| 2002年08月11日(日) |
師匠の『俺の誕生日』日記2(代筆ななか) |
…………お?
程無く俺はヤツの……クラピカの気配を感じた。
こっちに向かって来ている…………
『絶』に依る気配断ちも特にしていない。
さして息も乱さずに、こっちへ………
数分後、
“ダンダンダンダンッ!!!”と、けたたましく扉を叩く音がした。
「おい!おい!待て!今開けるからよ!」
俺は慌てて吸っていたタバコを揉み消すと、立ち上がって扉の方に向かった。
そんなにガンガン叩いたら、扉は無論の事、このオンボロ庵もろとも潰れちまうだろうが!!
“ガラッ”と扉を開くと、 俺の瞳の前にヤツ……クラピカが立っていた。
『念』を覚えた所為だろう。 背は少し伸びた様だが、年恰好や外見はあの頃と全く変わっていない様に見える。
だが、何処か受ける印象が違う……様な気がした。
纏っているオーラの色も、以前とはかなり違う。 まるで……
「よぉ、久し振りだな」
「ああ、邪魔するぞ」
家主で有る俺を尻目に、ズカズカと家の中に上がり込むと、
「相変わらず穢い部屋だな…… どうせ、私が出て行ってから掃除と云う行為を行っていないのだろうが、全く……」
ブツブツブツ……と呟いているヤツの言葉は当たらずとも遠からずなので、 俺はあえて何も言わない。
「何だ!この卓袱台の上は? まるでジャングルでは無いか!少しは片付たらどうなのだ!!」
蒼白い稲妻の様なピシャリ!とした物言いに振り返ると、 クラピカのヤツはビールの空缶やタバコの吸殻、 読み掛けの雑誌などで埋め尽くされた卓袱台の上から、さっさとゴミを片付けている。
「あ、良い良い、俺がやるから、お前ェは座ってろよ」
俺が、クラピカの手から古雑誌や潰れされた空缶などを奪い取ると、 ヤツは釈然としない表情をしながらも卓袱台の前にペタリと腰を下ろした。
たとえ態度が高飛車でクソ生意気だとは云え、一応暑い中を訪ねて来てくれた客人だ。 せめて冷たい井戸水くらいは出してやろう……などと考えていると、
「さっさとしろ!せっかくの“バースディ・ケーキ”が傷んでしまうではないか!!」
は? “バースディ・ケーキ”……だと?
耳を疑いながら振り返ると、
卓袱台のど真ん中にはヤツが持って来たらしい、 白いビニール袋に入った四角い箱が堂々と鎮座している。
しかもその四角い箱には、真っ赤なリボンが飾り付けられていた。
「で、一体、どう云う風の吹き回しなんだ?」
端の欠けた湯呑で、汲み立ての冷たい井戸水をヤツの前に差し出してやる。
「わざわざケーキなんか持って、こんなクソ暑い中、俺を訪ねて来るなんてよ」
「今日は、キサマの誕生日なのだろう?」
ヤツは冷たい井戸水を一口飲み下すと、さらりとした口調で言う。
「ま、そりゃ……そうなんだけどよ」
俺は所在無く、伸び放題に伸びた髪に指を差し入れて頭皮をボリボリ掻く。
思い起こせば3年前、 修行を終えて此処を出て行った後、コイツは全く音信不通だった。
なのに、何故今頃……
やがて、短い沈黙の後、 クラピカは言い難そうに唇を開き、渋々と云った口調で話し始めた。
「……私の同居人がマメな男で…… 8月8日が私の師匠の誕生日だと口を滑らせたら、
“世話になった恩師の誕生日には、 手土産を持ってお祝いの挨拶に伺うのが礼儀じゃねーか!”と言われて、 無理矢理送り出されてしまったのだ、それで……」
ほぉ…… 『同居人』……ねぇ?
髪同様、伸び放題になっている不精ヒゲを人差し指でポリポリと掻き乍ら、 俺はヤツの顔をしげしげと見つめる。
コイツが誰かと寝食を共にしている……と云う状況を 俺は一瞬想像出来ずにちょいと戸惑った。
コイツみてぇな性格のヤツと『同居』している“ソイツ”は、 さぞかし根性が有るんだろうと俺は推測し、また内心密かに同情する。
「何が可笑しい?」
底冷えのする低音で言われて、俺は知らぬ間に自分がニヤニヤしていた事に気付いた。
「いや、別に…… それより、早くその“バースディ・ケーキ”とやらを拝ませてくれよ」
赤いリボンを解かれ、白い箱の蓋の下から現れたのは、 白い生クリームにふわふわとデコレーションされた円いケーキだった。
ケーキの上にちょこんと乗った薄いチョコレート製のプレートには、 やはりチョコレートで『HAPPY BIRTHDAY』とレタリングされていて・……
俺は、何だか妙に可笑しくなって思わずプウッと吹き出しちまった。
「さっきから、一体何が可笑しいのだ?キサマ……」
ジロリと上目遣いに睨まれて、
「いや、別に……なかなか美味そうなケーキじゃねぇか」
俺はそう答えつつも、こみ上げて来る笑いを必死に抑えながら、 ケーキを切る包丁を取る為に立ち上がった。
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