| 2007年02月18日(日) |
聖バレンタインの帰還 3 (『カブト』ネタです) |
ヒラ・・・と、 タキシードの裾を白く翻えらせながら、 剣の姿は道の曲がり角の向こうに消えた。 「待て!」
加賀美は全速力でその角を曲がったが、 遥か100M先の大通りへと続く一本道の何処にも剣の姿は見当たらない。 チッ!と舌打ちすると、 走るスピードを更に上げて、眼前の一本道を駆け抜けた。
大通りに出た途端、左右の視野がぐん、と拡がる。
加賀美は立ち止まり、 キョロキョロと周囲を見廻してみたが、 やはり剣の姿は何処にも無かった。 ハアッ、ハァッ、ハァ・・・ッと、 乱れた呼吸を整えながら、ガックリと両肩を落とし、溜息を吐く。
(見失っちまったか・・・)
やはり相手はワームだ。 音速を超えて疾走する対象を普通の人間の視力が捉えられる筈が無い。
(ちっくしょうッ!何でベルトしてなかったんだ!俺!)
もしライダー・ベルトを装着していれば、 クロック・アップ出来ていれば、 剣に擬態したあのワームを絶対に逃がしはしなかったのに・・・
「くそッ!」
アスファルトの路面に唾と共に苦々しく吐き捨てる。
無駄だと想いつつも 加賀美は大通り沿いの歩道を小走りに駆けながら剣の姿を探した。 あの剣はワーム(或はネイティブ)の生き残りだろうか?
だとすれば一体、何の目的で剣に擬態して『サル』に現れたのだろう?
一年前に終結したあの闘いで、 ワームは完全に殲滅された訳では無かった。 だが、 人類に害をなす存在では無いと判断された善良な心を持ったワーム達は、 普段は人間の姿に擬態したまま人類と共存し、平和な日常を送っていた。 ひよりの様に・・・ (剣だって、 もし生きていれば、 ひよりみたいに俺達と一緒に平和に暮らせたかもしれないのに・・・) 己の正体をワームだと知らないまま、 姉の敵を取る為に仮面ライダーの一人として ワームと戦い続けていた剣の事を想起する度、 胸の奥を切り裂かれる様な痛みがズキ・・・と走る。 だが、剣を手に掛けたあの男の行動を恨んだり、 責めたりする気持ちには、なれなかった・・・
早咲きの紅梅が蕾を綻ばせ、甘い匂いを周囲に漂わせている。 その香りに誘われる様に、 ふと顔を上げて見ると、 大通りの下を交差して流れる河に沿って紅梅の樹が立ち並んでいた。
その河に架かった橋の上に小さな人影が佇んでいる。 小さく丸められた背中の持ち主は加賀美が良く見知っている人物だった。
(あれ?じいやさん?)
かつて神代剣に忠義を尽くしていた穏やかな面差しの老人が、 橋の手すりに身体を預ける様にして、もたれ掛かっている。
その顔色が蒼褪めて視えるのは、 老人が項垂れているから・・・と云う理由ばかりでは無さそうだ、と、 気付いた加賀美は「じいやさん!」と呼びながら駆け寄った。
間近で見ると、老人の顔はかなり憔悴していて、 かなり疲れている様子だ。 もしかしたら、何処か具合でも悪いのかもしれない。
加賀美に気付いた老人は薄い微笑を口元に浮かべて軽く頭を下げた。
「大丈夫ですか?随分気分悪そうですけど・・・」
老人の顔を覗き込みながら心配そうに加賀美が問うと、
「剣坊ちゃまにお会いになられましたか?」
(・・・・・・っ?!)
全く予想外の答えを返され、加賀美は想わず絶句する。
「先程、お会いになられましたでしょう?坊ちゃまに・・・ いかがでしたか? 坊ちゃまは、 以前と変わらない凛々しいお姿をしておられましたでしょうか?」
「じいやさん、あなた一体何を知って・・・」
老人は自分から問うたにも関わらず、 加賀美の答えを待たずに、 フゥと溜息を吐くと、 まるで独り言の様に小さな声で静かに呟き始めた。
「坊ちゃまが亡くなられたあの日から、 私はただの抜け殻になってしまいました。
坊ちゃまにお仕えする事は私の生き甲斐でございましたから、 坊ちゃまを失くした後の私は、まるで生ける屍・・・
せめてミサキーヌ様のお手伝いをと、 坊ちゃまがお好きだった料理を幾ら作ってみても、 坊ちゃまに食べて頂けない料理など全く意味が有りません。
ですから、 どうしても、私はもう一度坊ちゃまにお仕えしたかった、 せめて、もう一度お会いしたかったのです。
たとえそれが、人の道から大きく外れる事で有ったとしても・・・」
老人の瞳から溢れ出た涙が痩せこけた頬を伝って流れ落ちる。 掛ける言葉を見付けられず、呆然と立ち尽くしている加賀美の方に、 やがて老人はゆっくりと顔を向けた。
「その為に私は『アクマ』に魂を売り渡しました。 こんな老いぼれの魂でも、意外と高く買って頂けましたよ」
「・・・じいやさん?」
老人の瞳が哀しそうに細められた瞬間、 “ズヌシュ・・・ッ!”と云う鈍い音を立てて、 灼ける様な衝撃が加賀美の左胸を熱く刺し貫いた。
「・・・あ・・・?」
濃碧緑色の触手が左胸から、ずぶぅん!と抜けると同時に、 ゴボゴボゴボゴボッ・・・と赤黒い血が溢出してシャツをみるみる濡らした。 何か叫ぼうとしたが、 喉の奥が血液で塩辛く塞がれてしまい、呻き声すら漏らせない。
「申し訳ございません、本当に」
すまなそうに見下ろしている老人の哀しそうな顔が、 急速に暗くなる視界の闇に包まれて行く・・・
(続く)
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