白木蓮の咲く庭で...久純ゆきの

 

 

『Chanson De L'adieu』 - 2006年09月23日(土)

ほっとめーるの下書きをチェックしたら、
整理し切れていない中に
大昔に書いた文章が眠っていました。

当時は情報処理センター(パソコンがいっぱい置いてあるとこ)を
根城状態にしていました。
サイトの更新も、主に大学の空き時間にせっせこHTMLを綴っていました。
そんなわけで、カバンの中には欠かさずにフロッピーを入れていたのですが、
それでもたまに忘れることとかあって。

そういう時は、サイトの更新内容は
流石に持って帰れないので翌日に持ち越しになっていたのですが、
モノカキしたものについては、
その日、家に帰って触れるように、
フリーメールの下書きに保存していることが多かったのです。

その中で、1つだけ完結していたものがあったので、
ちょっと載せてみることにしました。
以前も出したことがあると思うのですが、
多分、時期的に閉鎖した時に一緒に消えていると思うので。

ダブルクロス、なっちゃん関連のおはなしです。
11月11日となっていましたが、
なっちゃんが生まれた年の秋のことだと思うので、
さかのぼると実に4年ほど前のことになるようです。
(アリスが19の春で、その翌年だから)

……私、この頃の方が文章力あったんじゃないかなぁ……(汗)

そんな切ないことを思いつつ、
自分の満足のために再掲載したいと思います。
タイトルは変えてみました。

とてもとても有名なクラシックから頂戴しています。



****


静かな瞳をしていた。
穏やかな表情をしていた。
綺麗な笑顔を見せていた。
3年前より大人になっていた。

新しい名前と一緒に。


『ETUDE in E major“Chanson De L'adieu”Op.10-3』


忍が下宿しているアパートの庭の片隅には、
他の木々に混じって小さな葉の笹が生えている。
こんもりと丸いかたちに黄緑色の笹葉が繁っている様子は
ひだまりを連想させてどこか微笑ましい。
春にも冬にもいつも同じ色で同じように生えている笹の葉。
忍は毎月同じ日に、その茂みから一枝、笹を拝借する。
今日もまたいつものように手折って、近くの川原へ出かけた。

下宿から川原へまでは、ほんの数分。
散歩ともいえないような近場で、
まだ区の整備の届いていないこの川原は
一面に背丈の低い草たちが生い茂って絨毯をつくっている。
舗装された道路を横切り、
電灯のあかりの届かない川のほとりを選んで忍は腰をおろした。

毎年雨の少ないこの季節に違わず、今年もほとんど雨は降っていない。
川はとても穏やかに、かすかな水音を立てて流れている。
夜だからこそあまり目立たなかったが、
昼の日の下で見ると水はお世辞にもあまり綺麗とは言い難い。
多少なりとも生活廃水が流れ込んでいる以上仕方のないことなのだが、
幼い頃は田舎暮らしで川で泳いだり魚釣りをしたりするのが
当たり前だった忍にとっては、
川が汚れているのはあまり気持ちの良いものではなかった。

空に昇った半欠けの月が、川に映って揺らめいている。
手の中で弄んでいた笹の枝から一枚、葉をちぎり取った。
萌黄色を宿した薄い葉は小さくて頼りない。
自分の人差し指ほどの大きさの葉で、
裂きすぎてしまわないように注意しながら舟を造る。
まだ中学生くらいのころに、弟妹たちにせがまれてよく造った笹舟。
昔、任務で行った地方の学校で、
相棒の少女にも同じように造ってやったことがある。
妹と同い年の少女は、その身の上も手伝ってか
年齢よりは少し大人びた言動をする子供だった。
そして研究所育ちかと思うほど冷静に、表情を変えずに人を斬った。

そんな彼女が年相応の笑顔で喜んだ数少ない想い出が、
忍が造ってみせた笹舟だった。
授業観察用の溜池のような碧色の水をたたえたその池を
教室のベランダから見下ろしていた時にふと思いついた戯事が
彼女にそんなに喜ばれるとは思わず、
当時の忍は内心ひどく驚いたものだ。

作り上げた笹舟を持って川べりに近づく。
そして水面に下ろす直前、
舟の真ん中から突き出た葉の先端に小さな炎を灯す。
忍の身体の中に眠る特異能力の片割れだ。
水面に下ろされた火を灯す笹舟は流れに乗って下流へと運ばれていく。
目を細めて忍が見送っている間に、
舟は水に飲まれるのか大半が燃え尽きてしまうのか、
やがてオレンジの輪郭はふと消えてしまう。
それを確かめて、忍はまた新しく笹舟を作る。
造った舟に炎を灯して、また水に浮かべる。

「はぁい、お兄さん。そんなとこでひとりで、なにしてんの?」

背後からそんな風に呼びかけられるまで、
忍は淡々とその作業を繰り返していた。

「……千鶴。お前何してるんだ、こんなところで。」

土手の上、道路の脇に立っているのは、相棒の葉倉千鶴だった。
電灯の光で顔は見えないが、確かめるまでもない。
長く伸ばしたストレートロングに、今時めずらしく
色を変えていない真っ黒な烏の濡れ羽色の髪の組み合わせ。
それに、着ているのは彼女のお気に入りの黒のタイトミニのスカートだ。

