Monologue

2007年02月19日(月) 聖バレンタインの帰還 4 (『カブト』ネタです)

聖バレンタインの帰還 4
“ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち・・・・・・・・・”

“何か”が、加賀美の左頬に規則的なリズムで“ぺちぺちぺち・・・”と
平たい音を立てて当たっている。

(・・・っぅ・・・ん?)

頬に与えられる刺激に依って、
深い闇海の底に沈み込んでいた加賀美の意識が
ゆったりと上に向かって浮上して行く・・・

“ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち・・・・・・・・・”

左頬を掌で叩きながら、誰かが耳元で自分の名前を呼んでいる。

“・・・賀・・美・・・!・・・加・・賀美・・・ッ!”

聴き覚えのある、耳に慣れ親しんだ声。

ああ、でも・・・
一体誰の声だっただろう?

頭がぼんやりして、思考がちっともまとまらない。

少しでも気を抜くと、
意識が、またあの深い深い闇海の底へ転がり落ちて、
そのまま“ずぅ・・・っ”と沈んで行ってしまいそうになる・・・


“お・・い・・ッ!・・・・加・・・美・・・!・・・っかり・・・ろ・・・!”


口調の必死さから察するに、
声の主は、おそらく大声で叫んでいるだろうと想われるのに、
ブツ・・・ブツ・・・と、途切れ、途切れ、に、
そして随分と小さくしか聴こえないのは何故だろう?

“ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち・・・・・・・・・”

・・・と、
平手打ちと同じリズムで頭蓋骨が小刻みにグラグラ揺らされた所為で、
ぼんやりしていた意識の輪郭が次第に鮮明になって行く。

ふ・・・っと、
何気無く瞼を開け様として、その余りの重たさに加賀美は愕然とした。
まるでぴったりと貼り合わされてしまっているかの様に
瞼はピクリとも動かない。


“加・・賀美・・・ッ・・・・・!
お・・い・・ッ!・・・瞳・・・・開・け・・・ろ・・・ッ!”

再び闇の中へ落ちて行きそうになる意識を必死に繋ぎ止めながら、
加賀美は満身の力を瞼に込めて、ぐぃぃ・・・ッと持ち上げると、

(あれ?・・・ひょっとして、俺・・・天国来ちまった?)

開いた瞳に鋭く突き刺さる白く眩い光の中に天使が居た。
ギリシャ彫刻の様に端整な顔立ちの天使に加賀美はうっとり見惚れる。

(やっぱキレイだな、天使は・・・でも何で、そんなシケた顔してんだ?)

天使は、ひどく怒っている様な、噛み付きそうな表情で、
加賀美の鼻先に向かって声を荒げている・・・らしいのだが、
叫んでいる声がほとんど聴こえないのでピン!と来ない。

(どうして微笑ってくんねェのかな?天国なのにサービス悪ィぜ・・・)

“ぱちん!”と一際強く左頬が叩かれる。

「おい!べルトは何処だ?」

あまりの痛さに、
一瞬、意識のフォーカスが、
す・・・と鮮明になり、突然、天使の声がはっきり聴こえた。

(ベル・・・ト?)

「ベルトだ!
 加賀美!ベルトは何処に有る?」

じんじん・・・と熱く疼く左頬に顔をしかめながら、
耳朶に引っ掛かったその単語の意味を、
ぼんやりと霞が掛かり始めた頭の中を必死に探って、
何とか手繰り寄せ様と試みる。

「あ・・・」

声を出そうと喉に力を入れた途端、口腔内に溜まっていた血で
ゴホゴホッとむせた。
咳き込んだ弾みに鼻腔から溢れ出た血が、
ぬるぬる・・・り、と、生温く頬を伝って行くのが酷く気持ち悪い。

「加賀美ッ!」

“パタパタパタ・・・ッ”と、
まるで雨粒の様に天使の涙が血濡れた頬の上に降り掛かる。

「て・・・ん・・どう・・・?」

ようやく加賀美は天使の名前を想い出した。

天使に触れたい、
腕を伸ばして抱き締めたい衝動に駆られたが、
腕処か指一本持ち上げる力さえ、もう身体中の何処にも残っていない。


「アパー・・・トの・・・タンス・・・引き・・出し・・・一番上の右、がわ・・・」

かろうじて残っている僅かな力を振り絞って喉の奥から搾り出した声で、
ベルトの有処を伝え終えると、
加賀美の意識は再び暗い闇海の底へと滑り落ちて行く・・・


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