Back  Index  Next

仕事人に会った一週間
2005年04月16日(土)

ここの日記、間があいてしまったなあ。

今、ここ以外でも日記的なものを書いている。
別に「こっちではこういう風に書いて、自サイトではこう書こう」っていう
方針を決めて書き分けているわけではない。
その日にあったことや考えたことを色々な人に思いつきで話すように、
その場所を読んでくれる可能性のある人の顔や、
ここであれば将来読み返すかもしれない自分を思い描いて書いている。
おしゃべりが好きで、たくさんの人に話しかけたくなる感覚。

昨日は唇の端が切れてしまった。
あまりに大笑いしてしまったからだ。
非常にラッキーだったのだが、
「これぞリアクション芸」というものを目撃してしまった。
いやー面白かった。

最近、「ああこの人はきっと、気持ち良く仕事をしているんだろうな」
という人と接する機会が多い。
そういう人は「金曜日になると、
“ああ明日は休みだ〜”ってホッとするよね」とか言わない。
なぜなら休みがないからだ。
カレンダーの色分けは市販のものじゃなく、自分で塗る。
休みだと思っていたのに、仕事が急に入って呼び出されたりして、
体は大丈夫か?と思うぐらい仕事をしている。
たまの休みがあると「あ〜、どうしようかな」なんて困った顔をする。
やっぱり疲れてそう、でもどっか楽しそうな人。
だから人に優しくなれる人。
暇な日でもついつい仕事場に来ちゃう人。
そういう人生のことを思うとなぜだか微笑みながら涙が出てくる。

「自己表現」ということについても、考えさせられる。
高校までは本当に、自分の好きな・馴染みのある表現の仕方を貫いていて、
それでOKな時期だったことは確かである。
「やらなきゃいけないこと」は授業中に済ませて、
放課後は好きな絵を描いたり、好きな世界観を泳がせたりしていた。
そんな中でも、人に面白いと思ってもらいたくて、
社会と自分とのバランスを取っているつもりであった。
でも大学に入ると、そういうものが一度バラバラと崩れて、
「自己表現」を「やらなきゃいけないこと=仕事」に結びつけることが
どれだけ大変なのか、をまざまざと見せつけられた。
「人のカラーが混ざるのは嫌だから、外は見ない」と思っていたのに、
外が気になって、その鎖国を解かざるを得なくなった。
「孤立してるから個性的なんじゃなくて、
 外に出て群衆の中で一人だけヘンな方を向くから個性なんだ」と
気付いてからは、だいぶ楽になった感じがしたけれど。
そして、「自分がこの世界の中でどれだけヘンな方を向けるか」という
永久に続きそうな大きなチャレンジがやっと始まる。

必ずしも、その時その時の「手に馴染んでいる表現手段」が
周りに受け容れられるとは限らない。
たとえば歌を作ることが好きだからといって、
小説が読みたいと言っている人に、一曲の歌を聞かせても解釈されないだろう。
違う方法、たとえば小説の書き方を一から勉強するのは辛いけど、
「歌で伝えたかったこと・それによって相手の心をどう変えたかったか」を
きちんと見付けて、ものごとの奥の奥にある芯を取り出して、
くだいて違う形に加工してあげるなりして、
とにかくその人に「ああ、なるほどね!」と言わせることが大切なのだ。
一番やりたかったのは「歌を作る」じゃなくて、
もちろん「小説を書く」でもなくて(※たとえの上での話)、
「伝えること」なのだ。
表面的な手段はある程度なんでもいいのだ、こぼれない入れ物であれば。
一つのリンゴを生で食べたり、ジュースにしたり、ポプリにしたりするように、
表現方法にはいろいろな可能性がある。
時代が流れれば文明の利器が増え、「ミキサーにかける」なんて加工も可能だ。
大切なのは、そこにリンゴがあるかどうか、ということなんだな。

私の中にはリンゴがあるだろうか、ハッサクがあるだろうか、
これを書いている時点ではよくわかんないのが正直なところだが、
そういうことが気になるっていうことは、なんかあるんでしょう、多分。
もうこんないい歳でさ、っていろんな人が口にするけど、
自分より若い人に向かって「若くていいね」と言うけど、
少なくとも死ぬまでは、死ぬときの自分よりは若い。
死ぬまで「若い」のだから、ということになけなしの自信を持って、
どんなに体が辛くても目の前がぐらぐらしても、
伝える隙を見逃さない人でありたい。と、思うのだった。

それにしても、「肩凝り」ってやっぱり
ある程度大人になってからなる人が多いようだなあ。
私は9歳から、ある友達は7歳から、肩凝りで悩んでいる、
と人に話すとたいがい驚かれる。
その友達とは最近連絡を取っていないが、おそらく今でも
肩凝り続けてるんじゃないだろうか。
元気かな、旧知の肩凝り仲間(?)。

肩凝りは9歳からで、血圧を測るのが習慣になったのは15歳。
もう物理的な年齢とかはなるべく気にしない方が良いと思う。