Monologue

2010年02月25日(木) Pの記憶/小さな恋のメロディ 4

“坊っちゃま?一体どうなさったのですか?“

インターフォンから漏れる男の声を僕はわざと無視する。

“何故、作業をなさらないのですか?もう一週間以上になります。
メモリの納期スケジュールに、かなり支障を来たしておりまして・・・“

「・・・頭が痛いんだよ。」

“先日の精密検査では特に異常は認められなかった筈ですが・・・。”

「うるさいな!頭が痛くて作る気が起きないって言ってるじゃないか!」

僕は椅子から立ち上がると、
インターフォンのコードを掴んで力任せに引き抜き、そのまま床に投げ捨てた。

「“異常は認められなかった。”だって?
ちゃんとした原因も何も解かっちゃいない癖に!!」

ズキズキズキズキ・・・と、左のこめかみで頭痛が激しく脈打っている。

“あ・・・く・・・ま・・・。”

あの男の憎しみに満ちた瞳と、
あの言葉が耳からずっと離れない。

僕はただ、より大きな力を生み出すメモリを作りたかった。
その為には実験用の被験者の犠牲は最低限の必要悪だ。

あの被験者達は、
皆、わずかな金銭に目が眩んで、
自ら進んで実験体に志願した軽率で愚かな人間だ。
自分の身体が一体どうされるのかなんて考えてみようともせずに・・・。
でも・・・。

“頼む!・・・か・・・家族に、家族にィ・・・”

「・・・かぞ・・・く?」

“MY FAMILY・・・?”

「・・・う・・・ッ!」

あの単語を思い出す度、更にズキ・・・ン!と鋭痛が脳を貫き、
意識が薄れてしまいそうになる・・・。


“シュン!”と電子音が鳴り、突然、僕の部屋のドアが開いた。
黒スーツ姿の男達が入って来て、数人掛かりで僕の身体を押さえ付ける。

「な・・・!?」

男達の中の何人かが、
大きな白い袋状の布をバッと拡げて僕の身体を包み込むと、
布に付いている数本のベルトの金具をカチッカチッと頑丈に締め上げた。

「離せ!何で、拘束服なんか・・・?・・・アゥッ!」

「おとなしくしろ!この餓鬼!」

普段、僕には敬語を使っている男達が浴びせる罵声が得体の知れない不安を募らせる。

白い拘束服を着せられ、冷たい床の上に転がされた僕の身体は、
まるで芋虫の様に惨めで身動きが取れない。

「坊っちゃま、
あなたの我儘なストライキの所為で、
『ガイアメモリ』は今回の予定納品数に達せず、一部欠品を起こしてしまいました。
我々は大変迷惑を蒙っております。」

黒スーツ姿の男達の中でも、特にスラリとした細身で長身の男が冷ややかに言う。
その顔は逆光になっていて、はっきりとは見えない。

「『Taboo』様が、
あなたにはおしおきが必要だ、とおっしゃいました・・・。」

しなやかな男の指先には『ガイアメモリ』が握られ、
表面には『Pain』と云う文字が書かれている。
その文字を見た途端、恐怖に全身が総毛立った。


“ねぇ、このメモリ、
・・・・いらないから、あげようか?“

何時だったか、
黒いスーツ姿の男の一人に何気無く言った僕自身の言葉が耳の奥底に甦る。

“何ですか?このメモリは?”

