沢の螢

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祭りの夜
2003年08月23日(土)

昨日は麻布十番のお祭りに引っかけて、連句をやるという案内をもらい、出かけた。
麻布というのは、縁の深い場所である。
連れ合いの実家があり、私も新婚時代その近くに1年ほど住んでいた。
連れあいの母は賢母というか、孟母三遷を地で行ったような人で、連れ合いが麻布中学に合格すると、それまで住んでいた芝浦から、麻布に家を求めて引っ越した。
学校には歩いて行ける距離で、住まいの近くは、十番通り、六本木にも歩いて行け、住環境としては申し分なかったようだ。
俗に十番祭りというのは、氷川神社の祭りだが、父親がお祭り好きで、その時期が来ると、地元の人たちと、祭りの準備などに働いたという。
結婚して、私たちは、連れ合いの家から歩いて10分のあたりに、アパートを借りて住んだ。
そこを見つけたのは連れあいの母であった。
私は会社勤めをしていたので、何かあると姑の知恵を借り、何かと助けてもらった。
その頃は、週6日制で、休みというのは日曜日だけだった。
日曜日の夕食は、連れ合いの家で、母や弟と一緒にすることになっていて、時には、十番通りの寿司屋に行ったりした。
十番通りは、昔ながらの店が軒を連ねていて、私も、日常の買い物はいつもそこに行った。
生鮮食品は、新鮮で、質のいい物が多く、事に魚はとびきり良かった。
昨日、何十年ぶりかで行ってみたら、ほとんどの店は様変わりしていて、昔の面影はなかったが、魚屋や、蕎麦屋など、懐かしい屋号がまだいくつか目に入った。
お祭りも、昔はもう少し地味だったと思うが、昨日行ってみたら、地下鉄の駅のあたりからものすごい人出でビックリした。
浴衣姿の女の子、歩道にビッシリ並んだ屋台、真ん中の車道は歩行者天国になっていたが、人、人、人で、前に進めない。
目的の小料理屋にたどり着くのに、20分ぐらいかかってしまった。
昔見慣れた風景とあまりにも違ってしまっていたので、道を迷いそうになり、途中で屋台の人に尋ねたが、あまり知らない人が多かったのを見ると、屋台は地元の人より、祭りを当て込んだ、業者が出張して来ていたらしい。
昔は、外からの業者が繰り出してくることはあまりなかったそうだ。
ともかく、少し遅れて会場に着き、連句に参加した。
周りの喧噪が店の中にも伝わってきて、離れた席の人の声が届かなかったが、同じテーブルを囲んだ人たちとは、愉しく、酒を酌み交わし、連句にも、人並みに参加出来て愉しく終わりまで付き合った。
ここで、離れた席の人のところへ行こうとして、たたきに降りたとき、足を捻挫してしまい、その時はあまり痛みはなかったのに、帰るときになって、靴を履いたとき、痛みがかなり来ているのに気づいた。
人と六本木までタクシーに乗り、あとは地下鉄とJRを乗り継ぎ、やっとの思いで電車を降り、タクシーで家まで帰った。
もう深夜の1時近かった。
家に入った途端、歩けなくなってしまい、連れ合いの肩にすがってやっとベッドに横になった。
骨には異常はなさそうなので、湿布をして、いまは車付きの椅子で、家の中を移動している。
今日は、立ち上がっての仕事は出来そうもない。
連れ合いにちくちく嫌みを言われつつ、パソコンに向かっている。
麻布には、もっと静かな環境の時に、ゆっくり行ってみたい。



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