
式場に赴くと、喪主の連句会で一緒だった女性が受付を手伝っていた。
目礼して、通夜の席に着く。
読経が始まり、親族に続いて、焼香する。
遺影の主とは、面識はなかったが、明るいふくよかな感じの人。
妻を亡くした人の心中を思いやると、胸が詰まる。
老後を愉しく過ごしたかったに違いないのに、昨年、癌が発見されてから、行ったハワイ旅行が、最後の思い出になったようだ。
今年の年賀状には、「いずれ落ち着いたら、連句も、再開したいと思っています」とあったが、その言葉は、どういう意味だったのか。
分野が違っても、自身が医者の身、妻が不治の病と悟りながらも、奇跡を信じていたのか。それとも・・。

私の所属する連句の集まりには、連れあいを亡くした人が結構いる。
多くは、高齢になって、夫を亡くしたケースだが、最近は、奥さんに先立たれる人が増えてきた。
それも、癌などの病気で、まだ、充分余命を残しての年令である。
私の仲間にも、奥さんを亡くした男性が二人いる。
1,2年は悲嘆のあまり、会にも出てこなかったが、気持ちが落ち着き、時間が経つと、復帰してくる。
「あなた達と喋ってると、気が紛れていいよ。家に帰ったって、待ってる人がいないんだもの」
などと言って、我々女どもの、下らないお喋りに付き合いながら、結構愉しんでいる。
今までそばにいたひとが、突然居なくなると言う現実。
癒してくれるのは、時間だけである。
風薫る5月。
その最初の日に、人の不幸の儀式に立ち会うことになった。



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