骨の痛みは大分薄れているような気がするが、まだ、床に直接足をつけると痛い。 ギブスと言っても、足の裏と膝の裏側を支えているだけの簡単なもので、これで骨を庇っていることになるのかしらと思うが、必要にして十分な機能は備えているのであろう。 昨日は、息子の妻から電話がかかってきて、骨の具合を尋ねてきた。 彼女は、10年前、結婚直前に足の指を折り、結婚式は予定通りおこなったものの、足を少し引きずりながらの花嫁であった。 細いヒールの靴を履いて出勤途中、バスから降りる際、転けてしまい、全治3週間かかったらしい。 わたしが「医者に1週間と言われたわ」というと、「えっ、そんなに早く治るんですか」とビックリしていた。 わたしの場合は、彼女より、ずっと軽症だったと言うことだろう。 でも、彼女と話しているうちに、息子が腰を痛めて、整形外科に通っていることを知った。 土曜日に電話したとき、そんなことは一言もいわなかった。 「きっと、お母さんに心配掛けたくなかったんですよ」という。 体重が増えすぎて、足に負担がかかり、それが腰痛に繋がったらしい。 「じゃ、私のことどころじゃないわ。そっちを大事にして頂戴」と言って、電話を切った。 夜遅く、今度は息子から電話がかかってきた。 「骨のほうはどう?」と訊いている。 「もう痛みもないから、あとは時間の問題よ。そんなことより、整形外科に通っているって言うじゃないの。いまからそんな事じゃ大変よ。よく養生しなさい」というと、息子は、話を逸らせてしまい、「骨を折ったり、捻挫したときはねえ・・・」と、むかし陸上競技生活をしていたときの経験談を話してくれた。 息子というのは、普段何もないときは、音沙汰なく済ませているが、いざというときは、やはり真っ先に心配してくれる。 優しいのだなあと思う。 もう17年も前のことだが、私が3ヶ月ほど入院したことがあった。 連れ合いは、一番仕事の忙しいときで、息子は浪人中だった。 受験勉強をしながら、時々母親を見舞い、留守中の家のことまで、さぞや大変だったに違いないが、息子は、私に一度もグチめいたことを言ったことがなかった。 真夏から秋にかけての時期だった。 ゴミの処理が適切でなくて、ウジがわいてしまったり、ちょうど町会の当番に当たっていて、心ない人から、回覧板の回し方が悪いと、文句を言われたこともあったらしい。 「最近、少し料理がうまくなったよ」と、枕もとで話してくれたことがあった。 「何を作ってるの」と聞くと、「とにかく何でもマーガリンで炒めちゃうんだよ」と笑っていた。 「お父さんが早く帰ったときは、御飯を作るのはお父さん、僕が後片づけ」と言った。 「勉強のこともあるのに、大変ね」というと、「イヤ、大丈夫だよ。それより早く元気になってよ」と言って、息子は帰っていくのである。 一度、しばらく姿を見せないので、心配していたら、秋口で寝冷えをしたらしく、熱を出していたという。 私は、病室から電話を掛け、「冷房掛けすぎないで」と言った。 そんなことがいくつかあり、父子の共同生活も、限界に思えたので、近所に住む友人に訳を話して、週に2度、洗濯や掃除を手伝ってもらうことにした。 ただ好意に甘えるのはイヤなので、1日幾らと金額を決め、それで引き受けてもらった。 彼女は、私が退院するまで、留守中の男二人の、洗濯掃除、そのほかのこまかなことまで、面倒を見てくれた。 病気と入院、これは私にとって、やはり人生の大きな転機となった。 医療に関しての疑問、入院生活で感じたことも沢山ある。 入院中、大学ノート3冊の記録が出来た。 いつか、まとめて書きたいと思っている。 今日は涼しい1日だった。
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