博物館日和 - 2006年10月01日(日) 今日は地元の博物館の無料開放日だったので、 桃缶がお休みになって予定の空いた日曜日、 雨にも負けず、てふてふとお出かけしてみました。 田原というと、幕末の偉い人(もうちょっと日本語表現考えろ)、 ……ええと、今日ちゃんとお勉強してきた肩書きだと、 田原藩の家老をつとめ、画家で蘭学者でもあった渡辺崋山の出身地です。 (生まれたのは江戸にあった田原藩のお屋敷ですが) 絵画のことは良く分かりませんが、 日本画に西洋画の遠近の技法を取り入れたのは崋山なのだそうです。 飢饉に備えて「報民倉(ほうみんそう)」を設置し、 江戸時代の何だったかの飢饉で、全国で唯一餓死者や流浪者(だっけ)を 出さなかったので幕府に褒められました。 で、蛮社の獄(蘭学者の弾圧事件だそうです)で捕まってしまい、 『慎機論』というご本を書いたことであわやピンチだったんですけど、 画家仲間や弟子が東奔西走、 勉強のお師匠様が病気の老体にムチ打って偉い人に手紙を出してくれたりした結果、 藩に戻って蟄居しなさいの軽い罪で済んだのですが、 (一緒に捕まった高野長英は投獄されてます) 色々あった挙句、田原藩のお殿様にご迷惑掛けちゃなんねぇ、と 2年後に自刃によって最期を遂げました。 高校の日本史の教科書に出てくれば出てくるかも、くらいの あんまり全国的に有名ではない気がする、 そんな田原の偉い人、渡辺崋山。 困ったことに、私、あまり知らずに育ちました。 というか、半ばムキになってあんまり情報仕入れないようにしていた感があります。 ……というのも、私が住んでるのは田原でも隅っこの方で、 田原の町中ではなく、田んぼとか畑の方なのですね。 田原藩で偉い人だった渡辺崋山は、郷土の旗印になるわけなのですが、 うちの地元の場合、特にその教育が顕著なのは小学校です。 田原の町中にあるいちばん大きく歴史の古い小学校では、 毎年、学芸会で崋山劇と呼ばれる渡辺崋山の劇をやっています。 で、どこにでもあることかなーと思うのですが、 特に私の通ってた小学校は、 入学当時、創立10年にも満たなかったような新しい学校で、 町中のその小学校の子達からは格下扱いされていました。 (彼らにかかると、他の小学校は全部格下みたいですが) ……まあ、そんなこんなで意地を張ろうとすると、 こちらの言い分は「歴史の教科書に載ってないレベルの人じゃん?」と。 それでおおっぴらにケンカするようなことは無いのですけれど、 町中の子達やいわゆる当時の城下に当たる部分に住む人々が 誇らしげに「崋山」と言う度に、 ちょっと冷たいもの漂わせる子が出来てしまうことになったわけなのでした。 ですが、この頃は外へ外へと出て行くに従い、 (トヨタ系列に勤めてますので、全国各地の出身の人が居ます) 自分の地元のことをちゃんと話せない人間って 恥ずかしいんじゃないかと思うようになりました。 というわけで、ほてほてと出かけた今日のこと。 博物館は田原城址の中にありまして、 同じ敷地内には、巴江神社という神社もあります。 (先日日記に書いた田原のかさぼこ祭は、この神社のお祭りになります) 駐車場から、緑でいっぱいの外堀(という看板が立っているところ)を通り、 古井戸の前を抜け、階段を上がります。 今日は雨でしたけれど、水と緑の匂いがとても気持ちのいい場所で、 また晴れた日にゆっくりしたいなと思ったり。 ……ところで、皆様、東三河が邪馬台国だった、って説、ご存知ですか? 九州と畿内の二説が定説で争われているのですけれど、 持統天皇の三河御幸をきっかけにした(?) そんな説を紹介したご本も出ていたりするのです。 (そして地元愛ゆえに、買ってしまう私。読みきってないけど) そのご本に、巴江神社も載ってたなーと思い、 そういえばお参りしたことないやと思って、 博物館に行く前にそちらへご挨拶を優先することにしました。 