| 2007年02月17日(土) |
聖バレンタインの帰還 2 (『カブト』ネタです) |
加賀美は、 天道が剣に手を下した場面を実際に目撃した訳では無かった。
ただ天道から、 その、あまりにも哀しい事実を聴かされただけで・・・
クリスマス・イブが終わってからも、 しばらくの間ずっと、剣の死が信じられなかった。
だから、
「やぁ・・・我が友カガーミン♪」
雪の様に真白い頬の上に、 ニッコリと優美な微笑を浮かべる剣は、以前と全く変わらない姿に見える。
ひょっとしたら剣が死んだと云うのは天道が吐いたウソで、 実は何らかの事情で、少しの間、身を隠していただけなのかもしれないと、 そう信じてしまいそうになる。
いや、出来るなら、このまま何の疑いも抱かずに信じたい・・・彼の帰還を。 だが、
「お前・・・本当に剣か?」
加賀美にそう問われた剣は、 質問の意味が判らないと云わんばかりに瞳をぱちくりと瞬かせながら首を傾げた。
「何を言ってるんだ?カガーミン?」
もし瞳の前の彼が剣本人では無いならば・・・
いや仮に剣本人であったとしても、どちらにせよ彼は人間では無い。 そのほとんどが既に死滅したとされている筈の異種生物『ワーム』
加賀美は反射的に腰に手を伸ばし掛けたが、 今日が非番で有った事を想起して、くやしさに臍を噛む。 畏怖すべき力を持つ脅威の生命体と対等に闘う為の武器を、 あいにく今の加賀美は持ち合わせていない。
そして・・・
かつて、こんな時には必ず時空を超えて飛来した筈の、 あの紺青色の甲蟲は、 未だに姿を見せないばかりか、その羽音すら聴こえて来ない。
(どうする?とりあえず厨房行って包丁でも取ってくるか?)
その時、 “ビシッ!”と蓮華が手元に有ったチョコレート・ソースの瓶を剣に向かって投げ付けた。
「うわっ!な、何をする!」
想わず顔を庇った剣の両腕に当たった瓶から飛び出たチョコレート・ソースが 彼の純白のタキシードに飛び散った瞬間、 ゆら・・・りと剣の姿がゆらめき、 その肉体の輪郭が、碧緑色をした異形の姿と混じり合ってぼやけた。
「やっぱり!」
鋭く叫びながら蓮華は、 チョコレートクリームがパンパンに充填された『生クリーム絞り袋』の先端を剣に向ける。
“チッ!”と舌打ちすると碧緑色のワームは剣の姿に戻り、 素早く踵を返してダッと厨房を飛び出した。
「待て!」
“カララララ〜ン!”と鐘の音を立てながらドアを開けて店を出て行った 剣の後を加賀美は慌てて追い掛ける。
(この手の芝居は、もう、うんざりなのに!)
先刻、一瞬だけ剣が変化したワームはサソリ・ワームでは無かった。 やはり彼は加賀美が知っていた剣とは別人だった。
「・・・ちくしょうッ!」
無性に腹が立って、腹が立って・・・ そして、どうしようも無く、くやしくて堪らなかった。
(続く)
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