大学の論文も無事提出して自由の身になったってことで、久々に飲みたくなってマスターんとこに行ったけど。
「あれ、マスターは?」 「んー節子先輩がまた腐ったもん食べたって病院に付き添ってる」
返ってきたのはアニの声だけ。 ソファに座った状態で顔だけこっちに向けたアニの表情は赤く染まっていて。 結構飲んでるなって思った。 アニが一人でいるなんて珍しいな。 一人でいるのが大嫌いなアニは、店に来て誰もいなかったらそのまま帰るか駅前で誰か帰ってくるのを待ってることが多い。 曰く「一人で飲んでてもつまんないから」だそうだが、俺から言わせれば「寂しがりや」なだけだと思う。
「ビール飲む?」 「ん・・・っていいのかよ勝手にやってて」 「今更じゃん」
いいからいいから、と手招きされて仕方ない素振りを見せながらアニの前に座る。 まあ、今更っていえば今更だし。俺も飲みたくて来たんだし。 それに・・・・・
「一人じゃつまんねーしさ」
笑顔で言われて、帰れるわけがないじゃん。
「じゃ、カンパーイ」
上機嫌でグラスを掲げるアニ。 そのままグッとビールを飲み込む。 それにあわせて俺もグラスを傾ける。 久々に飲むビールはほどよく冷たくて、乾いた喉が潤っていく感じでかなりおいしい。そのまま一気にジョッキを空にする。 普段はあんまり一気ってしないんだけど、今日はすっげおいしく感じるからどんどん飲みたいと思える。ビールってこんなうまかったっけ?
「うっまーい!!」
向かいのアニも俺と同じようにジョッキを空にして、満足そうな笑みを浮かべるのを見て、なんで今ビールがおいしく感じるのか、わかった。
アニがいるから、なんだろうなあ。
アニが・・・好きな子と一緒だから。目の前に座って、笑顔を見せてくれるから。 だからビールもおいしく感じるんだ。 きっと、今何を飲んでても今までで一番おいしく感じるんだろうなあ。 こうやって、アニと2人きりなんて滅多にないから余計嬉しい。 2人で向かい合って、ビール飲んで。笑い合って。 それだけで幸せになる。 きっとぶっさんがいたら「バカじゃねーの」って言うだろう。2人だけなんだから他にやることあるだろーって。 そりゃ、アニとさ、そーいう関係になれたらいいなって思う気持ちもある。 けど、そいうのなしにして、二人きりでいられるだけでいいとも思う。こうやって、目の前で笑ってくれれば。 そーいう空間も大事だって思うし。それにもし俺が打ち明けて。こーいう空間もなくなったら・・・・ 気まずくなったら、嫌だ。 だったら、今のままでいい。充分幸せなんだから。
『それじゃいつまでたっても進展しねーよ』
いいんだ、ほっといてくれ!
『これでもそんなこと言ってられんのかよ』
悪魔の格好したぶっさんが笑ったと思った瞬間。
「あーうまい」
言葉とともに赤い唇を同じように赤いものが掠めていく。 それは単に唇に流れ落ちたビールを舐めただけだったんだろうけど・・・・
うっわ・・・・・・うっわ!!!
その仕草がつい最近見せられたAVの女優が男を誘う仕草を彷彿とさせて。 思い出したくないのに、どーしても思い出してしまって。 つうか、それ以上に・・・・・AV女優なんてメじゃないくらい、色っぽくて・・・・
「バンビ?」
小首をかしげて見上げるアニを目の前に見せられて。 俺の中の線が千切れる音がした。
「ア、アニ・・・俺・・・・!」
勢いとともにその細いカラダを抱きしめようとした瞬間。
「ただいまー」
マスターの声に我に返り、慌ててカラダをソファに沈める。 アニはなにも気付いていなかったらしく、そのまま声のしたほうへカラダを向ける。
「おかえりー。どうだった?」 「腹くだしてるみたいだから様子見で1日入院」 「またかよ!」
アニとマスターの会話を聞きながら、必死に平静を取り戻そうとした。
あぶなかった・・・・あぶなかった・・・・・!!! マスターがこなかったら・・・・・ あのまま、抱きしめてたと思う・・・・・・・・
でも!!アニも悪いだろ! あんな仕草するなんて・・・そうだよ、アニがあんなことしなかったらこんな風に思わなかったよ! アニが悪い!
『そーいうの、責任転嫁っていうんだろ』
悪魔のぶっさんが苦笑いを浮かべていた。
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