沢の螢

akiko【MAIL

My追加

あつい秋
2003年09月13日(土)

このところの暑さはどうだろう。
今頃になって、酷暑の夏が戻ってきた感があるが、台風、あるいはそれに似た気象の変化から来ているようだ。
今朝、私のために、10月の新幹線の切符を買いに駅まで行った連れ合いが戻ってきて、「いやあ、あつくて参ったよ」というなり、浴室に飛び込んで、シャワーを浴びた。
家の中でジッとしている私のほうは、大きく開けた窓から入ってくる風と、扇風機で、それ程には感じない。
それでも、室内温度が30度を超えると、さすがに冷房を入れたくなる。
この夏はあまり冷房を入れずに過ごしたような気がするが、秋も半ばに入ってからの暑さはこたえる。
でも、空は秋だなあと思う。
日の光は、少し低めになっているし、雲の形も、夏ではない。

今日は新宿で連句があるはずだが、ギブスをした状態では、出席ならず。
今頃は、連句も終わり、愉しく飲んでいるのだろうと思うと、ちょっと悔しい。
飲み屋で転けたなんて、みっともないので、こちらからは言わないでいるが、それでも、日ごろ交流のある人には、だんだん伝わって、見舞いの電話やメールが入ってくる。
メールは、6月になってアドレスが変わり、限られた人にしか教えてないので、そう多くはない。
「退屈しのぎに、文音のお付き合いしますよ」とメールをくれたのは、私のネット連句の常連の一人。
ちょうど6人で、ネット連句を始めるところだったので、その人も誘うことにした。
折角だから両吟で、ネット上のあつい恋でもしようかと、ちょっと心が動いたのだが・・。
連句のいいところは、虚構の世界を、愉しめること。
舞台の役者になったつもりで、実生活では、縁のなくなってしまった恋を、たっぷりと演じることが出来る。
虚構の世界ではあるが、やはり嫌いな人とは出来ない。
両吟でやるなら、相手が心憎からぬ男であれば、愉しみは倍加する。
それには、連句の実力が、ほぼ拮抗していることも大事である。
力の差があまりありすぎると、片方が先生になってしまい、教室のようで、あまり愉しくない。
それ以上に、必要なのは、感性の合うこと。
打てば響くようなものが感じられないと、世界が広がっていかない。
ある時、私は、両吟で、これ以上得られないのではないかと思うような、充足感を味わった事がある。
自分で意識していないものが、体の奥底から引き出されたような、一種のエクスタシーに近いものを感じた。
面白いように、句がどんどん出てきた。
私にとって、最高の付け合いであった。
そんなことは滅多にない。
第一、両吟を設定すること自体が、難しい。
実力だけでない、いろいろな意味での相性があるからだ。
巻いているときは、お互いに対して、熱くなり、一種の疑似恋愛に陥っているようなものだから、ある程度のリズムと、集中力が必要である。
その状態を、終わりまで持続させるのは、それほど簡単ではない。
途中で、熱が冷めてしまうと、倦怠期の夫婦のように、中身の薄いものになってしまう。
この9年間に、わたしの両吟経験は、数えるくらい。
今年になって、一巻、巻いたが、時間ばかりかかって、お互い、あまり燃えなかったような気がする。
両吟で、感動と迫力に満ちた一巻が出来たら、その相手に、少しばかり悪いところがあっても、許せそうな気がする。
いつか、そんな機会に恵まれたいものだと思う。
4,5人での付け合いは、それ程濃密なことはない。
メンバーに、多少力の差があっても、うまく適応できるので、ネット連句としてはちょうど良い。

連れ合いは、夕方からサッカーを見に行った。
もう阪神の優勝は近いことだし、巨人ファンとしては、今年はいい年ではなかった。
明日も暑くなりそうだ。



BACK   NEXT
目次ページ