沢の螢

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おいとまを
2004年01月02日(金)

テレビドラマ「向田邦子の恋文」を見る。
久世光彦演出、山口智子主演。
いつも向田邦子の作品を構成あるいは翻案したドラマを、正月作品として久世が作ってきたが、今回は、いつものドラマと違う。
向田の妹が、姉の隠されていた恋の話を書き、それをもとにドラマになっている。
向田は、生涯独身のまま、50歳を過ぎたばかりの若さで、飛行機事故で死んだ。
すぐれたテレビドラマを多く書き、エッセイを出し、そのうち小説を書いて、それが直木賞を取った。
事故にあったのはそれからしばらくのことである。
作家としては脂がのって、上昇気流にあり、これからまだまだ沢山の作品を書き、ドラマも見せてくれるだろうと期待されながらの死であった。
私は向田邦子のドラマも、著作も好きで、昭和50年代半ばまでの「あ・うん」「阿修羅のごとく」「幸福」などのテレビドラマは、今でもよく覚えている。
久世光彦は、彼女が亡くなってから毎年、正月に向田ドラマを放映してきたが、昨年だったかその前だったか、もう向田ドラマは終わりにすると宣言していた。
しかし、向田の妹が書いた本は、いたく久世の心を揺さぶったのか、今回久々のドラマとなった。
いつも出てくる田中裕子は今回登場せず、山口智子になったのは、面差しが似ているからかも知れない。
知的な美貌の主なのに、向田には、恋の噂もなかった。
しかし、実は、彼女には、たったひとり愛した人がいたらしく、ひそかに保存してあった恋文を、死後20年以上経って、その妹が明らかにしたのだった。
ドラマはドラマ、そこに描かれたことがすべて事実そのままではないだろう。
しかし、彼女の一途な恋の深さは、何げないエピソードの積み重ねから、よく伝わってくる。
恋人の母親役で出てくる樹木希林のうまさ。
このドラマが成功しているのは、彼女の存在感が大きい。
病気で半身不随の体になり、妻子と別れて母親と暮らす男。
その男のもとに、仕事の合間を縫って、訪れる邦子。
ある時母親が言う。
「あなたが居なければ、あの子はしっかりすると思う。あなたに頼って、すっかりダメになってるのよ」
呆然とする邦子に母親は言う。

おいとまをいただきますと戸を閉めて出てゆくようにゆかぬなり生は

これは斉藤史の歌である。
それを聞きながら邦子は「私もあの人に頼ってるんです。私には必要なんです」という。
母と恋人。
ふたりの女が、ひとりの男にかける愛の形の違いと深さ。
ずしんと来る場面だった。
男は、やがて自ら死を選び、その母と邦子は、共にこの歌を反芻しながら、それぞれの涙を流すのである。
向田邦子が30代初め頃の話だったと言うが、彼女の文章のどこにも、書かれていない。
向田ファンとしては、彼女にそんな体験があって良かったと思う。
そんなことがあったから、あれほど人情の機微に通じたドラマが書けたのであろう。



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