おっ! もう7月も終わりかー。 ……またイラスト描こう。 二日連続ぐらいの勢いで描こう、ははははは。 まあ、そういうこともあるさ。 これからも創作は続けていきたい。 創作は、それをしないと救われない部分が 心のどっかにあるからしているわけだ。 それは小さい頃からで、それが上手くできていない時というのは、 逆に他で上手くいっている時でもある。 ただ、その一方で「なんか足りないな」と思っているのだ。 和食ばっかり食べてると洋食が恋しくなるんだけど、 洋食漬けでも何かが足りない。 脳は一種目だけじゃ物足りない、いろいろなものをやって、 「自分オリンピック」をひとりで開催したい。 歌も歌いたい、楽器も奏でたい、絵も描きたい、話も書きたい、 日記も更新したい、その上で、 何食わぬ顔で仕事や勉強もしたいし、友達とお喋りもしたい。 休日には家で料理したり、犬の散歩をしたりもしたい。 そういうあらゆる欲求が、どれもうまく満たされていないと、 一箇所だけ膨れあがってしまい、 そのエネルギーは時に創作を生む。 以前、まとまったお話を創作していた時期があるが、 そのときは体が全く思い通りにいかなかった時期とぴったり重なる。 音や光や人ごみを受け付けなくなり、 音楽をやめたり、勉強を休んだり、 それまで頑張っていたいくつかのことを長期休業していた特殊な時期。 それがあったからこそ、脳みそのエネルギーがバクハツして、 私にものを描かせた。 同年代の人たちが、部活や勉強や人間関係に悩みつつ 健全な成長と発育をしているあいだに、 私はひとりで少し違う闘いに挑んでいる、 という気持ちだった。少なくとも本人は。 そのくらい、創作というのはある種、特殊な行為だと思う。 それをしないかぎり自分がなくなってしまうような、 切羽詰った非常口の通過。 恥も外聞も二の次、何が何でも「今」を形にしないと、 私がここに居たことを誰も覚えててくれないんじゃないかなという、 滅することへの恐怖に起因する、存在意義を賭けた孤独な闘い。 個人差はあるだろうけど、気軽な覚悟ではできないな、と私は思う。 逆に言うと、創作に限らず、 本気で輝けることをやりたかったら 少なくとも私にはそのくらいの覚悟が必要だと思っている。 覚悟というのは自分でするもので、 他から見て嘲笑に値するようなものでしかなかったとしても、 本人のなかに確固としたそれがあるなら、ある意味の価値があるのだ。 少なくとも、他人から見られることを意識しての覚悟よりは。 下手に社会性がでてきた今の自分を戒める意味で、そう思う。 形だけは社会にあわせ、考え方だけはユニークであることを保つ。 会社員としてユニークであり続けた、ある大先輩の金言。 最近になってその難しさを、すごくすごく、感じている。 |