外国に住んでいるとき、自分のidentity(identidade)がどこにあるかということは、常につきまとう問題だった。 日本語ではどういう言葉がふさわしいのだろう。 自己の存在証明、身元、立場、いろいろあると思うが、この概念は、小さな島国で、個性よりも、周囲の人たちとの和を何より大事にしてきた国民性とは、ちょっと相容れないような気がする。 自分の拠って立つところ、という風に言えばいいだろうか。 老父母と暮らした3年間の中で、当初、私の考えから欠落していたのが、人間は年をとり、自分のことが出来ないような状態になっても、identityが大事だと言うことだった。 「親の介護」と一口に言うが、親ひとりの面倒を見ると言うことは、その親の背負ってきた歴史も、人間関係も、丸ごと引き受けると言うことである。 衣食足りて、済むという簡単なことではない。 どんなに立派な設備の整ったところで、一見手厚いケアを受けていても、その人のidentityを尊重するという基本がなければ、老人は、幸せではないのである。 たとえば、母が家にいたとき、盆暮れに欠かさず、届け物をする先があった。 それがどこそこの何という品物と、決まっていて、そのために、遠くのデパートに行かねばならず、正直、面倒であった。 「もう家に引っ越してきたんだから、ここから送れるものに出来ないの」と私は言った。 父も母も、我慢強い人たちである。 娘夫婦によけいな手数を掛けてはいけないと思ったようだった。 「別に、ほかのものでもいいのよ」と母はいい、「でも、家からあれが届くと思って、楽しみにしてくれている人もいるんだけどね」と、遠慮がちに付け加えた。 私はハッとした。 ただ何でも送ればいいというものではないのだ、そこには、長いこと培ってきた母達の人付き合いがあるのだと気づいた。 娘夫婦の世話になっているという意識は、十分すぎる位ある親たちであった。 でも、親たちにも、生きている間拠って立つところはちゃんとあるのである。 老人のわがままではなく、それが大事なのである。 一緒に住んでみて、わかることだった。 今、親たちは、ケアハウスにいるが、「元気にしてる?」と母から電話があったときは、来て欲しいという意味である。 でも、私に対してはあくまで、母親であることを堅持する。 それが、母のidentityである。 今朝、しばらく行ってないので、電話した。 「ちょっと足を捻挫したので、行けないでいたけど、治ったら行くからね」というと「足は大事だから、無理しちゃダメよ。よく冷やして、あまり動かさないようにしないと・・・」と、母は言った。 そして「こっちは、何かあれば、誰にでも頼めるから、何にも心配要らないのよ」と付け加えた。 実は、10日ばかり前、親戚関係で、相談事があるからと、電話が掛かってきて、そのままになっていた。 行こうと思っていたところに、足の骨折だった。 本当は、早く来て欲しいのである。 でも、母親の顔をすることで、母は少し頑張れるのである。
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