沢の螢

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舞台の裏表
2003年09月12日(金)

自民党の総裁選だの、都知事の言動に関することなど、世の中の話題はさまざまあるが、そんなことの評論や、意見は、どこぞの議論好きがやるだろうから、私は、やはり、自分が見聞きしたことを、シナリオにして、ドラマを組み立てていく方が面白い。
小さな世界でも、人が集まれば、何かしらの悲喜劇が生まれる。
渦中の人はそれなりの苦労があり、権謀術数も働かせなければならないが、外から見る分には、割に冷静に人の動きを捉えることが出来る。
主導権争い、それにまつわる人の動き、昨日の敵が今日の友、その逆もあり、興味は尽きない。
善人と悪人、昔の芝居には、見るからにキャラクターがそれとわかる装いをしていた。
しかし、現代劇は、少し複雑である。
良い人だと思っていると、これが実はとんでもない悪人だったり、見たところは、いかにもワルそのものなのに、本当は、繊細でやさしい人だったりする。
付き合いの中で、試行錯誤を重ね、何度か裏切られたり、傷ついたりしながら、だんだん自分なりの判断と、見る目を養って行かねばならない。
同性に関しては、かなりわかるし、見抜くことも出来る。
最近、私は、まえから親しくしている女性を、友達のカテゴリーから外す事にした。
誰とも親しくし、どこにでも、出かけて行き、頭が良く、才能がある。
彼女と話していると、話題が弾むし、情報も沢山持っているので、つい気を許して、こちらも、いろいろなことを喋ってしまう。
友達づきあいをするには、お互い誠実でなければならないが、1年近く付き合ってみて、彼女には、誠実さは期待できないと判断した。
私に悪意を抱く人たちとも、うまく付き合い、それは大人の知恵だからいいとしても、彼女を信頼して話したことも、向こうには、筒抜けだとわかったからである。
節操のない人は、やはり信頼できないし、友達とは呼べない。
今まで通り、付き合うが、一線を引くことにした。

それとは別に、私が直接関わっていない人たちの間でも、いくつかの対立する動きがあって、そこに、複数の人たちが絡み、勢力図が大きく変わりそうである。
そんなところに、本来権力とは無縁であるべき小さなグループまで、取り込まれて、片棒を担いでいたりする。
旗揚げ公演と見まごうような集まりに、意外な人が招かれていて、アラ、あの人は、あっちの派じゃなかったの?とビックリするが、老獪な大人達のドラマは、混沌として、行方が定めがたい。
こうなると、主役にも、悪役にもなれない人間は、己の分を守り、誰とも争わない代わりに、誰の配下にもならないという、態度を貫く以外にないが、これが案外と難しい。
人は、孤独には、弱いものである。
強がりを言って、孤高を保っていても、寂しさはいかんともし難い。
妥協して、適当なところで折り合いを付けて、どこかの傘の下に入ってしまう方が楽であろう。
でも、それを潔しとしない、私のような人間も、ホンの少数であるが、存在する。
人から見ると、可愛げがないから、あちこちで虐められるし、疎外されることも少なくない。
門戸を開いて、誰にでも声を掛けているかのような集まりなのに、「ご遠慮下さい」なんて言われたりする。
そんな中で、へつらったり、ありもしない色気で、陰の実力者に近づくのは、こちらのプライドが許さない。
人に喰わしてもらってるわけじゃあ、あるまいし。
志す道は、ただ一つ、自己の詩心を磨き、それで、勝負する。
それしかない。
あらためて、その意を強くしている。

10月の国民文化祭に行くことにした。
今朝連れ合いに指定券を買ってきてもらった。
連休初日なので、希望の時間からかなり遅い列車になってしまったが、とりあえず確保した。
それまでに、足がすっかり治るといいのだが・・。

夕べのお月見連句は、盛会だったらしい。
骨のことさえなければ当然参加してたのに。
でも、友達から様子を伝える電話があった。

流言飛語のたぐいかも知れないが、今月16日、17日を中心として、大地震があるとか。
連れ合いの処に、しかるべき筋から入った情報だが、ホントだろうか。
明日から、風呂場に水を張っておこうかと、連れあいが言った。



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