やがて竜はある墓石の前で足を止めた。
『九条家之墓』
(ああ、やっぱりそうか・・・)
あらためて瞳にする彼女の墓碑銘はフィリップの胸に翳を落とす。
「四十九日には、まだ少し早いがな、花屋で妹の好きな花を見付けたついでだ。 「ついで」・・・は余計だったか?九条。」
花立は空だったが、 墓前にはピンクのデイジーの花束が手向けられており、 残っている線香の欠片も比較的新しい。 彼女の家族か・・・ 或いは『美人』だった彼女に密かに好意を寄せていた同僚の誰かが捧げたのかもしれない。
竜は先刻の家族の墓と同様に打ち水をし、 花立にフィリップが持っている花束からフリージアを数本抜いて供え、 蝋燭と線香を手向けた。
しばし瞳を閉じて合掌した後、墓石の方を見つめたまま竜はフィリップに尋ねる。
「九条は間違っていたと思うか?フィリップ・・・」
「照井竜・・・。」
「最終的に彼女はガイアメモリの力に侵食され、もう人間には戻れなくなってしまった。 だから、もちろんあれは正しい選択では無かった。 だが・・・俺もシュラウドに出会ってアクセルドライバーを貰わなければ、 間違いなく九条と同じ手段を選んでいた。」
項垂れた竜の両肩が小刻みにブルブルと震え始め、右拳がギュッと硬く握り締められる。 奥歯で噛み潰された様な言葉が彼の喉の奥から悲痛に絞り出された。
「俺がこの1年間、この風都を離れていたのは、 一刻も早く『ガイアメモリ』を手にして、 『W』のメモリの男に復讐したいと云う、 どうしようもない渇望からムリヤリ逃れる為だった・・・!」
九条綾の墓前で風に揺れる無邪気な黄色い花の甘い匂いに、 フィリップは噎せ返りそうになる・・・。
『WASP』『WOODCOCK』『WRY』・・・など、 『W』の頭文字が付くメモリは幾つか作ったが、 その中に竜の家族を凍死に至らしめた能力を保持していた物は無い。
だから竜の敵である男が持っている『W』のメモリを作ったのは、 フィリップの前にミュージアムの研究所に居た人間に違いないが、 九条綾を復讐鬼に変えた『トライセラトップス』のメモリは、 フィリップが作った物だった。
“彼女・・・ 『ガイアメモリ』なんか手にしなければ、きっとすごく良い刑事だったと思うんだ!” 真倉俊の言葉がフィリップの耳の底に甦る。
拳銃しかり、 この世界に蔓延るあらゆる種類の武器と同様に、 『ガイアメモリ』も作る人間では無く、 使う人間に罪が有るのだとミュージアムの研究所に居た頃は信じていた。
まるで無邪気な子供の様に何の罪悪感も無く・・・
これまでもフィリップが作ったメモリは、 手にした人間をドーパントに変え、 彼らが傷付けた人々、壊した建物・・・など、 必ず残酷な結果を伴いながら何度もフィリップの瞳の前に現れた。
さぁ数えろ! 此処にも1つ お前の罪がある・・・と。
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