蛍桜

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へろへろ
なんとなく分かった 思い出した
私は悔しかったんだ、と
捨てられた気がして 認めてもらえない気がして
必死にしがみつくことも出来たけどそんなの無様で
そこで諦めるしか出来なかった自分が
とてつもなく悔しかった
いい子だと、いい女だ、と思われたかったに過ぎない
だけど、どっちも叶わなかった
だって、どっちでもないから
そんなの分かりきってる
でもずっと気づかないふりをしていた
ただ、ちょっぴり悲しいな、とは思っていたけど
予想以上に私の気持ちを動かしていることだった

他人にいいように見られたくて媚うるのは嫌いなのに
きっと自分もどこかで同じようなことをしてるんだろうな
笑顔なんて見せなくていいのに自然と笑顔になって
「いい子ね」って言われたらきっと素直に喜ぶんだろう

なんで人は自分を卑下して あまりにも謙虚に生きていくしかないんだろ
まぁこれは日本人だけなのかもしれないけど
自分の思っていることをストレートに表現することは出来ない
だからたまに自信満々で、物事をこなす人を
ああいうずうずうしい人を見るとイライラする反面
うらやましいなぁ、って憧れるんだろう
だけどそれが世渡り上手なわけじゃないから
そこがまた困るところで

外面がめちゃめちゃいいあの人と付き合ってそれを見て
私は少しずつ外面がよくなった
あの人ほどじゃなくても あれほど信頼をつかみとることはできなくても
できるだけ相手が不快にならないように頑張った
自分を尊重して自分を強調して自分を押し出す人は
すごいな、と思うけど
周りを不快にしたり、上下社会で苦しんだりするよりは
やっぱり外面がいいだけのほうが、いいのかなーとか考えた

バイトをはじめてから、少しずつ、人見知りが直った
人見知りっていうのは所詮その人の気持ち次第なんだけど
頑張れるようになった
ほんと、昔の私と今の私は違うと思う 自分でも思う
誰と話すにも親を介さなければいけなかったあの頃よりは
随分とマシになっているとは思うよ
だけど、自分を主張することは出来ない
そうできるようになるには、あとどれくらいかかるのかな
主張するほどの自分というものは、どこに落ちているのかな

笑えるくらいずうずうしい人
きっと羨ましい

どうして思っていることを言っちゃいけないのか分からない
友達同士で自分を卑下しあうのも分からない
テストのときに
勉強してない、と言い合うように
私はぶさいくだし、って言うように
私の声聞いたらショックで死ぬよ、って言うように
自分をどこかで卑下して逃げるようになったのは何故?
私はそういう言葉たちが嫌いで
なるべく使わないように生きてきたけど
たまに、使うと、こんな便利な言葉はないな、と思った

私は常に、最低ラインのところに立っている
ここで
「私はバカな最低なやつです」という札を掲げている
それを見た誰かが「そんなことないよ」と言ってくれる
最低なんかじゃないよ、って

最低っていうのが、どういうのを言うのか知らないけど
自分を一番下に落とし込んだら
のぼりだすのは簡単だ
のぼっている途中に落とされるよりも
精神的苦痛がはるかに軽い
だから卑下をしながら生きる
別に、「私汚いから触らないほうがいいよー」って言う
冗談交じりの言い逃れの卑下なわけじゃなくて
「私を好きになってもいいことないよ、みんなを不幸にしてしまう」
というような、自分の最大限の不安を形にした卑下が好き
自分を見下すのが好き
そうやったらもしかしたらいつか
笑って空を飛べる日がくるかもしれない、と思う
きっと世界中の誰よりも、私は私を嫌いだけど
きっと世界中の誰よりも、私は私を愛している
自分がどんなに惨めな人間だったとしても
自分の人生の終わりは自分で決めるわ

書いてて何がいいたいのかよく分からなくなったけど
むしろ頭痛くて何書いてきたのかもいまいち覚えてないけど
だらだらと考えたことをかき出していけばそのうち
見直した時に何か感じるだろう
感じればいいなー


私の笑う癖はいつ治るんだろー
いつまで笑うんだろー
ってかなんでこんな癖ついたんだろー
逃げ道かな、これも

周りからみたらへらへらしてるようにみえるのかな
うがー
2007年04月04日(水)

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