『鳴海探偵事務所』の床に座って、 お気に入りのハードカバーの本を捲っていたフィリップは、 ガチャッ!と云うドアが開く音と同時に、 空気に漂って流れて来た甘い香りに、ふわ・・・りと鼻腔を擽られ、顔を上げた。
「照井竜・・・また来たのかい?」
おなじみの来訪者は黒いレザーのジャケットに同色のレザーパンツを身に着け、 右手に黄色いフリージアの花束を持っている。 花の本数は2〜30本と云う処か・・・
竜は、まるで自分の事務所でも有るかの様にズカズカと入り込み、 (これはいつもの事だが・・・) フィリップのすぐ傍に立つと頭上から問い掛けた。
「左と所長は留守か?」
「ああ、二人ともペット探しの聴き込み捜査に行ってる。」
「そうか・・・ なら、一緒に来い、 ちょっと俺に付き合ってもらいたい。」
フィリップは一瞬、 訝しそうに眉間に縦ジワを寄せたが、 眼前の竜の姿を上から下までジロリと一瞥した後、納得した様に肯いた。
「・・・判った。」
「ほぅ?今日は、やけに素直だな?」
「俺『と』付き合え・・・だったら、即、断らせてもらうけどね・・・」
フィリップは左の指先で自分の下唇をつぃ・・・と撫でると、
「キミのジャケットのポケットには『線香』が入っている、 そして右手にはフリージアの花束。 ・・・と云う事は、これからキミが行く先は誰かの墓参りに違いない。 身内でも無い僕をわざわざ連れて行きたがるからには、 それなりの理由が有っての事なんだろう?」
フィリップの指摘を聴いた竜は唇の端を満足そうにフッと上げた。
「頭の良い人間は察しが速くて助かる。 こっちがいちいち説明する手間と時間が省けるからな。 じゃ、早速、俺『に』付き合ってもらおうか?」
「別に構わないよ、 いくらキミでも墓前で不埒な真似をする人間とは考えられないからね。」
翔太郎が聴いたら、 猛烈に怒り狂ってたちまち巨大化しそうな答えを返すと、 フィリップは防寒用にグレーベージュのジャケットを羽織り、 事務所のドアに鍵を掛けて外に出た。
あらかじめ竜が用意していたらしいハーフサイズのヘルメットを被って ディアブロッサの後部席に跨ると、竜はエンジンを掛けてバイクを発進させた。
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