白木蓮の咲く庭で...久純ゆきの

 

 

『夜ノ蝉』 - 2007年09月19日(水)

『月光』が大体頭に入ったので、
『眩暈』と織り交ぜて聞くようにしてみたら、
大分海の感覚から抜け出せました。
ふう。

『眩暈』は一見(一聞?)優しい曲なので、
ふゆふゆ漂っていても比較的安心です。

『月光』は何処に流れ着くのか
(もしかしたらずっと漂流したままかもしれなくて、
もっともしかしたら果てに沈んでしまうのかもしれなくて)
全くもって見当もつかない感じです。

沖に流されること無く、
穏やかな湾の中で繰り返す波に揺られてる。
それが『眩暈』の印象です。
水のゆりかご、ってところでしょうか。


予備知識ゼロの状態で私のアンテナに引っ掛かってくるのは
間違いなく『月光』の方ですが、
安らぐのは『眩暈』の方です。ふゆふゆ。


ところで。
ふよふよって、漂う中にも個体の意識がある感じですが、
ふゆふゆだと、まどろんでぽわんってしてる語感です。


ふゆふゆ。

ふゆふゆ。


ふゆゆ。


****


ふっと、眠りに捕われていた意識が浮上した。
何かに呼ばれたような気がしていた。
目を開いて視線を少し上に上げると、
半月に少し足りない上限の月が見えた。

既に今宵の夜空の頂点を過ぎた月は帰り道を辿り始めている。
天頂にある頃よりも、一枚だけ黄色の薄衣を纏っているような色合い。
それがぽってりと浮かぶ様は、
何処か水墨画に描かれた情景を思わせた。
満ちきった月の溢れるような光は持たないのに、
不思議な存在感だった。

ぼんやりと二度瞬く。
人のぬくもりを感じている左頬と違って、
右の頬に当たる夜風が少し冷たい。
包む衣服の無い両手や、靴を脱ぎ去った両足の指先が少し凍えていた。

微かに身を震わせて身体を縮ませると、
膝枕を借してくれている人は蒼天が目覚めたことに気づいたらしい。
傍らを探る腕の動き。
束の間の後に柔らかい布地が蒼天の首から下に掛けられる。
小柄な人だけれど、それでも大人だ。
彼の人の背丈に合わせた長衣は
まだ十にも届かない蒼天の体を余すところなく包み込んでしまう。

体温そのものは高くは無いのに、あたたかな手のひらが蒼天の髪を撫でる。
繰り返し繰り返し。
それはまるでこの胸の内で鳴り続けている鼓動のようで、
蒼天の呼吸は自然とその動きに共鳴していた。
穏やかでゆっくりとした律動。
もう一度眠りの中に引き込まれそうになったとき、
ポツリ、と頬に何かが落ちた。

雨かと思った一瞬。
けれど、己を撫でる人の気配が動揺したように揺らいだから、
それが違うのだと知る。
もういちど、水滴。

「真君……?」

眠りに半ば捕われていた身体はままならず、
ようやく動かした唇でつむいだ言葉は
半分掠れて、残り半分は不明瞭な発音になった。
そんな不安定な呼びかけは届いたのだろうか。
身体を起こしてどうしたのと尋ね直す前に、
髪を撫でていた手が蒼天の身体を抑えるように制した。

「何でもないですよ」

気にしなくていい、と重ねて告げる声は
放っておきたくない揺らぎと震えに満ちていた。
けれど、先程無理にねだって貰った酒に
支配を明け渡していた蒼天の身体は重く、
小柄な人が制す力を跳ね除けるのはどうにも難しかった。

「でも……」
「いいから、お休みなさい。本当に、何でもないから」

そんなはずないと、せめて言葉を紡いで繋ぎとめようとした意識も、
再度髪を撫でられれば
また眠りの中に引き込まれていく。

(何でもないはず、ないのに……)

何故だろう。
この人は決して蒼天に見えない場所で泣く。
蒼天を見て、けれど彼を通して別の遠い何かを見ている時がある。
哀しそうに。
その癖に、蒼天に向けてくれる愛情は本物の温かなものだ。
嘘偽りの無いものであることは、本能が悟っている。

遠くで、寝ぼけた蝉が短く鳴いた。
闇の中に飛んでいく賑やかで孤独な羽音。

掴まえたいのに掴まえられないこの人の様だと、
薄れてゆく意識の中で、ふと思った。

秋の気配の近い、晩夏の夜更けのことだった。



【了】2007.09.19 



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