沢の螢

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崩れた薔薇
2003年09月23日(火)

昨年、私の誕生日に、息子夫婦が、花瓶に入った真っ赤な薔薇を贈ってくれた。
それは、本物の薔薇の花を、特殊な加工をして、そのままの色と形を保ったまま、薄い灰緑の花瓶に活けたものだった。
「これは造花じゃないんですけど、水をやらなくていいんです」と息子の妻が言い、食堂とキッチンの境にある棚の上に、飾ってくれた。
そこは花瓶の置く場所で、時々花を生けたり、花の代わりに、果物の鉢を置いたりしていた。
人が歩くそばではあるが、そこに花があることで、キッチンの目隠しにもなり、対面式の流し台の奥から、居間と食堂が、花瓶越しに見えて、いい雰囲気を醸していた。
それが、今日、花瓶ごと床に転がってしまったのである。
花瓶のそばには、果物鉢があり、夫は買ってきた林檎をそこに入れようとして、花瓶に腕が触れてしまったのだった。
水の入っていない花瓶はガラスや瀬戸物ではなく、軽い樹脂のようなもので出来ていて、簡単にひっくり返ってしまったのだった。
その時の夫の一声が「こんなとこに置くほうが悪い」だった。
私は、床に転がった花瓶を起こし、バラバラに崩れた花を拾いながら「そんな言い方はないでしょう」と言った。
今まで、10数年、花瓶の置く場所だったところである。
「そこに花があると、君の顔がほどほどに見えて、丁度いい」なんて、冗談を言ったのは夫である。
場所が悪ければ、前からそう言って、置き場所を変えればいい。
それに、過ちだとしても、そんな言い方はないだろう。
「あ、悪かったなあ」と言えば、こちらも「こんなところに置かなければ良かったね」と言える。
最初に夫が、自分の過ちを、人のせいにしたことで、私は、口をきく気がしなくなった。
他人ならこんなことはない。
すぐに謝るし、相手も、咎めるよりは、むしろ、慰める対応をするだろう。
それで、お互い、傷つかずに済む。
なまじ夫婦だから、そんなことになるのである。
しかし、夫はその直後に、卵を二つとり落としてしまった。
もともと不器用な人なのである。
にわか主夫になって、ひと月、買い物も、洗濯もしてくれて、私の足を庇ってくれているが、大分疲れが出ているのだろう。
花瓶を落としたことで、自分もショックを受けているのである。
そして、思わずいってしまった一言が、私を傷つけたことも、わかっている。
そんな気持ちの動揺が、卵なのだった。
何か言ってあげればいいのだが、私は、黙っていた。
そんな気になれなかった。
崩れた薔薇は、わたしの心のような気がしていた。
「この卵、どうしよう」というので、「何かに入れておけば、オムレツにでもするから」と、そっけなく答えた。
ケンカの時、私は言うべきことは言ったあとはダンマリを決め込む。
何日でもそれで通せる。
夫のほうは、黙っていることに耐えられない。
ケンカの原因とは関係ないことを、あれこれ話しかける。
それに対し、私は最小限の返事はするが、決してこちらからは話しかけない。
若いときは、もっと、ホットなケンカをした。
さすがにつかみ合いには至らないが、激しく言い合った。
その間にあって息子は、どちらにも付くことが出来ず、子どもの時は、それなりに苦労したようである。
だんだん歳をとり、二人とも、ホットなケンカをする情熱がなくなり、気まずくなると、自室に入って、それぞれの世界に閉じこもる。
今や、家庭の平和は、スペースの問題である。
なるべく顔を合わせないように、空間があることが必要条件である。

夫は、卵を片づけると、午後からの外出の支度をするべく、2階に上がっていった。
私は、無惨に崩れた深紅の薔薇の花びらを、一枚一枚テーブルに広げ、少し涙をこぼした。



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