パソコンを変えて一週間弱。 …あまりゆっくり触っていない。 社会人は忙しいなあ。 別にぐうたらしていなくても、 「まだあれもやってないしこれもやってない」って感じがする。 私の場合、ぐうたらがひとつの前提条件だからね。 PhotoshopとIllustratorをインストールしたというのに、 まだMicrosoft関連と駅すぱあとは入れていない。 やっぱり癖なんだろうなあ、MicrosoftよりAdobeを優先してしまう。 今日はFlashをインストールしよっかな(Microsoftは?)。 Flashも、ちゃんと使いこなせているわけではないので、 さらに勉強していきたいとは思う(余裕があれば…)。 フツーの仕事を選んだからこそ、 グラフィックのソフトも使えるということが面白く生きるのだ。 そんなグラフィックとは関係ないが、 いじっているだけで楽しいソフトといえば駅すぱあと。 ただ単に路線図が好きだからである。 「へー、ここには乗り換え2回でいけるんだー」 みたいな納得が妙に楽しい。ちょっとおかしい。 たくさんの人と接することに慣れていないので疲れてしまうんだが、 あえて、そうでもないですよ?という顔をしている。 それがまた疲れたりもするんだ、まあしょうがないけども。 社会というのはちょっと波みたいな性質もある。 うまく乗れる奴となかなか乗れない奴がいる。 乗れなくて巻き込まれてバランスを崩す奴、 乗ろうとして何度も試みる奴。 じーっと動かずに波じたいを無視する奴。 たまに乗るけど時々泳ぐ、みたいなのもアリである。 波に出会ってどういう行動をとるかは、一瞬の判断みたいなもので、 頭で考える他に、自分の体に染み付いた行動パターンに 任せるしかない部分もあるかもしれない。 個性というのはたぶんその、自分の意思ではどうにもならないレベルだ。 自然に振舞っているつもりでもつい個性的になっちゃうもんである。 頭で考えるのは、どういう風に個性を作っていくかとかではなくて、 むしろ自分の個性はどこで顕れているかをなるべく客観的に分析して、 自分という材料を使って何をするか、戦略を練ることではないか。 今の素材を使っていろんな目的に合わせて行動していくうちに、 自分の中で新しい個性が勝手に開発されていく。 個性的で優秀な人の話を聞いていると、 意図的に自分を鍛えるために行動しているというよりは、 その場その場で何ができるかを考えて、精一杯ベストを尽くしている。 そんな全身のフル回転を経て、 一回り大きくなった後の姿しか知らないから、 「そういう経験が個性を育てた」ように見える。 でも本人からしたら一生懸命考えながら生きているだけで、 「個性をつくる」っていう考え方は後付けなんではと思うのだった。 |