| 2002年03月31日(日) |
子供の領分(純アニ) |
<よくある「校内新聞」で、野球部が取り上げられることになった。 甲子園出場するということでロングインタビューをしたい、ということらしいけれど。 クラスのやつらは羨ましがるけど、オレにとっては特に感動なんてもんはまったくなかった。 毎年この時期は野球部の特集組まれるから今更だし慣れた。というより、いい加減ウザと思ってる。 夏に限らず春秋と試合あるたびに特集だなんだと質問攻めにあえばいい加減にしろと言いたくもなる。 きっとアニキとかならうまく答えるんだろうけど、オレは元々話すのとかあんまり得意じゃないから、こーいうのはホントカンベンしてほしい。 だから部活中、毎回聞かれるありきたりな質問にうんざりしながら受け答えていたけど。
「野球を始めたキッカケは?」
ありきたりで、普通の、まず最初に聞かれるような質問だけど。 そういえば、今まで聞かれそうで聞かれたことなかったな、なんて思いながら。 ぼんやりと、『キッカケ』となった時のことを思い出した。
幼稚園の頃、オレは兄貴が大好きで、誰よりも好きで誰よりも一緒にいたいと思ってた。 幼稚園でそれなりに友達もいたはずなのに、そいつらと遊ぶよりも兄貴と遊ぶほうを優先していた。 放課後遊ぼうと誘われても「兄ちゃんと遊ぶからダメ」なんて言って、誰よりも 真っ先に帰っていた。 小さなカラダで走って走って。 兄貴は小学生だったから、自分が帰るとまだ学校なのに、それでも一刻も早く帰りたかった。帰って、兄貴の帰りを玄関先で待っていた。
「ただいま〜」 「お帰り!」
玄関先で出迎えると決まって兄貴は「またかよ」とでも言いたげにイヤな顔を浮かべていた。 そりゃ、毎日待ち伏せされてたらウザイと思うだろうな。今のオレならそう思うけど当時の俺が思うはずもなく。 兄貴が帰ってきたのが嬉しくて、ニコニコしながら兄貴がカバンを置いて遊び行くのを待ってた。
「あ、兄ちゃん!」
嬉しそうに声をあげるオレとは対照的に、兄貴は困ったような、そんな顔を浮かべている。 いつもならイヤそうな顔浮かべたまま、文句言いながら靴をはき始めるのにその日は躊躇っていたりして。 いつもと違う兄貴に、小さな俺もさすがに変に思った。 そこで初めて、兄貴の格好がいつもと違っていることに気づいた。 いつもみたいに遊んでも大丈夫な格好ではなく、俺が見たことないもので。 白地に縦縞が入っていて、胸元には「キャッツ」の文字に背中には番号「5」が入っていた。 それは今となっては見慣れたものだけどそのときの俺は初めて見た、兄貴の「ユニフォーム姿」だった。
「純。今日は一緒に遊んでやれないからな!」 「え!なんで!!」
突然言われた拒否の言葉に、俺は泣き出しそうになりながらそれでも必死に兄貴に詰め寄った。
「兄ちゃんどっか行くんでしょ!?純も行く!」 「ダメ!兄ちゃんは今日から野球チームの練習行くんだから!遊び行くんじゃないからダメ!」 野球チームと言われて咄嗟に思いついたのは、いつも田渕さんたちと公園でやってる野球のことだったので、やっぱり遊びに行くんだ!と思った。
「野球チーム!?純も行く!」 「純はチーム入れないからダメ!」 「なんで!?なんで入れないの!?」 「野球チームは小学生からしかダメなの!だから純はダメ!」 「いやだよ〜!!兄ちゃん行くなら僕も行く〜!!」
小学生からじゃないとダメということは理解していたけど、そのときの俺はとにかく兄貴と一緒に遊べないってことが我慢できなくて、とうとう駄々こねて泣き出した。
「絶対行く〜!!」 「ダメなんだってば!」 「うわーーん!」 「っ・・泣いてもダメなもんはダメなんだってば!」
泣き始めたら最後、何いっても聞かない俺をわかってる兄貴は困り果ててしまい、兄貴まで泣き出しそうになってたそのとき。
「おい、何やってんだよ早くしろよ」 「ぶっさん!!」
田渕さんが、兄貴と同じユニフォームを着て玄関に現れた。 兄貴は助けがきたとばかりに田渕さんを呼び寄せて、今の状況を説明した。
「…・今日佐々木は欠席ってことで」 「やだ!俺も行くよ!」 「じゃ、純をどうにかしろよ」 「どうにかできてたらとっくにしてるよーー!ぶっさん助けてよ!」 「助けてって…」 「ぶっさん〜!お願い!」
半ば泣きつくように田渕さんに言うと、田渕さんは俺と兄貴の顔を交互に見た後ため息をつくと、泣いてる俺のそばにやってきた。 そして、しゃがんで目線を俺と同じくらいにして。
「純は野球チームに入りたいのか?」 「…・うん。兄ちゃんと一緒にいたい!」 「そっか。じゃあ一緒に来るか?」 「ぶっさん!」
