沢の螢

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ギブスよさらば
2003年09月17日(水)

今月いっぱいは、ギブスをしていて下さいと言われていたが、今日整形外科に行くと、「もう外しましょう」と医師の手で、ギブスが外された。
レントゲンを撮る前だったが、足をあちこち触ってみて、もう大丈夫だと、判断したのだろう。
私の表情が、余程嬉しそうに見えたのだろうか、「でも、しばらく包帯はしててもらいますよ」と言われ、レントゲンを撮る間、裸足で、待っていた。
私のギブスは、かかとを包むために、足の底から外側を包んだだけの簡単なもの。
折った骨は小指から少し上の、一番外側の部分だが、かかとを固定しないと、その部分に力が加わるからであろう。
確かに、そんな簡単なギブスでも、どうしても歩かねばならないときは、これで患部が保護されていることがよくわかった。
包帯を取ればはずれるので、シャワーを浴びたり、足がむくんだときは、ちょっと外して、氷で冷やしたりした。
それでも、ギブスを付けていれば、煩わしいし、イヤでも、ジッとしていなければならない。
暑いときは、汗もかくので、正直、不快だった。
取れて、ホッとした。
レントゲンを撮ると、ずれはそのままだが、新しい骨が出来つつあるので、このまま時間が経てば治るでしょう、でも、骨というのは、完全に付くのにあと2週間はかかります、それまでは、気を付けてくださいと言われ、足先からかかとに掛けて、きっちり包帯を巻かれて帰ってきた。
家にはいると、今までギブスで守られていた足が、急に不安定になったようで、まだ、キャスター付きの椅子が必要だが、リハビリのつもりで、慣らしていくほかあるまい。
私をお姫様のように、大事にしてくれた連れ合いは、「急に歩いちゃダメだよ。まだ病人のつもりでいなさい」と気遣ってくれる。
今日で、26日。食事や洗濯をはじめ、あれこれ世話をしてくれた連れ合いも、大変だった。
完治したら、おいしいものでも食べに行きたい。
こんな事は、第三者にはわからない。
昨日、どうせ暇だからと思ったのか、私に、コンサートのチケットを電話で取って欲しいと、頼んだ人がいた。
仲良くしている人ではあるが、その無神経さにあきれてしまった。
確かに、私は、すぐに電話を取れるところにいるし、足以外は元気である。
でも、連れ合いの助けがあって、日常を過ごしているのである。
その人は、追っかけの歌手がいて、チケットを取るのに、いつも苦労している。
苦労して取った挙げ句、余分に買うことになってしまったからと言って、招待されたこともある。
でも、足の骨を折って、家にいる人間に、自分が予約時間に仕事があるからと言って、そんなことを頼む人がいるだろうか。
「医者に行かなければならないから無理」というと、「何時頃行くの。昨日行ったんじゃないの」という。
そんなことは、こちらの都合である。いちいち、人に説明する必要があるだろうか。
その時間、私がいたとしても、それを、彼女のチケッと予約に費やすことはない。
元気なときなら引き受けないわけでもないが、自分のことさえ、連れ合いに頼っている人間が、電話でひとのチケットなんか取ったりしていたら、それこそ、連れ合いに悪い。
そんなこと、想像できないのだろうか。
取れるかどうかもわからないのに。
親しさを通り越して、こんな事は、人を侮っている。
「わるいけど、お役に立てないわ」とおだやかに言ったが、しばらくこちらからは近づかないことにした。
毎日のように、電話を掛けてきて、親しくしているひとではあるが、ちょっと、距離が出来たような気がした。



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