“失敗作さ。

『ガイアメモリ』は基本的に『脳内快楽物質』を増幅させるけど、
このメモリは知覚神経に刺激を与えて『発痛物質』を異常生成させる。

試しに作ってみたんだけどね、
苦痛と云うのは、結局、脳を萎縮させるだけで潜在意識の開放には至らないんだ。
だから、もちろんドーパントにはなれない。

このメモリを挿入すると、
『発痛物質』が異常生成され、
耐え難い激痛が脊髄から大脳皮質に、そして全神経の末端にまで伝わる。

苦痛があまりにも激しいから、おそらく気絶する事も出来ないよ。
まぁ、激痛に耐え兼ねて発狂する寸前にメモリを強制排出すれば、
後遺症も残らないから
この研究所に
ちょくちょく忍び込んで来る諜報工作員への尋問か拷問にでも使えばいいんじゃないの?“


「やめて!許してよ!何でも言う事聴くから!
どんなタイプのメモリだって作るから!それだけは・・・アゥ・・・ッ!」

唯一自由になる頭を振って必死に抵抗しようと試みたが、
一人の男の掌に掴まれ、
床に思い切り押さえ付けられる。

その時、
シュッ!と白い影が視界を過り、
僕を押さえ付けている男達数人の腕や胸、頭に閃光の様な体当たりを喰らわせた。

「ファング!」

「な!何だ!こいつ!」

ファングの素速く鋭い攻撃に男達は一瞬怯んだが、
すぐに男達の無数の腕に振り払われ、
開け放たれたドアの外にみるみる追いやられてしまう。

「ファング!来るな!来ちゃダメだ!」

再び室内に戻ろうとしたファングの眼前でシュン!と音を立ててドアが閉まった。
“ガツ・・・ッ!ガツ・・・ン!”とドアの向こう側で、
小さな身体をぶつけているらしい鈍い音が微かに聴こえた。

「ねェ!頼むから・・・
それだけは勘弁して!そのメモリだけは・・・!」

『Pain』と云う文字を表面に浮かべたレモンイエローのメモリが、
男が手にした生体コネクタ手術装置にカチッ!と金属音を立てて装填される。

「許して!いい子にするから・・・ッ!!」

僕は怖くて怖くて、思わず涙を流した。
冷たいコネクタの発射口が首筋に冷たく押し当てられ、
ゾクッと鳥肌が立つ。

「ヒ・・・ッ!」

ズブゥッ!と頚動脈近くに打ち込まれたメモリは、
僕の皮膚を無理矢理抉じ開けて、
ズズズズズズズゥッ・・・と細胞組織を犯しながら身体の奥へ深く喰い込んで行った。

「ぁぁぁあああああーーーーッ!!

普段とは到底比べ物にならない程、
ガツンガツン!ガンガンガンガンガンッ!と、凄まじい頭痛が脳下垂体を鋭く突き上げ、
何千本もの楔を打ち込まれているかの様な激痛が全身の痛覚神経を情け容赦無く貫き、
責め苛む。

「いやぁ・・・ッ!やだぁぁぁッ!許してェェェッ!」

狂った獣が吼えている様な叫び声が鼓膜を震わせる。

「ぬ・・・抜いて・・・は、早く・・・痛・・・ィ・・・ァァァアアッ!!」

追い出されたファングがドアの外で吼えているのかと思ったが、
それは僕が泣き叫んでいる声だった・・・。



「ガイアメモリを作るか作らないか・・・それはお前が決める事では無い。」

フッ・・・と、
突然、身体中から全ての痛みが消え失せた。

だが長時間、激痛に責め苛まれ続けた身体は疲弊し、
僕は床に倒れたまま、指一本動かす事も出来ず、
頭上から降り掛かるその男の声を聴いていた。

「お前が自分で何か決断する必要は無い。
お前は私の云う通り、
此処にいて、ガイアメモリを作ってさえいればいい。」

この研究所内にいる、どの男の声とも一致しない、
他人を威圧感する重厚な低音は、
僕の頭の中の記憶の断片をズキズキズキ・・・と疼かせる。

「『Terror』様、そろそろお時間でございます。」

構成員の一人が丁重な口調で言うと、男は“うむ”と肯いて踵を返した。
“カツン、カツン・・・と云う男の硬い靴音が次第に遠ざかって行くのが床越しに伝わって来る。

『Terror』・・・様?

一体誰なんだ?
もしかして、あの男は僕の・・・。


僕は暗闇の中に滑り落ちて行く意識を、ゆっくりと手放した・・・


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