| 2002年03月24日(日) |
Spiral(純アニ) |
それはまだ、アニが「佐々木」と呼ばれていた頃の話。 小さな兄貴と、小さな、小さな弟の話。
「母さん、ぶっさん達とプール行って来る!」 「あら、純は連れていかないの?」 「純は泳げないから邪魔なの!」
小学校に上がって三年目の夏休み。 アニは近所にたった一つだけあるプールで泳ぐ約束したぶっさん達との待ち合わせ場所に行こうと、母親にこっそり告げてそーっと出て行こうとした。 こそこそと、小さなカラダをさらに小さくさせて、辺りを見渡しながら歩き続けた。 忍び足で歩いていき、やっと玄関まで辿りついたのでホッと胸を撫で下ろした。 しかし、ホッとして安心しすぎて油断したらしい。 目の前にあった罠に気付くのが少し遅れてしまった。
「あ!」
ガン!ガラガラ!
玄関に置いてあったバッドを蹴ってしまい、途端に大きな音が鳴り響く。 慌ててバッドを拾い、「しー!」とバッドに向かって言ってみたりして、とにかく静かにしなきゃ!と思った。 (アイツが来ちゃう!) しばらく静かにしていたけれど、なんの反応もしなかったので安心して靴を履こうとしたら。 「兄ちゃん、どこ行くの!?」 後ろから自分よりも高い声が聞こえてきて、アニはあちゃあとと顔を歪ませた。 後ろを振り向くと、アニの弟の純が泣きそうな顔で立っていた。 その手にはさっきまで遊んでいたおもちゃが握られていたので、きっと大きな音がしたから慌てて走ってきたんだろう。 そして、玄関に自分を置いて出て行こうとするアニの姿があったから、泣きそうになってるのだった。 (コイツに見つかりたくなかったのに〜) 玄関出るまでの仕草は全部、弟に見つからないようにしようと思ったからだったのだ。 弟に見つかったら、この後絶対「連れていって!」って言われるのがわかってるから。 (おまけつきなんてジョーダンじゃないよ!) この頃は当然だが「純の兄だからアニ」とは呼ばれてなく、代わりに「兆のおまけの純」と言われていた。 アニと遊びに行こうとすると必ずおまけとして純がついてきて、しかし三年も離れているのだから純が一緒に遊べるわけがなく。 毎回足手まといの純に、いい加減アニはうんざりしていた。 しかも今回はプールだ。泳げない純はもちろん幼児用のほうでしか遊べないんだから、そうなると自分まで付き添いでそっちにいかなければいけないのだ。 (そんなの絶対ぶっさん達に笑われる!) 「佐々木は小便プールだな」 なんて言って笑ってる姿が目に浮かんだアニは、なんとかごまかそうと考えた。 けれど、それより早く純があるものに気づいた。 「プール行くの!?純も行く!」 アニが持っていたバッグをじぃっと見られて、アニはがっくりと肩を落とす。 「純は泳げないから無理だろ」 「やだーー!兄ちゃんが行くなら純も行くーー!!」 とうとう泣き出してしまった純に、うんざり思うアニ。 こうなると何言っても「行く!」と一点張りなのだ。 ここでいつもなら仕方なしに連れていくのだけれど、今回は絶対に連れていきたくなかったのだった。 「・・・・じゃあ、連れて行くから早く準備してきな」 「うん!」 アニが言うと純は嬉しそうに笑顔で返事した後、急いで準備しなきゃと走り出した。 純が見えなくなり「お母さん〜水着!」という言葉が聞こえてきたのを確認すると、そぅっと玄関のドアを開けた。 純が準備している間に出て行くことにしたのだ。 いつもなら黙って出ていっても遊んでる場所を知ってる純が後から来るのだけど、今回は純もあまり行った事ないプールだ。 きっと、今回は来れないだろう。 (・・・ごめん、純) 弟の嬉しそうな顔が浮かんで、罪悪感を感じながら、それでもそっとドアを閉めて走り出した。
散々遊んで家に帰ると、玄関で涙目で自分の帰りを待ってる純がいた。 自分の姿を見るなり「兄ちゃんの嘘つきーー!」と泣き始めた。 何言っても聞かないで泣き続ける純に困り果てていると、母親が顔を出した。 「あれからずっと泣いてたのよ」 嬉しそうに準備して玄関に兄の姿がないのを見て、泣き続けていたと聞いて。 「ごめん、純、ごめんね」 自分も泣き出しそうになりながら、小さな弟をそっと抱きしめた。
そして。 アニが「純の兄だからアニ」と呼ばれるようになり、そして「野球部の監督」と言われるようになった現在。 (そーっと。そーっと・・・・) 相変わらず忍び足で廊下を歩くアニの姿があった。 この頃付き合いが悪いアニにバンビから電話がかかってきた。 「今マスターんとこで飲んでるから。たまには来なよ」 そう言われて、今まで我慢してたんだし!と自分に言い聞かせて家を出ようとしていた。 玄関まで辿りついて、ほっと安心したからだろうか、目の前の罠に気付くのが遅れた。
「あ!」
ガラガラ。
