今朝、窓から冷たい風が入ってきたので、目が覚めた。 連れ合いが、昼間小開けにしておいた窓を、閉め忘れたらしい。 まだギブスはしているが、手すりにつかまって2階に上がるのも、それほどきつくなくなったので、3日前から、2階の寝室で寝ている。 それまでは、下の居間のソファで寝ていた。 寝心地が悪く、何度も目が覚めて、安眠は出来なかった。 今日は、整形外科に行くはずが、連休あとで、込んでいそうな気がしたし、午後からは、連れ合いが夕方出かけるのにちょっと忙しいというので、医者に行くのは、明日に持ち越した。 運転免許の更新を忘れていて、ひと月経つ。 実際には15年間、ほとんどハンドルを握ってないので、免許証も身分証明書代わりに持っているだけだが、「持ってた方がいいかしらね」と連れ合いに訊くと、「そりゃ、持ってた方がいいよ」という。 足が治ったら、手続きをすることにしたが、せっかくの優良ドライバーカードが、なくなってしまう。 イギリスでの免許証も持っているが、有効期間15年、これも、切れているはずである。 日本に帰国したとき、日本の免許証の更新を忘れて一度失効している。 忘れるというのは、必要性を感じていないからで、日々運転している人なら、こんな事はないであろう。 これから生きている間に、車を運転することがあるのかどうか。 私は地理オンチだし、バックと車庫入れがダメなので、日本に住んでいる間は、自分から運転することはないような気がする。 免許を取ったのは40代に入ってからだが、試験場では優等生で、試験も一度でパスした。 何のきっかけだったか忘れたが、急に免許を取ることを思い立ち、教習所に通った。 教習は面白かったが、一度、教官のあまりの暴言に、教習中の車から降りてしまったことがある。 教習所の責任者が割って入って、その後の教習は、スムースに行った。 免許を取ってから3年位は、一生懸命運転した。 スーパーやデパートの買い物、連れあいを駅に送る、スポーツで怪我した息子を学校まで届けるなど、家族の足にもなっていた。 ただ、知らないところに行くのは、相当緊張した。 よく道がわからなくなり、道ばたに止めて、地図を見たり、バスの後ろについて行ったりした。 進入禁止の道に入って、怒られたこともある。 病気をして、何度か入退院を繰り返している間に、車の運転は、もともと向かない上に、相当のストレスになっていたことがわかった。 そのうちに、亭主の転勤でイギリスに行くことになり、海外運転免許に切り替えたものの、あちらでは、ついに運転せずに過ごした。 日本に帰ってからも、避暑地で、何度かハンドルを握った位である。 もう、運転免許などなくてもいいのだが、何かの必要性が生じたとき、はじめから取り直すのは不可能だと思うので、持っていることにした。 運転の中では、高速道路の走行は好きだった。 バックと車庫入れがないし、信号もなく、ひたすら前に進めばよい。 「旧日本軍だね」と連れ合いが笑う。 中央道の走行は、ひと頃私が半分位は運転した。 一般道に降りてから、連れ合いに変わる。 道を間違えるからである。 今は、助手席に座って、口で連れ合いの指南役を務めている。 連れ合いの方は、30年前に南米で免許を取り、今や私の運転手として、なくてはならぬ存在である。
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