Monologue

2002年03月19日(火) パクノダ先生の『修学旅行最終日日記』 (代筆ななか)

「やっぱり、少し熱があるみたいね」

宿舎の部屋の布団に横たわっているクラピカ先生の額に掌を充てて、
センリツ教頭先生は溜息混じりに呟いた。

「慣れない環境で緊張したのかもしれないわ・・・・
何しろ初めての『修学旅行』の引率ですものね」

心優しい彼女らしい言葉だ。


心優しくないアタシは、

風呂上りに生徒と卓球やって倒れちまうなんて……

ヤワなお坊ちゃんだこと、先が思いやられるわ……

と意地悪く考える。


「『氷枕』が無いかどうか尋いてくるわ。
 パクノダ……しばらくクラピカ先生をお願いね」

そう言って、センリツ教頭先生は部屋を出て行った。


今夜は『最終日』だから思い切り飲もうって時にさ……

あ〜あ、早く『お役目』から解放されたい……




夜9時の最終点呼に30分遅れた生徒(留年5年目のあのレオリオだ!)に引率して
現れて言及した後、このお坊ちゃん・・・クラピカ先生は突然その場に倒れた。



“かなり汗をかいてるわね・・・”
心配そうにセンリツ先生が、彼に言う。

“新しい浴衣に着替えた方が良いんじゃ無いですか?クラピカ先生・・・”

そう言って、何気無く『指』で触れ様とした途端、

彼……『お坊ちゃん』先生は、ハッと顔を上げて自分の身体を庇う様に後ずさった……


アタシの『指』に触れられるのを、避けた?
この『お坊ちゃん』が……?


舌の上にイヤな渇きが拡がる。

タバコが無性に吸いたいけど、部屋に置いて来ちゃったっけ……



アタシの『能力』を知る人間は、皆アタシの『指』に触れられる事を怖れる。
子供の頃から、そうだったし、これからもそう……

別に珍しい事じゃ無い。

必死に隠している『本音』を、あっさり悟られる事……
アタシの『指』に読み取られてしまう事を怖がらない人間など滅多にいない。


だけど、このコは少し違った。


“はじめまして、クラピカと云います”

4月に着任した時、
この『お坊ちゃん』先生は、何の躊躇いも無くアタシに“スッ”と右手を差し出した。

握手を求められても胸の前で組んだ両腕を解こうとしないアタシを、彼は首を傾げながら
不思議そうに見つめる。

“他人に知られちゃヤバい隠し事が有るなら、アタシに触られない様にした方が良いわよ”

アタシは初対面の人間……誰にも掛ける言葉を、彼にも言った。

“センリツ先生から聞いてない?アタシの『能力』……”

『指』で対象者(物)に触れる事に依って、その人物の記憶や残留思念を読む
『リーディング能力』

生徒達のカウンセリング等には有効に役立つ『能力』だが、
先生方始め、大人達には初対面の時に予め言って置く様にしている。

知らずに相手の『記憶』を『読んで』しまうと、相手も自分も後で困る事になると言う事を、
アタシは骨身に染みている。

最初に断って置けば、大概の人間はアタシの『指』に決して触れられない様、
重々注意してくれるから・・・・・楽だ。


だが、
この『お坊ちゃん』先生は、
差し出した自分の右手を慌てて引っ込める処か、

“ええ、聞いていますが、

別に私には隠し事も、

貴女に『読ま』れて困る様な事も何も有りませんので……”


涼しい顔でそう言ってみせた。

“ふ〜ん、そうなの……”


答えながら……『イヤなガキ』と思った。
それが、彼の『初印象』


他の人間達とは違う意味で握手を交わしたくないとは思ったけど、
行きがかり上仕方無く、両腕を解き、彼の白い右手を“キュッ”と、握った。

“ヨロシクね……”

そう言うと同時に、

『指』を通して流れ込んで来る彼の『記憶』……


幼い頃、両親を交通事故で亡くし、頭の良かった彼は奨学金で学校に通った。

元々『本』が好きだったし、勉強は全く苦にならなかった。

14歳で大学をスキップで卒業。現在16歳。
(生徒達や父兄達には建前上18歳と云う事になっている)

(幾らウチの学校が教師不足だからと言っても、こんな若いコを入れるなんて……

センリツ教頭先生、まさか顔で選んだんじゃ無いでしょうね?)

卒業後『大学院』に進んで教授の研究チームへの所属を志望したが、
その前に、

“ちょっと世間を見て来い。
 お前は世間知らず過ぎるからな……”と、尊敬する教授に言われて一考し、
教職を志望する。

『教師』と云う職業で、生徒達の心と触れ合い、人間同士の交流を学び、
今後に生かしたいと純粋に考えている……


フン!
『読め』ば『読む』程……『清廉潔白』

何処に出してもちっとも恥ずかしくない『聖人君子』様の『無垢』な思考………吐気がする。


その筈のこのコが……
アタシの『指』を避けた。

知られてはならない『秘密』を抱えた他の大人達と同じ様に、蒼褪めた表情をして……


ねぇ?
何を隠してるの?


汗を浮かべた、苦しそうな寝顔に無言で問い掛ける……


……あの『問題児』のレオリオと隠れて酒でも飲んでたのかしら?


「ん……」


僅かに身動いた彼の額から、

“バサリ…”と微かな音を立てて濡れタオルが滑り落ちた。


ちょっとした好奇心から、アタシは、そのタオルに『指』をそっと触れてみた……


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