沢の螢

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読書する女
2003年10月06日(月)

2,3日前に電話したとき、母の声が元気がなかった。
私が骨折して以来、行ってないので、「近々行くからね」と言っておいた。
今朝、電話をして、「今日か明日行こうと思うんだけど」というと、「明日は歯医者に行くから、今日の方がいい」というので、午後から行くことにした。
電話を切ったと思ったら、すぐ母から掛かってきて「廊下の本箱に五木寛之の『大河の一滴』があるはずだから、探して持ってきて」と言う。
3年前まで、父母は私の家で暮らしていたが、その部屋は、そのままになっている。
庭に面した広い廊下には、父の本箱があり、それも、そのまま置いてある。
「大河の一滴」は、母が読みたいというので、文庫本になったものを、私が買ってきたのだった。
一度読んだが、また読み返したくなったらしい。
本箱からそれを抜き、ほかにも、気軽に読めそうな数冊を取り出した。
母の元へ行くのは、午後からお茶の時間を挟んで、夕食前までの頃がよい。
昼食を済ませ、そろそろ行こうかと支度をしていたら、母から電話。
「今雨が降っているでしょう。滑ると危ないから、今日はやめた方がいいわ」と言う。
確かに、明け方から小雨が降っている。
母には、「捻挫」と言ってあるが、私の足を心配しているのである。
でも、最初に掛けたとき、そんなことは言わなかった。
あるいは、誰かほかの人が、行くことになったのかも知れない。
母は、自分の娘達であっても、複数の人間が、鉢合わせすることを好まないのである。
90歳になってもなお、母はゴッドマザーを演じたいのである。
しかし、言われたことだけ素直に受け取ることにし、「じゃ、今日はやめるわ。また、2,3日中に行くからね」というと、母は安心したように、電話を切った。

母はもともと、そんなに読書をするひとではなかった。
父のほうは本がなければ1日も生きられないような人だったので、戦後の混乱期にも、狭いアパートに、父の本箱だけは、場違いなスペースを占めていた。
私が小学生の頃、忘れられない記憶がある。
多分、冬の夜遅くだったと思う。
話し声がするので、目が覚めた。
火鉢を囲んで、父が母に本を読んでやってるのだった。
縫い物をしながら母は、ぽろぽろ涙をこぼしていた。
読んでいる父の声も、涙にくもっていた。
何か、声を掛けてはいけないようなものを、子供心に感じて、私はそのまま、また目を閉じた。
あとで、その本が、上林暁の「聖ヨハネ病院にて」であったことを知った。
私の目に映る母は、いつも父と私たち4人の子どものことで、忙しく働き、ゆっくり本を読んでいる姿を見たことはなかった。
だから、読書などしない人かと思っていた。
でも、冬の夜に垣間見た父母の姿で、母も本当は、本が好きなのだと知った。
この数年の間に、父は本を読む力がなくなり、その代わりのように、母は本を読んでいるらしい。
いつか行ったときも、母のベッドのそばには文庫本が置いてあり、見ると「啄木歌集」だった。
「退屈なときに、読んでるの」と母は、悪いことをして見つかった、子どものような表情をした。
文庫本は、疲れるに違いない。
後で図書館に行き、「大河の一滴」が大型活字本になっていたら、借りてこようと思った。



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