沢の螢

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骨折りの記
2003年08月25日(月)

家の中での、簡易車椅子生活も三日目になった。
この家を建てるとき、将来親たちが同居することを考え、家の中はなるべく段差を付けないようにと注文した。
13年前である。
まだバリアフリーの考え方は、それ程一般的ではなかった。
だからこちらの注文にもかかわらず、手がけた大工さんの美学で、ドアというドアには、全部敷居を付けてしまった。
「とにかく一階だけでも、平らにしてよ」と強行に言って、廊下から居間に通じる入り口と、廊下から風呂場に入るドアの部分だけ、段差をなくしてもらった。
廊下と階段は、二人並んで歩ける広さにした。
まだバブルの最中、効率と経済性が優先していた時代である。
家の作り方としては、見栄えのいい部分を犠牲にした形になったが、いまになってみると、良かったと思う。
キャスター付きの椅子で、ともかくうちのなかの一階部分は、どこにでも移動出来る。
キャスターの向きによっては、多少引っかかるところもあるが、大きな車輪の付いた本格的な車椅子なら、わけないだろう。
足を痛めたお陰で、図らずも、将来なるかも知れない車椅子生活の、入門編を体験することが出来た。
今日、早く整形外科に行った。
痛みそのものは、あまりなくなっているが、腫れは広がっているようである。
親のいる頃からちょくちょく通った整形外科は、家から車で5分くらいの処にある。
足でなければ、歩ける距離である。
月曜日なので、待合室は混んでいたが、半分以上は、リハビリや処置の患者で、初診の患者はそれ程多くないように思えた。
それでも、たっぷり1時間以上待たされた。
医者はハンサムな若先生、父親が院長をしていた頃から知っているが、いまは、若先生の時代になっている。
「ああ、これは骨が折れていますね」といい、レントゲンを撮ることになった。
結果は、左足、小指から続く骨が、折れていて、大した骨折ではないけど、このままだと変形するので、ギブスを嵌めましょうと言うことになり、その場で、ギブスを作ってくれた。
この程度の骨折だと1週間くらいで次の骨が出来て、固まる筈だけど、無理に動かしたりすると、変形してしまうので、安静にしてくださいと言われ、連れあいの車で帰宅した。
もう痛みもあまりないというと、薬も無し、あとは、氷で患部を冷やせばいいそうである。
いま思うと、骨の折れた足で、ヒールの靴を履いて、電車に乗ったり歩いたりして、よく家まで帰ってきたものだと思う。
「痛くなかったんですか」と、医者も呆れていた。
「その時歩いたから、骨が少しずれちゃったんですね」とのこと。
でも、いまのうちなら、大丈夫だからと、慰められた。
ギブスを嵌めている間は、外出は出来ない。
なるべく、足を高く上げているようにと言われて、いま、椅子に腰掛け、その先に丸椅子を置き、その上に足を乗せた姿で、パソコンに向かっている。
夕べは早く寝たし、ホームページの更新もした。元気である。
別サーバーのサイトも更新、これでホームページは、全部で4つになった。
メカに弱い私であるが、ホームページも1年半絶ち、どうやら、ソフトも使いこなしている。
HTML言語も、ごく初歩的なことはマスターした。
あとは、内容を充実させること、いい観客に来てもらうことである。
絶対人には媚びない。いやな客は、お引き取り願う。
アクセス数の多少は気にしない。
虚構性を守る。
自分のためのサイトだから、責任も権利もすべて私個人にある。
その代わり、人の指図は受けない。
文字にすると、過激になってしまうが、集団の力を頼まず、たった一人で何かをやるには、そのくらい強気でなければならない。
でも、本当に大事なのは、私自身が愉しいかどうかである。
書きたいことは山ほどある。
今度はどのコンテンツを更新しようかと考え、ページのデザインや、レイアウトを考えるのも愉しい。
この楽しみがあったお陰で、私は昨年、一番つらかった時期をなんとか切り抜けることが出来た。



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