蛍桜

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はちみつどろっぷ

正直、どうでもいいと思うようになって
何がどうでもいいのかって
考えることがどうでもよくて

多分苦しいのレベルが1から10まであるならば
今私がいるのは、せいぜい2か3がいいところで
そこで苦しい悲しい虚しいと嘆いていることは
ほとんど無意味なんだっていうこと
本当は自分で気付いていた
自分でどうにかしたら抜け出せるんだっていうことも
ずっと分かっていたのに
そうできないことが、また、「苦し」かった

どうやったら、うまく打開できるかは分かっていた
そういう「理想」を並べた
でもどこかで、そうは出来ないと諦めている自分がいた
自分の限界を見つめて広げようとはしなかった
「現実」ばかりをみて、進むことに億劫になった
そんな無理する必要なんて、ないんだと言い聞かせて
それでもどうにかなるかもね、なんて「夢」を見ていた
そんなもの、希望でもなんでもなく
自分の都合なのだということも分かっていたけど

私の頭の中で作られている世界は、あまりにも小さかった
だからその中で息することはあまりにも楽だった
頭の中の世界から出た瞬間
息するのさえ苦しくなって
この世の中全てが嫌になった
誰かの笑い声さえ不快に感じるようになった
この世界に 希望さえ抱かなくなった
だけどそんな大きなものにもともと夢など抱いていなかった
私が絶望したのは
そんな「自分自身」だったんだ


今日、ハチミツドロップっていう小説を読んだ
今日借りて、今日読み終わって、いろいろ考えた

人は誰しもどこか無理をしている部分があって
そこを取り繕うことで、自分を守っていて
そうやって守っていくことに疲れたとき
自分の感情が暴れだしても制御できなくて
そうやって自分の居場所が壊れてしまうから
そうならないように、また我慢してって
どこか、自分の中で妥協して
自分を守りに入れて、戦わないで負けている気がした

笑ってごまかしてしまえば楽なことはたくさんあって
自分の中では、そりゃいろいろたまっていくけど
みんなは笑顔のままでいられる
「自分さえ我慢すれば」という自己犠牲の精神で
周りを救っていると思っていても
実際救っているのは自分自身だったりする

自分にフィルターをかけて守っているうちには
きっと何かを変えることは出来ないんだと思う
だとしても、そのフィルターから脱出することで
むき出しの自分を、肯定し続けていく自信もない

最近、そうやって自分に守りをかぶせている部分が多くなってきた、と思う
昔からかぶせてはいたけど
今ほど器用に、隠せていたことがあっただろうか
昔はそれはもう本能的に、逃げ続けていたけれど
今は学習して、ここは逃げなきゃいけない、と自分に言い聞かせて
逃げ続けているような気がするよ
誰もいない場所へ行きたくなるのは
そうした自分を守っているフィルターを全部はずして
一人で思いっきり泣きたいからで
どうしても今、泣けないのは
このフィルターが邪魔していて
自分自身さえ霞んで見えるからだと思う

誰もがどこかで我慢をしていて
それぞれの考えで何か行動を起こしている
自分だけの理屈だったとしても
それは自分の中で正しくて
それにしたがって生きていくことによって
自分は安心できるから

安心、したいから

そうやって守られている自分が
いつも色褪せて見えるよ

本当にそれでいのか、なんて
自問自答しても答えはかえってこないけど

本当にそれでいい?
2007年03月31日(土)

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