慌てる兄貴に向かって「黙ってろ」と一言いって、田渕さんはまた視線を俺に向けた。
「でもな、そうすると兄ちゃんは練習できないんだよ。純の相手してたらな。」 「うん」 「練習できないと、うまくならないんだよ。わかるか?」 「…・うん」 「そうすると、兄ちゃんはみんなよりへたくそになっちゃうんだよ。それでもいいのか?」 「……・」 「みんなからへたくそって言われて、いいのか?」
田渕さんの言いたいことはわかったけどまだ諦めきれなくて。兄貴をチラっと見ると、兄貴は困ったように笑いかけた。 その顔を見た俺は、自分の中で何が1番大事か気づいた。
僕のせいで兄ちゃんが、みんなからいじめられちゃうかもしれない。
そんなの…・・やだ。
「じゃ、大人しく留守番してくれるか?」 「うん」 コクンと頷くと、田渕さんは笑いながら俺の頭を撫でてくれた。
「小学生になったら、兄ちゃんと一緒にいられるんだよね?」 「ああ。チームにいれてやるから」 「絶対だよ!兄ちゃんと一緒にいられるんだよね!」 「ああ。いつか、純が誰よりも野球がうまくなったら。そしたらずっと一緒にいてくれるってさ」 「本当!?」 「ちょ!ぶっさん勝手に約束しないでよ!」 「いいじゃねーかそれくらい」 「いいじゃんって…・・」
「約束〜!」と大騒ぎしてる俺に、兄貴は深いため息を洩らすと肩を落としながら。
「・・も、いいよ。約束してやるよ!」 「じゃあ、指きり!」
嫌がる兄貴の手を田渕さんが無理やり上げると、俺は大喜びで自分の小指を絡めた。
「約束だからね!」
「そーいや、そんとき約束したんだっけ」
帰り道、ぼんやりと思い出した約束。 いつのまにか自分の中で約束だけが残っていて、いつしたとかなんでしたのかは忘れていた。 家に戻ると、珍しくこんな時間から兄貴がリビングにいた。 いつもならとっくに飲みにいってるのにな、なんて思ったけど、ふとさっき受けた質問が頭を過った。 そういえば、兄貴が野球したキッカケって聞いた事ない。
「なあ、兄貴」 「なに?」 「兄貴が野球始めたキッカケって何?」 「ぶっさんが野球始めたから」
さも当たり前のように返されたその答え。 なんとなくわかってたことだけど。今も昔も、兄貴がなんかはじめるキッカケは「田渕さん」だし。 野球始めるのも、高校選ぶのも。就職するのも。野球部の監督するのも。 元をただせばすべて「田渕さん」に繋がってる。 兄貴が一番尊敬してるし頼りにしてるってのは、昔からだしそうさせてくれるくらいの人だから。 わかってる。 けど、納得はしない。 俺にとっては一番身近な先輩でお兄さん的存在で。
そして何よりも一番の「ライバル」である田渕さん。
田渕さんみたいになりたいって思ったこともあった。 けど、俺は俺にしかなれないから。俺が田渕さんになれないように田渕さんも俺になれないから。 それなら、俺は俺らしく、兄貴の心に入っていこうと決めた。 それに、『約束』もあるし。
「兄貴。約束守ってよ」 「だから!それはオマエが誰よりも強くなったらだろ!?」 「強くなったじゃん」
甲子園に出場決まったし。今じゃ中込さんよりも強いと思ってる。 木更津の中で、俺よりも強いやつなんて見当たらない。絶対の自信がある。
「誰よりも、だろーが!オマエイチローよりも強いのかよ!?」 「イチローって…・プロじゃん」 「プロだろーとなんだろーと!誰よりもって言っただろ?」
だから約束はまだ無効だと騒ぐ兄貴。 そんなこと言ったらキリねーじゃんかと思ったけど、あんまり必死になってるから言うの止めた。 必死になってる兄貴は見ててかわいいとか思うから。 それに、イチロー越えるって新たな目標できたし。
「じゃあ、イチロー越えたら約束は受理されるわけだ?」 「ああ、越えたらな!」
兄貴はきっと俺が越えられるなんて思ってないから、素直に認めてるんだろう。
けど、甘いよ。
俺が誰よりも「諦めの悪い男」だって、兄貴が一番よく知ってるのにな。
狙ったものは絶対外さないって、誰よりもしってるのにな。
「兄貴、指きりしよう」 「はああ?なんで」 「いいから」
嫌がる兄貴の手をとって、指を絡めた。 そしてお決まりの言葉を言ったあと、そのまま引き寄せて唇にも誓いのキスをした。
「純!」 「走りこみでもしてこよ」
兄貴の怒鳴り声を背中に受けながら、笑って部屋をあとにした。
まあ、後三年くらいで兄貴が手に入ると思えば、今の状態も軽いもんだって思える。 あんたが自由に田渕さんとか中込さんとかと遊ぶの許すのも、あと三年だからな。
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