| 2010年02月21日(日) |
JOKERには敵わない 2 |
「口ほどにも無い男だね・・・。」
約20分後、勝負は明らかにフィリップが優勢だった。
少年は無情かつ冷酷に白の駒を進め、 竜の赤い駒を奪い取り、情け容赦無く攻撃する。
「この俺に冷や汗をかかせるとは・・・さすがだな。」
「キミは僕に勝てない・・・と言っただろう? どうやら、あと1、2手でこの勝負は決まりそうだね・・・。」と、 フィリップは不敵に唇の端を上げた。
その時、
「たっだいま〜!あぁ〜寒いかったぁ〜!」
「うぅ〜寒ぃ寒ぃ・・・今、帰ったぜェ!。」
聴き込み捜査から戻った翔太郎と亜樹子が寒さに震えながら、 事務所のドアを開けて入って来た。
「あ!何だよ照井! お前ェ、また来てんのかよ? 『超常犯罪捜査課』ってのは、よっぽど暇なんだな・・・。」
「ちょっと翔太郎君ッ!」
亜樹子は小声で翔太郎を嗜めるとにこやかに明るい笑顔で竜に尋ねた。
「いらっしゃいませ、照井さん、 もしかして捜査のご依頼ですかぁ?」
「ん?・・・お前ら何やってんだ?」
翔太郎は黒のトレンチコートを脱ぐと、 フィリップと竜が向かい合って座っている丸テーブルに近付き、 何気無くc3に置かれていた赤のクイーンを取り上げた。
「な!何をするんだ?左!」 「ちょっ・・・!翔太郎、邪魔しないでよ!」
反射的に声を上げた二人を無視して、 しばし赤い象牙製の駒をしげしげと見つめていた翔太郎は、 突然、鳶色の瞳を大きく見開くと、
「あ〜ッ!これ、おやっさんがすっげェ大事にしてたチェス盤じゃねェかよ! おい!フィリップ!お前、これ何処から出して来たんだ?! 棚の奥の奥の方に仕舞ってあっただろうが・・・ったく油断も隙も無ェな!」
吐き捨てる様に言いながら、 タン!と赤のクイーンをf3に置く・・・と、
「チェックメイト!」
そう言いながら竜が上半身を乗り出して宣言した。 同時にフィリップも黒い瞳を丸く見開き呆然と盤上を見つめる。
「・・・白の負けだ。でも、今のは翔太郎が・・・。」
「あん?」
一人だけ状況を把握していない翔太郎の帽子の黒いソフト帽の真上に、 亜樹子が『なにやっとんねん!』と金文字で書かれた緑のスリッパを “パッコ〜ン!”と叩き込む。
「痛ってェな!何すんだよ!?」
「翔太郎君こそ何やってんのよ!今のでフィリップ君、負けちゃったみたいよ?!」
「えッ?マジかよ?」と翔太郎は思わず驚きの声を上げる。
「そうだ、フィリップ・・・この勝負、キミの負けだ。」
「そ、そんな・・・。」
冷ややかな瞳で断言する竜から、 まるで逃げるかの様に瞳を逸らすと、 フィリップはこの勝負で賭けていた物を想起し、 戸惑いながら右手の指先で艶やかな下唇を撫でる・・・。
「・・・そして、俺もな。」
「え?」
「誰が見てもノーゲームだろう?この勝負・・・。」
フッ・・・と竜は唇の端を薄く緩める。
「つまり・・・今の勝負は無しって事か?」
「まぁ、そう云う事だ。」
翔太郎の問いに竜が微苦笑しながら肯くのを見て、 フィリップはホッと胸を撫で下ろした。
「ごめん、亜樹ちゃん。3割増しダメになっちゃったよ。」
「え?どぉいぅコト?アタシ聞いてないよ?!」
「気分転換にコーヒーでも淹れるか、 久し振りに脳を酷使したら、カフェインが欲しくなった・・・。」
竜は事務所の奥へと歩を進め、 食料類が収められている棚の扉を開けると、 迷わずコーヒー豆が入ったブルーの缶を取り出し、 冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのペットボトルから 細口のステンレス製コーヒーケトルに水を注いで火に掛け、 コーヒーフィルターの端を折る。
まるで自分の事務所に居るかの様に手際が良い。
「ええっ?フィリップ君が勝ってたら、次の依頼料3割増しだったの? ちょっと!翔太郎君!」
亜樹子は残念そうに声を上げ、翔太郎をキッと鋭く睨み付ける。
「そうだったのか、悪い事しちまったな・・・。ところで、お前は一体何を賭けてたんだ?」
「え・・・?あ!・・・そ、それは・・・。」
翔太郎に尋かれたフィリップは、 黒い瞳を空に彷徨わせ、しどろもどろしながら答える。
「べ、別に・・・ 何も取られなかったんだから良いじゃないか!」
「何も取られてない・・・か。」
芳しい香りを漂わせる黒いカップをフィリップの手元にトンと置きながら、 竜はフィリップにしか聴こえない程度の声で囁く。
「フィリップ、 もう、キミはとっくに全部奪られてしまっている様だな・・・。」
「・・・え?」
竜の言葉の意味が理解出来ずにフィリップは不思議そうに細い首を傾げる。 だが竜はフィリップには答えず、 亜樹子と翔太郎の手元にカップを置くと、
「左・・・ 今度は俺と直接勝負してもらおうか?」
「あん?」
“コイツ、いきなり何言ってんだ?”と言わんばかりに眉を顰める翔太郎に向かって、 竜は真剣な表情で言う。
「ビリヤードでもダーツでも、 チェスでもオセロでもカラオケでも料理でも・・・ 何でも構わないぜ、 種目はお前に選ばせてやる。 もし俺が負けたら、次回の依頼料は3割増しで払おう。」
「よぉし!いつでも受けて立つぜ!」
「ちょ、ちょっと翔太郎・・・。」
“俺が勝ったら・・・”と言う竜の言葉を聴く前に、 迷わずそう宣言した翔太郎を、 フィリップは眉間に縦皺を寄せながら不安気に嗜める。
「ほぅ・・・随分と自信満々だな?では何で勝負する?」
「決まってるだろ?『ババ抜き』だ。」
翔太郎はフィリップに視線を投げると、 形の良い唇を上げてニヤリと不敵に微笑ってみせた。
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