沢の螢

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祭りのあと
2003年10月05日(日)

骨折で家に引き籠もっている間も、インターネットの連句は続けていた。
こんな時、パソコンを覚えていて良かったと思う。
居ながらにして参加できる、インターネットの有り難さを感じる。
全快するまで、出かけての座に参加できないとなると、ネット連句だけが頼りである。
今7人での付け合いのほか、独吟もやっているが、もしこういう物がなかったら、かなりつらい日々だったと思う。

今日は、座の連句にも復帰するべく、骨折以来45日ぶりに、深川の連句に行った。
ここでは、参加者は多いときで25人、最近少し減っているようで、今日は11人だった。
私はくじ引きで、6人の席に配され、歌仙に参加した。
終わったのが6時過ぎ、それから食事に行くという人たちと、小さな飲み屋に付いて行き、久方ぶりに会話と酒も愉しんだ。
飲み屋では、5人という気安さもあって、最近問題になっている訊かずもがなの話も聞いた。
風の便りに入ってきた、別の人の話と比較して、自分なりの判断材料を持つことが出来て、大変良かった。
人の口から語られる話というのは、錯綜して、少しずつ違っており、こういうことは、情報が多いほどよい。
もはや解決済みのことであり、やがて公式見解が発表されることではあるが、そこに大きく関わった人の口から、直接経緯を聞くことが出来て、見えてきたものもあった。
その人と、帰りの電車が一緒だった。
来週に迫っている行事の話などをしながら、電車に揺られていた。
5,6年前までは、ふざけたことを言い合っていた仲間だった。
その人が、時の成り行きで、重い役を持つことになり、今、心労の多い立場にいるのだった。
そのことには、お互い触れなかったが、大変だろうなと、その心の内を想像した。
私のほうが先に乗換駅に着いた。
降りるとき、彼は「ホームの先に、エレベーターがあるから、利用するといいよ」と、教えてくれた。
その人は、私の骨折のことは、誰かから聞いていて、いたわってくれたのだった。
折角教えてくれたからと、エレベーターのほうに行きかけたが、思い直し、階段を使って、電車を乗り換えた。
昨日は美容院、今日は連句と、2日続けての外出だったが、それ程の疲れは感じない。
まだ足は引きずるが、それも、やがて直るだろう。
昨日、美容院の帰りに靴屋に寄り、医療用の靴を買おうと思ったが、それよりも、普段の履き慣れた靴で慣らす方がいいと考え直し、買うのをやめた。
昨年、中国旅行の際、馴染んだ靴がある。
今日はそれを履いて出た。
骨折経験者が何人かいて、医者よりも有益なアドバイスをしてくれた。
明日は、両親の顔を見に行こうと思う。



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