朝から雨で神社の敷地内びしょびしょなんですけど、 革靴履いてたのでめげません(笑) 鳥居の端っこをくぐり、 お手水で手を洗って、 また参道の隅っこをてくてく歩いてお社へ。 お賽銭入れて、二礼二拍一礼。 それから、お隣にあるお稲荷様のお社を覗いて、 お社の隣にお稲荷様の奥の院と看板があったので 朱色の鳥居がだだだだだだだーっと並んでいるそれも覗くだけにして、 (結構暗いんですよ。途中曲がってるし、先が見えないのが怖くて) 更にお隣の大きめのお社も覗くだけ。 こちらは戦没者の方の名前を刻んだ碑が傍にありましたので、 そちらの関係のお社かなと思いますが。 祭神が気になりつつも、 雨なのであまり長居するとそそっかしい私は 博物館に寄れないレベルの濡れ方をしてしまいかねないと思って、 すごすごと引き返しました。 そうして歩いていると、横っちょから声がかかりました。 社務所の所に、男の方が座っていてその方のようでした。 最初からそこにいらっしゃるのに気付いては居たのですが、 (それも怖いの一因で、奥の院に足を踏み入れなかったのですが) 雨が結構激しく降っていて、 傘にぼこぼこ当たるせいで何を言っているのか聞き取れず、 無視するのも微妙なのでそちらへと足を向けました。 近づくと分かったのですが、どこから来たのかと尋ねられていました。 こんな雨の日にわざわざお参りしてる一人の小娘。 そりゃ地元の人としては気になるわ、と思いましたので、 (特に、町に住んでる人はお祭りもあって神社を大切にしてますしね) 素直に住んでる地区の名前をお答えしました。 小父さま(30後半から40前半くらいの年齢にお見受けしました)は、 雨で区のソフトボール大会が中止になってしまって、 お弁当を配って、何か連絡を待っているそうでした。 不意の一期一会はいいものですね。 そんなこんなで少し田原のお話をしてあったかい気分になったところで、 お別れして博物館へ。 今の時期の特別展は、 崋山のお弟子さんの一人であり、 崋山が自刃する切っ掛けのひとつを意図せず作り出してしまった 福田半香(ふくだはんこう)という画家さんの展示です。 これを見る目的もあって、今日、足を運んだのです。 企画展の博物館、入館料に500円掛かるんですよー。 他に交通費が掛かるわけでもないし、 お財布にそれほど響く額ではないですけど、 折角無料開放日に行けるのですしね。 福田半香は遠州の方で、山水画を得意とする画家さんです。 同じく崋山門下の椿椿山(つばきちんざん)が花鳥画を得意としたため、 師匠に褒められた山水画の研鑽を積んだのだとか。 西洋画はおろか、日本画も全然分かりませんが、 とりあえず、自分の眼力を鍛えましょうという感じです。 何でも見ておこうの精神。 見ておけばおのずと本物が分かるようになるさ、みたいな。 (えらく希望的観測ですが) ……やっぱり良く分からなかったので、 もう一度観に行こうかと思います。 今日は崋山のこと覚えるのに一生懸命で、 先にそっちの方で脳みそ使い果たしちゃったような感じでした。 (休憩入れて見るとかすればよかったですね) ああ、頑張れ私のお脳。 麻婆豆腐になるのはまだ早すぎてよ! 誰かと比べても仕方ない。 つい比べてしまうのは、悪いクセ。 羨んでも仕方のないことだから、 それより、ちゃんと自分自身と付き合っていきましょう。 いつもめげちゃうけど。 つい逃げるクセがついちゃってるけど。 見失っている大切なものを、取り戻しに。 見えていない大切なものに、気付くために。 誰の中にも光の価値はあるのだから。 ……そう、私の中にも。ね。 ...
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