このところの暑さはどうだろう。 今頃になって、酷暑の夏が戻ってきた感があるが、台風、あるいはそれに似た気象の変化から来ているようだ。 今朝、私のために、10月の新幹線の切符を買いに駅まで行った連れ合いが戻ってきて、「いやあ、あつくて参ったよ」というなり、浴室に飛び込んで、シャワーを浴びた。 家の中でジッとしている私のほうは、大きく開けた窓から入ってくる風と、扇風機で、それ程には感じない。 それでも、室内温度が30度を超えると、さすがに冷房を入れたくなる。 この夏はあまり冷房を入れずに過ごしたような気がするが、秋も半ばに入ってからの暑さはこたえる。 でも、空は秋だなあと思う。 日の光は、少し低めになっているし、雲の形も、夏ではない。 今日は新宿で連句があるはずだが、ギブスをした状態では、出席ならず。 今頃は、連句も終わり、愉しく飲んでいるのだろうと思うと、ちょっと悔しい。 飲み屋で転けたなんて、みっともないので、こちらからは言わないでいるが、それでも、日ごろ交流のある人には、だんだん伝わって、見舞いの電話やメールが入ってくる。 メールは、6月になってアドレスが変わり、限られた人にしか教えてないので、そう多くはない。 「退屈しのぎに、文音のお付き合いしますよ」とメールをくれたのは、私のネット連句の常連の一人。 ちょうど6人で、ネット連句を始めるところだったので、その人も誘うことにした。 折角だから両吟で、ネット上のあつい恋でもしようかと、ちょっと心が動いたのだが・・。 連句のいいところは、虚構の世界を、愉しめること。 舞台の役者になったつもりで、実生活では、縁のなくなってしまった恋を、たっぷりと演じることが出来る。 虚構の世界ではあるが、やはり嫌いな人とは出来ない。 両吟でやるなら、相手が心憎からぬ男であれば、愉しみは倍加する。 それには、連句の実力が、ほぼ拮抗していることも大事である。 力の差があまりありすぎると、片方が先生になってしまい、教室のようで、あまり愉しくない。 それ以上に、必要なのは、感性の合うこと。 打てば響くようなものが感じられないと、世界が広がっていかない。 ある時、私は、両吟で、これ以上得られないのではないかと思うような、充足感を味わった事がある。 自分で意識していないものが、体の奥底から引き出されたような、一種のエクスタシーに近いものを感じた。 面白いように、句がどんどん出てきた。 私にとって、最高の付け合いであった。 そんなことは滅多にない。 第一、両吟を設定すること自体が、難しい。 実力だけでない、いろいろな意味での相性があるからだ。 巻いているときは、お互いに対して、熱くなり、一種の疑似恋愛に陥っているようなものだから、ある程度のリズムと、集中力が必要である。 その状態を、終わりまで持続させるのは、それほど簡単ではない。 途中で、熱が冷めてしまうと、倦怠期の夫婦のように、中身の薄いものになってしまう。 この9年間に、わたしの両吟経験は、数えるくらい。 今年になって、一巻、巻いたが、時間ばかりかかって、お互い、あまり燃えなかったような気がする。 両吟で、感動と迫力に満ちた一巻が出来たら、その相手に、少しばかり悪いところがあっても、許せそうな気がする。 いつか、そんな機会に恵まれたいものだと思う。 4,5人での付け合いは、それ程濃密なことはない。 メンバーに、多少力の差があっても、うまく適応できるので、ネット連句としてはちょうど良い。 連れ合いは、夕方からサッカーを見に行った。 もう阪神の優勝は近いことだし、巨人ファンとしては、今年はいい年ではなかった。 明日も暑くなりそうだ。
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