玄関にあったバッドを蹴ってしまい、大きな音を響かせた。 ヤバイと思い慌ててバッドを拾い上げる。 そしてじいっと時が過ぎるのを待っていた。 (アイツに見つかったら絶対行けなくなる〜!) 待って、何も反応がないことに安心して立ちあがろうとしたけれど。 「兄貴、どこ行くんだよ」 後ろから不機嫌な声が聞こえてきて、がっくりと肩を落とす。 後ろみないでもわかる、弟の純がふてぶてしい顔で立ってるだろう。 野球部の監督になってからというもの、遊び行こうとすると何かにつけて文句言われて言い返しても無理で。 結局それからずっとまともに遊びに行ったことがなかった。 今日こそは!と思ったのに、結局みつかってしまった。 「どこって・・・どこでもいいだろう!」 「よくない。明日も朝練あんだから」 「だから〜それまでに帰ってくればいいんだろ!?」 「そう言って遅刻したのは誰だっけ?」 そう返されて、アニは何も言えなくなってしまった。 だけどこのまま泣き寝入りなんてイヤだ!と思ってなんか言おうとしたら、上から純の笑い声がした。 「なに笑ってんだよ」 「だって・・・兄貴ちっとも成長してないなあと思って」 「なに〜!!!」 「だって、そのバッド。必ずひっかかるよね」 そう言われて、今まで握り締めてるバッドを見つめる。
そういえば、昔から毎回これによって作戦が失敗に終ってた気がする・・・ このバッド、いっつも不自然な感じで転がってたよなぁ・・・・。
「って、まさか!わざとか!」 「やっと気付いたの?」 「やっとって・・・・オマエなあ」 さらりと言われて、アニは呆れと悲しみから何も言う事ができなかった。 「まさか、小さいときからやってたわけじゃねーよな?」 「さあ?」 (うっわ、コイツ絶対やってた!) あんな小さいときからあくどい作戦を考える純にも呆れたけれど、それにひっかかり続けた自分にも呆れてしまった。 「昔は泣きながら俺の帰りを待ってたのにさあ。どこで間違ったんだか・・」 「最初からじゃないの。まあ、今なら兄貴を泣かせられるくらいになったしね」 「はあ!?俺がいつオマエに泣かされたよ!?」 「今」 「はぁ?ッ・・・・!」 言葉と共にカラダを引っ張られたと思ったら。 あっという間に唇を塞がられた。 「ん〜!!!」 それから思う存分口内を探られて(ついでに舌まで絡まされて) 息苦しさと自分のカラダがヤバイ状態になりそうで。 純の背中を叩いて訴えた。 「・・・・っハアハア・・・・オマエ、イキナリ・・・・」 キっと睨みながら言うけれど、それをさらりとかわされて、純が頬に触れてきた。 「ほら、目」 「はあ?」 「泣かせただろ?」 言われて自分の目に触れると、涙が浮かんでいたことに気付いた。 それがなんで流れたのか・・・・そう思った途端慌てて目を擦った。 「こんなの無効だ!ずっりぃよ!」 「他の手もあるけど、どうする?」 「へ?・・・いい!やらなくていい!」 「じゃあ、今度にする?」 「今度もない!一生ないっての!」 「そう?」 ムキになって答えるアニを余裕の笑みで答える純。 この時点で結果は決まってるような気がするが。 「とにかく!今日は行くからな!」 「ああ、行ってらっしゃい」 反対されると思ったらあっさり許しが出て、アニは少し驚いた。 許しもなにも勝手にいけばいいのだろうけど、この弟がこうもあっさり言ってくると逆に何かあるんじゃないかと思ってしまう。 変に構えていると、純は苦笑しながら答えた。 「この頃がんばってるしね。今日くらいはいいよ」 「そ、そうか?」 「ああ。それに・・・・」 急に無言になった純を変に思い顔を見ると、また唇を塞がれた。 今度は軽く、触れるだけのキス。 「今日はずっと、このことしか頭にないと思うし」 「な、な!何いってんの!何やってんのオマエは!」 「ん?お呪い?戒め?印?」 「はあ!何意味わかんねーこと言ってんの!?」 「ま、いいから、行ってこいよ」 「オマエに言われなくても行って来るよ!」 純が笑ってるのを見て、むかつくのと恥ずかしいキモチから早くその場を去ろうと、慌ててドアを開けて外に出る。 「飲みすぎんなよ」 「言われなくてもわかってるよ!」 答えて、強くドアを閉める。
ドアを閉めて歩いて行こうとして。 ふと、さっきの純の唇の感触を思い出してしまった。 『今日はずっと、このことしか頭にないと思うし』 「うっわーー!!なしなし!!」 唇をごしごしを拭うと、早くその場を去りたくて走り出した。
けれど。
「なんか、今日アニ変じゃねー?」 「な、な何いってんの!?なんでもねーよ!」 「顔赤いし」 「なんでもねーってば!」
結局は純の思ったとおりになったのだった。
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