| 2003年03月01日(土) |
『しつけ』(内ヒナ) |
「甘い!甘すぎる!」
突然叫んだ渋谷に、楽屋で準備したり寝ていたりした面々は何事かと目を向けた。 渋谷の隣に座ってメイクをしていた村上は、大声に驚いて声をあげていた。 「なん、なんやの?」 驚いた表情のまま渋谷のほうを向くと、肩をがっしと掴まれた。そして真剣な表情を浮かべられて何事かと構えると。 「オマエの内への態度は甘すぎる!」 「・・・・はあ?」 言ってる意味がわからないという風なリアクションを返す村上。それに苛立つような表情を浮かべる渋谷に焦りながら「そんなことあらへんよ」と答える。 「じゃあさっきのはなんや!?夢か幻か!?」 言われて、先ほどまで撮っていたものを思い出す。 一度間違ったら最初からというルールの時代劇に挑戦した。そこで内は長セリフが言えなくて悪戦苦闘していた。 最後には横山・村上二人が内のセリフを覚え、それを伝達するようにまでなっていた。 「やて、あれは甘やかしちゃうやん・・」 「はあ?あれが違ういうんかおまえは!?」 テイク13までした男を「ええよ」と慰めるオマエの態度が甘やかしてるちゃうんか!?とキレ意味に言うと「手助けしただけやん」とのんびりした返事が返ってきて、渋谷は更に険しい表情を浮かべた。
コイツは、甘やかしてる自覚ないんか?
タチ悪いやんか・・・・とがっくりと肩を落とすと、それに気付いた村上が「なんやの?」とすっとぼけたことを言うのに「オマエのせいじゃ!」と返すことも出来ずに苦笑いを浮かべていた。
「じゃあな、例えば丸山が抱きついたとする」
言って、いけと指示する渋谷に訳分からないまま村上に抱きついた。 「何すんねん!」とすぐさま鉄拳が返ってきて「痛いですよ〜」と嘆く丸山がいた。その光景を見ていた渋谷は、やっぱりな・・と肩をすくめながら 「丸が抱きついたら殴ったな、おまえ」 「やって、デカイ図体して邪魔だったんやもん」 藪くんとかなら小さくてかわいくてオッケーやけど。言う村上に「してやったり」という顔を浮かべる渋谷。 「ほんなら、内はどうや?」 「内?」 「そうや、内やってデカくてうっとおしいやん」 「まあ、確かにデカイなあ」 だけどうっとおしいと思ったことないなあ。いつも内が抱き付いてくるのを思い出しながら言った瞬間に渋谷から指差さされた。 「そこや。そこが甘やかしてるんよ、おまえは」 「どこが?」 「そこやって!丸なら殴ってるのに内ならされるがままにしてんやろ?」 「そう・・・やなあ」 「そこが甘やかしてる言うてるとこや!内だからて甘やかしてるんよ、おまえは!」 ふんぞり返って偉そうに指摘してくる渋谷に、なんやねんと思ったけれど。いつもの内とのやり取りを思い浮かべて、確かに自分は甘やかしてるんじゃないだろうかと思った。されるがままになってるし、失敗したらフォローするし。夜中だろうと電話がかかってきたら聞いてやるし。 眠い思っても、必ず付き合ってやってる自分を思い浮かべて「確かに甘やかしてるかもしれん・・」と思った。 「やっと気づいたんか!」
それからというもの、村上による「内スパルタ教育」がスタートした。 自分を見つけるなり抱き付いてくるのを「重い」と一蹴したり、甘えてくるのを「うっとおしい」とはねつけたり。 村上曰く「ひたすら厳しく」接するようになった。 ただ、はたから見たら「今までが変やったんやって!」とツッコミを入れてしまいそうなことだけれども。 それでも、村上にとっては「心を鬼にして」ひたすら接してきた。 そうして数日が過ぎた今も、抱き付いてくるだろうと思い身構えていたが、いつまでたっても重みが伝わってこない。 おかしいと思い内のほうを見ると、いつも自分に見せる笑顔が消えていた。それどころか、目があった瞬間に俯いてしまった。 どうしたのか。何かあったのか聞こうとしたけれど。これも甘やかしてるってことちゃうか?と思いなおして手に持っていた台本に目を通そうとした。 「村上くん、俺のこと嫌いになったん・・・・?」 「はあ?」 なんでイキナリ「嫌い」になったと言われるのか。さっぱりわからないと思ったけれど。 「やって、この頃僕のこと避けてるん思うし…」 言われて、やっと飲みこめた。嫌いになったんだと思った訳は、村上の「スパルタ教育」によってなのだろうと。 そら、わざと避けてるんやもん。しゃーないやん。そう思い「そんなことあらへんよ」と言おうとしたけれど。 「嫌いに、なったん…・?」 痛々しいくらいに悲しみに満ちた声音で言われて、村上は内の顔を見上げると。 目に涙がたまるんじゃないかと思うくらい、傷ついた目をじいっと向けられていて。 いつも嬉しそうな表情で飛びつく内の姿が、まったく見えなくて。 大きなカラダをめいいっぱい小さくして、しょんぼりと落ちこむ姿はまるで飼い主に冷たくされた犬のようで。 「村上くん・・・・」 名前を呼ばれて、村上は「アカン・・・」と呟いた。 「アカンわ、これ以上できひん!」 言って、内の頭をガシガシと撫でる。 「ごめんな、内」 ぎゅうっと抱きしめてやると、途端にぱあっと笑顔になってぎゅうっと抱きしめ返してきた。 そのぬくもりに安心しながら、「ごめんな」と呟いた。
「やっぱダメやったみたいですね」 少し離れたところで一部始終を見ていた錦戸は、予想通りの展開にため息混じりに呟いた。 そして、同じように見ていた渋谷を見る。きっと怒ってるんではないだろうかと思ったけれど、予想に反して渋谷は笑っていた。 「アカンやろうとは思ってたけどな」 「そうなんすか?ま、俺も内が耐えられるわけないやんとは思ってましたけど」 言うと、「違うねん」と返ってきた。 「あいつ、めちゃ辛そうな顔すんねん。冷たくされてる内よりもしてるヒナのが傷ついてる顔すんねん」 「すばるくん…・」 「あんなん見せられたら、なんも言えへんようになるっちゅーねん」 苦笑いを浮かべながら呟く渋谷に、錦戸は何も言う事ができなかった。 「ヒナのこと言えへんよなあ。俺かて、どんだけ甘やかしてるんか」 それは誰へのことなのか。聞かなくても渋谷の今の視線を見ればわかる。
ホンマに、甘すぎやん。
けれど結局は、それを黙認してる時点で自分も甘やかしてるんやろなとは思った。 村上の笑顔が戻ったことにほっとしてるキモチは、結局は渋谷と同じことなんだろう。
「ま、俺らだけでも内を鍛えてやろやないか」 「そうやね」 お互い笑って、まだ村上に抱き付いてる内を離しに立ちあがった。
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