沢の螢

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半角の距離
2003年09月25日(木)

半角の距離で付き合う利口者

これは、どこかの連句座で付けた私の句である。
パソコンに縁のない人もいたので、解らないかも知れないと思いつつ出したが、インターネットとは無縁でも、ワープロはほとんど出来るらしく、すぐに採ってもらった。
大人の付き合いというのは、まさにこうしたものなのであろう。
「あなたは人と深く付き合おうとするから、すぐに傷つくし、相手にとって、負担になるのよ」と言ったのは、飲み友達の一人である。
「あなたの歳で、そんなにピュアでいられる人って、珍しいわね。それで過ごしてこられたんだから、むしろ幸せね」と言ったのは、何かにつけて、相談役になってくれる年上の友人である。
ずっと定年まで社会の一戦で働いてきた人たちから見ると、私は、人生経験が乏しく、人づきあいが下手で、いつまでも子どもだと言うことになるのであろう。
自分に非がなくても、何かあったときの原因になってしまうのは、それだけ、立ち回り方が稚拙だからであろう。
だから、そんなことをよく知っている人は、私のような人間をあおり立てて、自分は表に出ずに、代理戦争をさせるのである。
最近、そういうことが、やっと解ってきた。
現在、私の周辺では、ひとつのことを巡って、侃々諤々の事態が起こっているようである。
私に足の骨折というアクシデントがなければ、その中に巻き込まれていたかも知れない。
幸いというのか、ひと月、人里から離れていたお陰で、ホットな現場に立ち入らなくて済んでいる。
ところが、私の足の快復を待っていたように、その現場に引きずり込んで、旗振りをさせようという誘いがかかってきた。
一見正義の旗印のようであるが、本当は、それぞれの権力の争いに、私のようなおっちょこちょいを利用したいのである。
シュプレヒコールには、声の大きな人が必要だし、正論を吐きたがる私なら、すぐに乗ってくると、見ているのであろう。
冗談じゃない。
無視することにした。
権力には、無縁のところにいたい。
私は利口者ではないが、このことに関しては、正確な情報を持たないことを理由に、半角どころか、全角の距離を置くことにした。
私にとって大事なのは、自分にとっての正義は何かと言うことである。
心の自由を何より大事と考え、それを損なう相手には、戦いを辞さないが、目標は高く置きたい。
今、周辺で起こっていて、百家争鳴のごとく聞こえてくる現象は、私の価値観から言うと、戦いに値しない。
だから、参加しないのである。
昨年、事柄は違うが、似たような現象があった。
私は海外旅行に行っていて、そこから距離を保つことが出来た。
今回は、足の骨のお陰で、こちらの意志とは関係なく、浦島太郎になっている。
私が現場に登場する頃は、事態も、かなり変わっているであろう。
しかし、こんな風に、自分の身の振り方について、少し慎重になってきたのは、元々の私の性格から言うと、決して良い傾向ではないのである。



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