| 2010年02月24日(水) |
Pの記憶/小さな恋のメロディ 3 |
「ごぐぅわぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!」
硬質ガラスの向こう側で被験者の男が、 熟れ過ぎた果実の様にドロドロドロドロ・・・・リと崩れ始めた手足をばたつかせながら、 獣じみた叫声を上げている。
「頼む!もうッ!もう止めてくれェェェッ!ぉぉぉおおおお!! メ・・・ッ!メモリを抜いてくれぇぇっ!」
「坊っちゃま、どうなさいますか?」
すぐ隣りに立っている男が不安気な口調で囁く。
「そうだね、 ここまで体細胞が『ガイア言語』に拒絶反応を起こすのは珍しい。 予定外だけどメモリを強制排出して・・・。」
「頼む!・・・か・・・家族に、家族にィ・・・ぅわぁぁーーーッ!!」
“MY FAMILY・・・?”
「・・・か・・・ぞく?」
その単語を聴いた瞬間、 瞳の前をチカチカチカと光が明滅し、 意識が、す・・・っと遠のいていく・・・。
・・・僕は誰かと一緒に歩いている。 僕の両側に立っている背の高い大人達の掌が僕の両掌を握り締めている。 その温かい感触・・・。
「あぐぅおぉぉぉええええッ!!」
凄まじい絶叫に鼓膜を劈かれ、ハッと現実に返る。
ガラスケースの向こう側で被験者の男は、 ピン!と引き攣った様に身体を大きく直立させると、 右手の指を顔面に突っ込んで右の眼球をずぶぅ!と抉り出し そのまま壊れた人形の様にゲラゲラゲラゲラ・・・と笑い始めた。
「ダメです!体組織よりも先に精神崩壊を起こしました!」
「メモリ強制排出!急いで!!」
慌ててマイクに向かって叫ぶと、 『Planaria』・・・・とガイアウィスパーを発しながらメモリが排出され、 床の上に落ちてパキ・・・ンと粉々に砕け散った。
男は操り糸が切れたかの様にドサッと床に立て膝を付いて、ガクッと首を垂れた。
「ダメだ・・・失敗か・・・。」 「見た目より、かなり弱い精神構造だった様だな。」
傍らに立っている黒メガネの男達がボソボソと囁き合っている。 だが、彼らの会話は何故かほとんど耳に入らなかった。
“頼む!・・・か・・・家族に、家族にィ・・・”
「かぞ・・く・・・?」
先程、男が口走った言葉が、 まるで棘の様に僕のこめかみにズキズキズキと鋭く突き刺さる。
僕はコンピューターの操作卓から離れて、 実験室内部に通じるドアを開けて、ふら・・・りと中に入った。
“坊っちゃま!お戻り下さい!危険です!”
ガラス越しに聴こえる声を無視して、 身体の組織の大部分が軟体化し、ぬめぬめと蠢く残骸と化した被験者に近付くと、
「ゥ・・・グゥウウゥ・・・」
突然、粘液に塗れた男の唇から漏れた呻き声が周囲の空気を震撼させた。
「・・・まだ生きてるのか?」
その場に立ち竦んでいると、 男の変色して黄緑色を帯びた左の眼球がギロリ・・・と、動いて僕の顔を認識した。
次の瞬間、 血走った瞳がグワワァッ!と大きく見開かれ、 男の崩れた右腕が僕の顔面に向かってズバッ!と勢い良く突き出された。
「・・・うわっ!」
僕は思わず息を呑んで後ずさる。
“坊っちゃま!”と叫ぶ声がガラスの向こう側から微かに漏れ聴こえ、 数人の男達がドアを開けて入って来た。
伸ばされた指は僕の顔面に触れると同時にズルズルズルッと溶解した。 ポタ、ポタ、ポタッ!と、イヤな臭いを発するネバネバした液が僕の頬や額に降り掛かり、 嫌悪感に思わず反射的に頭を振る。
焦茶色の涎をダラダラ垂れ流している蒼黒い唇がぎこちなく動いて、 虚ろに渇いた声が男の喉の奥から搾り出された。
「あ・・・く・・・ま・・・。」
まるで地の底から響く様な・・・ ゾッとする声で言うと、 被験者の男の身体は焦茶色の粘液状にドロドロドロ・・・リと崩れ落ちて、 そのまま絶命した。
実験室を出て、 シャワールームへ行き、死んだ男に浴びせられた粘液を洗い流す。 だが、何度スポンジで擦り洗いしても、 あの男の崩れた身体から漂っていた腐敗臭は、どうしても取れなかった。
バスタオルで身体を拭いて、 構成員の誰かが持って来た新しいシャツと白いスラックスに着替え、 自分の部屋へ戻ろうとしていた時、 ヒソヒソ・・・と人目を憚る様な声が白い廊下の向こう側から漏れ聴こえた。
「・・・まったく、気味の悪い餓鬼だぜ!。」
「おい!坊っちゃまの悪口は言わない方がイイぜ。 誰かに聞かれたらどうするんだ?」
「だけどよ、あの餓鬼、 まるで悪魔だ!。 あんなひどい人体実験を見ても平然としてやがる。 今にきっと地獄に堕ちるぜ・・・。」
また・・・頭痛が起き始めていた。
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