Back  Index  Next

べつに〜いいのだ〜♪
2005年06月20日(月)

朝、小説を買い。
きゅうっとなりながら(あったかくも切ない話)地下鉄に乗り、
帰りは漫画雑誌をもらい。
ほわっ、うわー、ガハハハ(雑誌だから。いろんな話あるから)と
七変化しながらJRに乗り。

平坦なようでいて変化のある、面白い面白い一日。

いま職場ではあんまり会話がないんだけど、
『会社内』というぐらい広げれば、結構話し相手もいて、
面白いんだなーと思う。
こうやってちょっとずつ輪を広げていって、
みんなと顔見知り、みいんなと仲良く、なれたら面白いなあ。
髪型がおかしい部署長とかいるよ。
インドネシア風の顔をしたお兄さんとかいるよ。
14歳に見える27歳もいる、35歳に見える21歳もいる。
ツッコミどころが満載な部屋とかがある。

今とりくんでいる仕事がうまくいかなかったりしんどかったりすると
うわぁぁお先真っ暗、どうしたらいいんだろと思ったりもする。
それはどんな仕事でもありうることだし、
真剣に取り組むからこそ、当然の現象だ。
そのとき、そこが総合的に見て面白い会社であると、かなり救われる。
むしろそれに救われている、今の段階では。

私は「面白い」ということに対して、妙にこだわっている。
「面白い」と感じるということは、
それまでの当たり前をスカーンとぶち壊す瞬間があったということ。
あまりにも閉塞しがちな人生を、スカーンスカーンと壊しながら、
笑い続けたいと思っているのだ。
そうすることが、心と体にとっていいことだと思う。
つまらない空気や平凡さをぶち壊して笑みをもたらすものこそ、
つねに私の中でヒーローであり主役だった。
(たぶん、マカロニほうれん荘の読みすぎだ。)

当たり前の中で生きていることが、なぜか苦手だ。
これは何が正しいとか間違っているとかではない次元の話で、
寿司が嫌いだけど胸を張って日本人!である私は、
周りにとってフツーなものを一人だけ受け付けなくて
食べられなかったとしても、別にいいのだ。
周りも自分も悪くないでしょ、と開き直るのだ。

そういえば知り合いで、レタスが食べられないという人がいる。
なんでダメなの?アクがないのに?って聞きたくなっちゃうのを
ちょっと我慢。そんなことに理由などない、別にいいのだ。