「何してるって、先にそれを聞きいたのはこっちだっての。
それに今日、忍くんさっさと帰っちゃったし?」

夏には少々暑苦しいショートブーツタイプの革靴で
斜面をすべりおりると、千鶴は忍のそばに歩み寄る。
量の多い髪が、小首を傾げる動作に合わせて小さく音を立てる。

「気になって下宿行ってみたらお留守だったのよね。
暇つぶしに散歩して帰ろうかと思って歩いてたら、
川で何かぽわぽわ光ってるじゃない。
誰が何してんのかと思ったら、見たことのある背中が座り込んでるじゃない。
こーゆー風情のあることすんなら、あたしも誘って頂戴よね」
「別に、風流心でやってるわけじゃない」

地面に置きっぱなしだった枝を拾い上げると、
千鶴は当然のように忍に腕を突き出して寄越した。
ため息をついて枝を渡してやると、
彼女は少なくなった葉の残りから2枚を契りとって一枚を忍に押し付ける。
困惑しながら、それでも忍は笹舟を織った。
隣りで、千鶴も神妙な表情で恐る恐るといった手つきで笹を扱っている。
手馴れた作業で、千鶴より一足早く作り上げた舟に炎を灯して川に浮かべる。

「はい、これも」

千鶴の能力は炎を使う能力ではない。
差し出された千鶴の笹舟は幾分不器用な仕上がりだった。
船を持たせたまま、忍は炎をつけてやる。
千鶴はそれを急いで、けれども極力丁寧な動作で舟を水面に下ろした。
後を追うように、その笹舟も川を下ってゆく。

「……ほら、帰るぞ」

二艘の舟のオレンジが消えるのを見届けて、忍は千鶴を促した。

「もう終わりなの? まだ葉っぱ残ってるよ」
「やりたきゃひとりで勝手にやってろ。俺は帰る」
「ええ〜っ、ひどぉい。女の子ひとりで置いてくわけ?」
「だから、今ならお前ん家まで送ってやる」

あとは有無を言わせずに、忍は土手を上がった。
ぶつぶついいながら千鶴もあとをついてくる。
その手にはしっかり笹の枝が握られていた。
葉がほとんどなくなった枝を、それでも千鶴は嬉しそうに振って
しゃらしゃらと音を奏でさせている。

「ねえ、忍くん」
「……何?」
「これ、“彼女”のためだった?」

道路脇に戻ったとき、千鶴が不意に訊ねてきた。
微妙な上目遣いで、どことなく神妙そうな申し訳なさそうな表情をしている。

「今日草月さんに呼び出されてたのってそのことだったんでしょ?
あの久賀崎のお嬢さんが見つかったって支部でものすごく騒いでたし、
今日戻ってきたんだよね? 廊下ですれ違ったもん。
……あたし、邪魔だったかな?」

思っていることを一気にしゃべるのは千鶴の癖で、
それに相槌を打つのに時間をかけるのは忍の癖だが、
今回はいつも以上に間があいてしばらく沈黙が落ちた。

「馬鹿」

そしてようやく忍が返したのは、その一言だった。
信じられなかったのか、千鶴は数瞬掛けて目をまるくして二度瞬いて、
それから何か怒鳴ろうと深く息を吸い込んだ。

「今の相棒はお前だ。いちいちそんなこと気にするな」

口を開いたタイミングで出鼻を挫くように続けて言われた科白に、
千鶴はとっさに息を止めて文句を引っ込め、
おまけに数度まばたきを繰り返した。
それから大きく息を吐き出して、つぶやくように告げる。

「……それにしたって、ばかって言うことないじゃない」

不満げに言う千鶴には取り合わず、忍はただ黙って歩く。
昼間、三年ぶりに見た“彼女”は、
見違えるほどに大人になっていた。
ちょうど彼女の成長期のあいだ離れていたことになるのだから
それは当たり前なのだけれど、
まるで……別人のように見えた。

以前には見たことがないほど豊かに表情を浮かべ、
すっきり伸びた手足で快活に動いていた。
隣りを歩く幼い女の子にいちいち気を配り、絶えず何かを話しかけ。

それは忍の知っている久賀崎まりやではなかった。
忍の相棒、セレスティナのコードネームを持っていた少女ではない。
それを見て、忍は自分がかつての相棒だったと挨拶するのをやめたのだ。
彼女のそばに銀髪の幼女が居たように、今の自分には千鶴がいる。

「ね〜え、ちょっと忍くん。何とか言いなさいよ〜」

シャツの袖を引っ張ってぐいぐいと揺らす千鶴。
されるがままに千鶴に片腕を預け、
忍はこみ上げる笑いを堪えながら月を見上げた。

空に掛かるのは半月。
曇りのない夜空を見ながら、明日も晴れるだろうと忍は思う。
そろそろ次の任務が来る頃だ。
どうせなら新しい仕事始めは晴れの日がいい。


【了】


...



 

 

 

 

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